ウルダ(31)
翌日。
ジャヒールたちは一日をかけて、マグラフ村へ帰ってきた。予定よりも早く帰りに、サフィードが急いで駆けつけて行った。ザイドも見えて来て、彼らはすぐさまジェナルのテントに入った。
ジャヒールはイッシュマヤの町で起きた出来事を報告すると、彼らはしばらく長い時間で考え込んだ。
「ようするに、イルカンディア人が計画的にウルダに来る、ということだね」
ザイドが言うと、ジャヒールたちはうなずいた。ジャヒールとジャンに泥棒として仕上げ立てた人がウルダの言葉まで上手にできていたということは、もうすでに準備が整えているかもしれない。
「それはまずいだろう」
ジェナルがため息ついた。
「わしもイルカンディアがどこにあるのか分からん。ザイド、サヒムにもっと広い地図を仕入れてくれ、と頼みたい」
「分かった。彼と連絡が取れれば、伝える」
ジェナルが言うと、ザイドはうなずいた。確かに地図がないと、どうにもならない。
「それにしても、鉄砲か・・」
「一応、5丁の鉄砲を手に入れました」
「本当か?」
「はい。ですが、弾は忘れました」
「弾?」
ジェナルはジャヒールの報告を聞いて、首を傾げた。
「鉄砲を動かすのは弾が必要だ。弓に矢が必要と同じく、鉄砲は遠距離武器だ」
サラムが説明すると、ジェナルたちはうなずいた。
「ならば、弓だけでも相手と戦えるんじゃないか?」
一人の男性が言うと、ジャヒールは首を振った。
「ジャンの父親は、どのように死んだか、聞いたことがありますか?」
「戦死したと聞いた」
ジャヒールが聞くと、ジェナルはそう答えた。
「まさか、あの鉄砲で?」
「はい」
ジャヒールはうなずいた。
「そもそも、アルキア軍の数の方が多かった、とジャンが言いました。それにジャンの能力を見れば分かります。まだ4歳の子どもがあんなにすごかったのだから、父親の能力は遙かに上でしょう?」
ジャヒールが言うと、男らはうなずいた。
「だが、彼は鉄砲の前で帰らぬ人になりました。その鉄砲を備えたイルカンディア人は、アルキア軍よりも少なかったそうです」
「それは脅威だ」
ジャヒールが言うと、その場にいる男性らは危機感を感じた。
「イルカンディア人に負けたアルキア人は、どんな生活するか、想像が付くでしょう」
「そうだな。ジャンも、そういう生活にさせられたか?」
「彼の家族はかなり身分が高い人だから、なんとかなったが・・、イルカンディア人が家に訪問する旅に、ジャンの姉たちが、操を守るために見つからないように隠れたりしている。顔に煤を付けて、下女の服をして、家の中に隠れた、とジャンが言った」
「哀れだ」
サラムが言うと、男性らは悲しそうな顔を見せた。
「それだけではなく、イルカンディア人が珍しいと思った物を平気に奪った。身につけた耳飾りと服でさえ、欲しいと言えば、すぐに差し出さないと、罰せられる、とジャンが言った」
「それは野蛮だ」
サラムが言うと、人々は真剣に耳を傾けた。
「だが、奴隷になった時点で、そのこともあり得る」
ジェナルが言うと、サラムはうなずいた。
「それが、自分たちが、もし同じ立場にいるとすれば、考えるだけでも頭痛がする」
「そうならないように、俺たちは抵抗しなければならない」
サラムが言うと、ジェナルは言った。
「だが、先ほどに、イルカンディア人が数が少ない。考えてみると、遠くから来たイルカンディア人がなぜアルキアを占領できたのか、不思議だ」
「そう考えれば、そうだな。アルキアが無能って訳でもないだろう?」
ザイドが言うと、ジェナルはうなずいた。
「ジャンを呼べ。彼に聞きたいことがある」
「分かった」
ジェナルが言うと、サラムは立ち上がって、外へ出て行った。そしてしばらくすると、彼はジャンを抱きかかえながら戻って来た。
「おいで、ジャン。ここに座りなさい」
ザイドが言うと、ジャンはうなずいた。
「何かご用ですか、父さん?」
「少し聞きたいことがある」
ザイドはそう言いながら、サラムからジャンを受け取った、隣に座らせた。
「イルカンディア人は、どうやってアルキアを支配したか、分かるか?」
ジェナルが聞くと、ジャンは首を傾げながら考え込んだ。
「分けて、支配せよ」
ジャンの答えに、全員は首を傾げた。
「分かりやすく説明しなさい」
「あ、はい」
ジャヒールが言うと、ジャンはうなずいた。
