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ウルダ(30)

その日の朝、ジャヒールたちは直ちにイッシュマヤの港町を発った。予定ではあと二日間ぐらいイッシュマヤにいる予定だけれど、サラムの判断で彼らはすぐにその町を出た。


「帰り道は行く時と違いますね」


ジャンが言うと、隣で走っているジャヒールは微笑んだ。


「今回は緊急だから、最短ルートで行く」

「やはりサラム兄さんが合流したから?」

「それもある」


ジャヒールは前に走っているサラムを見ながら答えた。


「あの騒ぎで、巻き込まれてしまうと困るからな」

「そうですか」


ジャンはうなずいた。


「でも、彼らは海のど真ん中に火事に巻き込まれて、沈没したでしょう?」

「そういうことになっているが、万が一ということもあるから、念のために町を出た方が良い」

「そうですか」


ジャヒールの説明を聞いたジャンはうなずいた。一行はしばらく走って、途中で休憩して、再び走った。夜になると、オアシスではなく、そのまま野宿することになった。やっとオアシスに泊まれるのはその二日後のことだった。


「ジャン、一緒に屋台へ行こう」


サラムがジャンの部屋に現れると、ジャンは近くで荷物を解体しているジャヒールを見た。ジャヒールは笑って、うなずいた。


「みんなで行こう」

「はい!」


ジャンは嬉しそうにうなずいて、サラムの元へ走った。サラムがすぐさまジャンを抱きかかえて、そのまま外へ出て行った。外では、数人のサラム班がもうすでに待機した。


「あ、ジャファーさんだ。こんばんは!」

「こんばんは、ジャン様」


ジャファーは丁寧に挨拶して、にっこりと微笑んだ。宿からサバッダたちも出て行くと、サラムはそのまま屋台街へ向かった。大きなオアシスだから、人もたくさんいる、とジャンは思った。市場の所々に踊り子や芸を見せる人々もいて、とても賑やかだ。ジャンが踊り子の手を真似て、手を動かすと、サラムは笑った。


途中で、ジャンが興味を示した料理を買ってから、彼らは食事屋へ向かった。サバッダたちはそれぞれ食べたい料理や付け合わせの料理などを買って、食事屋に持って来た。


「美味しいか?」


サラムが聞くと、ジャンはうなずいた。もうすでにジャンが頬張って、美味しそうに食べた姿を見たサバッダたちは笑って、机の上にいろいろな料理を並べた。ジャヒールは串焼きを食べながら、サラムと会話した。


「ジャンはもう少し太った方が良いかも」

「僕もそう思った」


サマンが言うと、サバッダもうなずいた。


「だからもっと食え。アブ、ジャンにその串焼きをあげてくれ」


アミールが言うと、アブは笑いながら大きな串焼きをジャンのお皿に載せた。


「(もぐもぐ)あふぃふぁと(もぐもぐ)」

「ジャン、口の中身を空っぽにしてから話せ」


ジャヒールが呆れながら言うと、ジャンはうなずいた。サラムは笑いながら串焼きを取って、食べた。


こんな気持ちは始めてだ、とサラムはそう思いながら串焼きを食べている。今まで弟や妹たちが生まれても、一緒に遊んでも、このような気持ちはなかった。ましてや、彼らの存在は邪魔な存在しか思っていなかった。


けれど、サラムはただ頬張った顔のジャンを見ているだけで、心から笑った。


おかしな気分だ、とサラムはジャンを見ている。


小さくて、かわいい弟だ、とサラムはそう思いながら、ジャヒールが勧めたパンを取って、食べた。


全員が食事し終えると、彼らはまだ歩いて、夜店を楽しんだ。途中でジャンが眠くなったから、彼らは宿に戻ることにした。


「今夜、俺がジャンと一緒に寝ても良いか?」


サラムが突然聞くと、ジャヒールたちが驚いた。


「ジャンの寝相が悪いぞ?」


ジャヒールが言うと、サラムは笑った。


「俺は一度も弟と寝たことがない。だから気になる」

「まぁ、別に構わないが、途中でジャンの蹴りで起きてしまったら、私のせいにしないでね」


ジャヒールは笑いながら言った。そして彼はまじめな顔でサラムを見ている。


「第一、殴られても、蹴られても、殺すなよ?大事な弟なんだからね?」

「ああ、分かった」


サラムはうなずいた。ジャンの寝相がそんなに悪かったのか、とサラムはすやすやと寝ているジャンを見て、首を傾げた。


その夜、ジャンはサラムと同じ寝台で寝ることになった。ジャヒールの言うとおり、最初はおとなしかったのに、いきなり足がおなかに当たると、サラムは目を覚ました。再び寝て、また手が顔に当たった。結局サラムは眠れず、そのまま起きて、窓を開けた。サラムは窓に座って、静まっていく夜の町を見つめている。


トントン、と扉がノックされた音がしたので、サラムは剣を持って、扉を開けた。


「なんだ、小頭か」


サラムが言うと、ジャヒールは微笑んだ。


「ちゃんと眠れていなさそうだね?」

「ああ」


サラムはうなずいて、ジャヒールに入るようにと合図した。


「あんなに小さな生き物なのに、なぜそんなに広い寝る場所を取るのか、分からん」

「ははは、だから言っただろう?」

「ああ、甘く見て、反省したよ」


ジャヒールが言うと、サラムはうなずいた。


「どうぞ、座って下さい」

「ありがとう」


ジャヒールはうなずいた。


「小頭、最初はサヒムから連絡を受けたけど、耳を疑ったさ」


サラムは水を飲んでから、そう言った。


「サヒムさんは何か言った?」


ジャヒールは椅子に座りながら聞いた。


「イルカンディア人が、勢力を広げているとか、世界各地に植民地を作っているとか・・。俺は、イルカンディアという国はどこにあるすら分からないのに、どうしてサヒムがそれを言えるか、分からなかった」


サラムが言うと、ジャヒールもうなずいた。


「私も分からない・・。が、昨日、ジャンが彼らの行動を明かして、そしてその通りだった。それが分かった以上、これは本当のことだ、と確信した」

「ジャンは何を言ったか?」


ジャヒールが言うと、サラムは耳を傾けながら聞いた。


「あの船、横に三つの色で塗られている。あれはイルカンディアの船の特徴だ、と彼は言った。そして、会話を訳してくれて、彼らの企みを知った」

「ふむ」

「その後、ジャンは賭け事で布を手に入れた。何かの仕掛けを見破ったような仕草をしたが、そこまで分からない」

「ほう?」

「相手は俺から500ダリを搾り取るつもりだったらしい。しかし、ジャンは見事にその罠を破った」

「それはすごい」

「ああ、私もそう思った。マグラフに戻ったら、やり方を学ぼうかな、と思っている」


ジャヒールが言うと、サラムはうなずいた。


「で、途中でジャンが言った。これから彼らが騒ぎを起こす、と。俺たちが泥棒で、女王に献げるための布を盗んだ犯人だとか。どうやら、彼らは貴重な布を俺たちに容易くあげるつもりはないからな」

「なぜだ?イルカンディア人が良くやることなのか?」

「そこまで分からない。ただ、実際に、その通りに騒ぎが起きた。ジャンの言うとおり、俺たちが泥棒に仕立てられた。ただ事前に布をナツメヤシの木の上に置いたから、調べられても見つからなかったわけだ」

「ふむ」


サラムは考えながらうなずいた。ジャヒールとジャンが裸になるぐらいまで無実であることを証明したから、その場にいる人々は二人が無実だと思っただろう、とサラムは思った。情が厚いウルダ人は、同じウルダ人が泥棒呼ばわりすることに怒りを感じただろう。ウルダでは、泥棒は重犯罪の一つで、下手したら死刑されることもある。


「ジャンがはっきりと言った。ウルダは外国人に優しくしてくれる国かどうか、イルカンディア人らはその騒ぎで見定める。動く時のと、動かない時のと、次の手を考えて、また来るだろう。実際に、警備隊が動いた。ただ、彼らはお金で動いたかどうか、分からない」