「えーと、イルカンディア人は、最初は商人らしく、良い顔をして、人々に近寄ってきます。そして彼らに協力している人々を見つけて、お金や武器で彼らが必要な物を満たします」
「あの警備隊みたいな人々か?」
「多分」
ジャンは首を傾げた。
「お祖父様が言うには、お金の味を知ったら、もっと欲しくなる。私はお金がどこが美味しいか分かりません。食べて見たけど、とてもかたくて、食べられる物ではありません。でも、大人にとって、金貨が美味しいらしい」
「ははは、金貨は美味しいよ。だが、きみはまだ早い」
ジャンが言うと、ジェナルは笑って、うなずいた。
「それで、どうなった?」
「そのお金で、彼らは武器を買って、兵士を作って、対立した部族と戦います」
「ふむ」
「でも、イルカンディア人は、味方にするのはその部族だけではなく、なんと、対立した他の部族にも味方に付けるんです。より良い武器を付けて、戦わせています」
「なんとなく理解できた。そうなると、部族と部族は互いに戦争したわけか・・」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「戦いで、人が死にます。憎しみで、冷静に考えることができない、とお祖父様が言いました」
「その通りだ。それで、イルカンディア人が攻めてくるのか?」
「まだです」
ジャンは首を振った。
「次により良い武器を見せて、高く売ります。そうすれば戦いに勝てる、と思い込んで、そのまま契約するのです」
「ふむふむ。利子が高い金で契約するのか?」
「違います。イルカンディア人は島や商売の特権を欲しがるのです」
ジャンが言うと、ジェナルたちはなるほど、とうなずいた。
「同時に、対立側にも、同じことをします。そうやって、少しずつ削って、国が気づいた時にもう遅かった、とお祖父様が言いました。最初はただの部族同士の喧嘩だと思ったら、違いました。犠牲者がたくさん出てしまって、互いの部族たちも憎しみに溢れていて、終いに島の持ち主はイルカンディア人になりました。商売するための建物を作ると言ったけれど、実際に建てられたのは軍事要塞で、中にいるのも商人ではなく、軍人でした」
「全員鉄砲を持って、国軍と戦ったのか?」
「はい」
「そして国軍が負けた」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「彼らはそのまま動いて、誰も止めることができませんでした。もうすでに内戦で力を尽きた部族たちは、ただ見ているだけでした。結局、国ごと、イルカンディア人に負けてしまいました」
「良くできた作戦だ」
ジェナルが言うと、全員うなずいた。
「それで、イルカンディア人はたくさん来るのか?」
「そうではありません」
ジャンは首を振った。
「その前に彼らは政治的に動きました。王家を廃しして、彼らにとって、都合が良い人を王家にして、その娘をイルカンディアへ送ります」
「人質か?」
「多分、そこまで分かりません。しかし、向こうでイルカンディア人の貴族と結婚する、と聞いたことがあります」
「ふむふむ」
良くある話だ、と全員は思った。
「そして、今まで存在している貴族らは特権を付けて、新しい王の下にいます。貴族らが謀反しないように、長男らはほとんどイルカンディアへ留学します」
「きみの兄さんみたいに?」
「はい」
ジャヒールが聞くと、ジャンはうなずいた。
「はい。テオお兄様は、私が生まれる前にイルカンディアへ行きました」
ジャンが言うと、全員うなずいた。
留学ではなく、人質だろう、と。
「先ほど言った貴族の特権とはなんだ?」
「うーん、基本的に、イルカンディア人と同じで、第一国民です」
「第一国民?」
「はい。ミン国などの外国人商人らは第二国民で、その下に人に飼われている犬や猫がいます。最後に一番下にいるのはアルキア人です」
「人が、犬や猫よりも下のか?」
「はい」
ジャンはうなずいた。その時点では、アルキア人はどんな扱いをされているのか、大体彼らは理解した。
「ジャンの母親は、その環境で、良く耐えたね」
サラムが言うと、ジャンは微笑んだ。
「お母様は強い人です。それに、イルカンディア人がお母様に手荒な真似をしたら、広い範囲で謀反が起こります。実際に、私が生まれる前に、不当な扱いされた私の家門が立ち上がって、戦いを挑みました。5年間の戦いで、イルカンディア人がかなり追い詰められたけど、後一押しのところで、裏切りで、負けてしまいました」
「裏切りか・・」
「はい。先ほども言ったように、お金の味を知った他の家門がイルカンディア人にこっそりと言いました。それで、短期間で謀反が押さえられた訳です」
「その裏切った家門は、どうなった?」
「王の側役になりました」
「・・・」
ザイドが聞くと、ジャンは隠さずに言った。
「謀反した人々は?」
「殺された人も結構いました。そして先頭に立った数人は、処刑されるという判決を受けたのですが、イルカンディア本国の命令で、生きたまま無人島に送り出すということに変わりました。そうすれば、人々は彼らの安否を案じて、おとなしくするだろう、とお祖父様が言いました」
「きみの父親も?」
「お父様は戦死した、とお母様は言いました。どこで、どの戦いで亡くなったか、私は分かりません。それにお母様にその話しをすると、とても辛そうなので、聞くのはやめました」
「そうか・・」
ザイドがうなずいた。
「なぜきみのじいさんが自分の娘と孫たちを連れ出さない?ここに連れて来れば、そのような苦労をしなくても済むだろう?」
一人の男性が言うと、ジャンは考え込んだ。
「お母様は屋敷から遠くへ出られません。遠くても屋敷の周辺ぐらいです。遠くへ行きたい場合、イルカンディア人の兵士らと一緒に行かなければなりません。狩りも、家の敷地内にある山周辺だけで、それ以上出ることができません。それに、屋敷の正門の前に、イルカンディアの兵士らがいますから」
簡単に言うと、見張られている、ということか。それにしても、敷地内に山もあると考えると、どれほど広い屋敷なのか、想像も付かない、とザイドたちは思った。
「じゃ、きみはどうやって抜け出して、ここに来たのか?」
「私は侍従の息子の服を着て、侍従と一緒に屋敷を出ました。お祖父様は普段通り、堂々と屋敷を出ました」
「きみのじいさんはそれができるのか?」
「はい。お祖父様はよく一人で買い物を楽しんでいるので、たまに屋敷の前にいる兵隊たちにたばこやお金を出しました。だから、一人で馬車で出かけている時に、気にする人はいません」
「なるほど」
ジャンが言うと、彼らはまたうなずいた。
「最後の質問だ。きみはどうやってイルカンディア語をならった?」
ジャヒールが聞くと、ジャンは首を傾げた。
「イルカンディアの法律です。貴族も、イルカンディア人と同様、イルカンディア語で話す。ですから、私たちは、普段話している言葉は当然イルカンディア語です」
「だが、きみはアルキア人だろう?」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「でも、アルキア語は、侍従たちと話す時に使う言葉です」
「・・・」
ジャヒールは瞬いた。イルカンディア人はジャンから言葉まで奪った。
「家族同士の会話でも、イルカンディア語か?」
「はい」
「こっそりとアルキア語で話すことは?」
「そのようなことをしたら、上手にならない、とお母様は言いました。上手じゃないと、学校に行くと、ばれてしまいます。そうしたら、特別教育を受けなければなりません」
「特別教育?」
「イルカンディアの言葉と歴史を勉強することです。お母様はその科目が大嫌いだと言って、可能な限り、私たちがそれを習わなくても済むようにしています」
「なるほど」
だとすると、ほとんどあの夜、港にいたイルカンディア人たちの会話がジャンに理解された訳だ。どんな企みも、彼の耳に入った瞬間、すぐにばれる訳だ。まさかここにイルカンディア語を理解している子どもがいるとは、彼らは想像も付かなかっただろう、とジャヒールは思った。
「その言葉、後ほど、我々にも教えてくれないか?」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「あとエルガンティ語やトルピア語も」
サラムが言うと、ジャンは困った顔でサラムを見ている。
「良いですが、混乱しませんか?」
ジャンが聞くと、サラムは苦笑いした。欲が出た、とザイドはサラムに注意した。
「こうしよう、何人か分けて、それぞれの言葉を習おう。そうすれば、全員言葉ができる」