「なるほど」

「ただ、相手は悪かった」


ジャヒールが言うと、サラムは思わず苦笑いした。


「彼らの言葉を知り尽くしたジャンは、彼らの上だったってわけか」

「その通りだ」


ジャヒールはうなずいた。


「彼らがこれからも来るのか?」

「遅かろう、早かろう、また来るだろう。船が行方不明になれば、彼らを探すための人も送るだろう」

「ふむ」

「それに、目撃者も多数いて、怒った市民が船を襲って、必死に逃げた船が火事に遭って、沈没した」

「そういう話も、船乗りの間に広がるか?」

「多分ね」


ジャヒールはそう言いながらため息ついた。


「一応、昨日で鉄砲を5丁手に入れた」

「弾は?」

「弾もいるのか?」

「当たり前だ。弾がないと、ただの棒だ」

「それは知らなかった」


ジャヒールが言うと、サラムは笑った。


「まぁ、問題ない。弾ならたくさん買ってきた。マグラフに着いたら、あとで分けてやる」

「それはありがたい」


サラムが言うと、ジャヒールは安堵した。


「鉄砲はどこで仕入れた?」

「分からん。サヒムはジャファーと一緒にタックスへ行って、そこからどこかへ船に乗った。船に乗る前に、サヒムはジャファーを俺に返して、手紙を託した。俺たちはお金を持って、エブロウの港へ来るように、と」

「エブロウ?!」


エブロウは西南にあるエフィックス王国に属する港町だ。


「エブロウで、数日間を待つと、サヒムが現れて、品を持って来た。大量でびっくりしたよ」

「あれが、全部、鉄砲と弾なのか?」

「そうだ」


サラムはうなずいた。


「サヒムは、アルキアが負けた原因はその鉄砲だ、と言った。確かに、西の方に不穏な動きがあったらしい。調査するためにお金が必要だ、と彼は言った」

「ふむ」

「その後、俺たちは船でイッシュマヤまで行った。偶然にも、小頭とジャンを見かけて、そのような状況にある、とすぐに分かった」

「そうだな。おかげさまで、助かったよ」


サラムの言葉を聞いたジャヒールは考え込んだ。


「ところで、小頭」

「はい」

「ジャンの父親は、戦死したと聞いたが、まさか、あの鉄砲で?」

「そうだと思う。人数ならアルキアの方が多かった、とジャンは言った。が、鉄砲であっという間に勝負が決まったらしい」


ジャヒールが言うと、サラムは考え込んだ。


「サヒムが言うには、植民地を拡大しているのはイルカンディアだけじゃない。エルガンティ、トルピア、スミルキア・・」

「あれはほとんどジャンがしゃべれる言葉だ」


ジャヒールが言うと、サラムは何かを感じた。


「ジャンができる他の言葉は?」

「ミン語とサイキス語だ」

「まさか、全部、領土の拡大と植民地造りに参加している国々か?」

「分からん」


ジャヒールの答えを聞いたサラムはなぜか途轍もなく不安を感じた。


「あんな小さな子どもに、そんなにたくさんの言葉を覚えさせたのは、ただ興味があるからじゃない」


ジャヒールが言うと、サラムもうなずいた。


「なんだか、俺が早くマグラフ村に帰りたい」


サラムが言うと、ジャヒールは笑った。


「落ち着いて下さい。明日でも遅くないよ。それにイルカンディアの船が火事にあって、沈没したことを彼らの母国にもまだ伝わらない。そんな近くにある訳がないのだから」

「そうだった」


サラムの反応を見たジャヒールは笑って、立ち上がった。


「ジャンをもらってくよ。眠れないだろう?」

「いや、そのままにしてくれ。俺は問題ない」

「良いのか?」

「ああ、問題ない。ありがとう、小頭」

「分かった。じゃ、お休み」


ジャヒールはうなずいて、ぐっすりと寝ているジャンを見て、退室した。サラムはしばらく窓際に座って、外を見つめている。

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