ジェナルが言うと、彼らはうなずいた。
「さて、鉄砲を見よう。異国の武器はどのような武器なのか、気になる」
ジェナルがそう言って、立ち上がった。そして彼らは外へ出て行って、サラム班が持っている箱の近くに移動した。ジャファーたちが箱を開けると、彼らは興味津々と見ている。
ジャンもまた懐かしそうに見ている。特にタレーク家の第三部隊が奪った武器を触れると、ジャンは思わず手を伸ばした。
「その武器を見て、何か思い出すのか?」
ザイドが聞くと、ジャンはうなずいた。
「これはお母様の鉄砲と同じです」
「ほう」
ジャンはその鉄砲を持って、確認した。ジェナルたちは興味津々とジャンを見ている。
「使ったことはあるのか?」
「はい」
ザイドが聞くと、ジャンはうなずいた。
「でも、あの時は、私はまだ小さかったから、命中しませんでした」
「今なら、できるか?」
「分かりません」
ジャンは素直に答えた。
「でもやってみても良いですか?」
「良いとも」
ザイドが言うと、彼らは互いに顔を見て、またジャンを見ている。
「弾は一つ入っていますね」
ジャンはそう確認して、うなずいた。そして彼はそれぞれのパーツを説明すると、ジェナルたちは真剣に耳を傾けた。
この4歳児は本当に4歳児か、と誰もが思った瞬間だった。
「的を用意するか?」
「はい、お願いします」
彼らはジャヒールが良く使う訓練上に行くと、いつも投げナイフの的があった。
「鉄砲はずっと前に当たるので、この的よりもずっと前に置いて下さい」
「分かった」
ジャヒールは的を外して、二十メートル先に歩いた。
「このぐらいか?!」
「もっと!」
ジャンが叫ぶと、ジャヒールはもっと動いた。けれど、ジャンはもっと、と合図して、結局二百メートル先になった。ジャヒールはその的を立たせようとしたけれど、木々がないので、後から駆けつけたサバッダとアミールは椅子を持って来た。その的を椅子において、三人がジャンの所へ戻った。
「本当に当たるのか?」
「多分」
ジャンはうなずいた。そのような遠い所を狙うと、弓矢で当たるかどうか分からない、と彼らは思った。投げナイフだともっと近い距離じゃないと、当たらない。
「お母様はその距離以上に、野鳥を狙いました」
「ほう」
ジャンは構えようとしたけれど、鉄砲が彼の身長よりもずっと長かったから、彼は地面にうつぶせになって、肩に固定した。サラムはジャンを手伝って、一緒に固定した。
「的が見えるのか?」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「撃ちます」
「良いよ」
バーン!
鉄砲から弾が放たれて、的に当たって、そのまま椅子から落ちた。ジャンの近くで、もう空になった薬莢があった。
「弾はもう一個もらっても良いですか?」
「良いよ」
サラムは箱から弾を出して、ジャンに渡した。ジャンは弾を見て、手慣れた様子で弾を入れて、ガッチャンとボルトアクションを引いて、装着した。そしてまた構えて、地面に落ちた的を狙っている。
「撃ちます」
「はい」
バーン!
的にまた何かを当たって舞い上がった。サラムたちは無言でその的を見ている。
「的を確認します」
ジャヒールがそう言って、彼は的の方へ走った。そして、戻って、椅子と的を持って来た。
「二発、当たった・・」
ジャヒールが言うと、彼らは穴が空いた的を見て、アルキアの敗北の理由を知ってしまった。長距離から狙われて撃たれたら、跡形もなく、死んでしまうだろう。
その武器は危険だ、と言う事実もあるけれど、それを使用した敵もいるということも事実だ。
そして、これから彼らがやり合わなければならない敵もその武器を使用するだろう。
ジャンの言う通り、彼らと敵対する部族は鉄砲を持って、いつかマグラフ村に来るだろう。
「ジャン」
「はい」
ジェナルが重い口を開くと、ジャンはうなずいた。
「その鉄砲、わしらに使い方を教えてくれ」
「でも、私はあまり上手ではありません。お母様と比べたら、まだ遠くへ狙うことができません」
「それでも、ここにいる誰もが、その武器を見たことも、触ることも始めてだ。だから、教えてくれ」
ジャンは無言でザイドを見て、確認する視線を送った。ザイドは微笑んで、うなずいた。
「分かりました」
ジャンは瞬いて、そしてまた的に視線を移した。