正当すぎる魔女裁判
アイアンクロー状態で公一に連行されたのは、特別教室が集まった別棟一階の服飾部部室。
教室のある本棟では無いので、ここまで来る廊下に教員や生徒の姿は少ないが、それでも多少は人目はある。
普通なら三年男子がぐったりとした一年女子をアイアンクロー状態で連れ回す光景なぞ、いじめにしか見えないだろう。
しかしこの2人の場合は、またマナカが何かしでかしたかで済まされるぐらいにはおなじみとなっていた。
「姫野入るぞ。マナカ連れてきた」
「あぁ。入ってくれ……2人とも緑茶でいいな」
先に昼食を食べていた服飾部部長姫野真緒も、ノックして入ってきた公一とマナカを一瞥したが、特段思うことも無く箸を休めると、部室に常備した急須にお湯を入れ始めた。
服飾部の部室といっても、メインの活動はミシンなどが置いてある隣の被服教室となるので、こちらの準備室は休憩室としての役割がほとんど。
先輩が持ち込んだ電気ケトルや、誰かが持ってきた雑誌やらお菓子などが無造作に置かれていた。
「ったく探す手間かけさせやがって。昼飯の時間が短くなったじゃねぇか。姫野、悪い先に飯を喰わせてくれ」
「あぁかまわない。私も先にいただいていたしな」
姫野の隣の椅子にマナカを放り込むように置いた公一は、空腹で苛立っているのかテーブルの上に置いてあった自分の弁当箱を取って早速がつがつと食べ始める。
「ひど! お、お兄ちゃんを取られた、い、妹分の可愛い嫉妬なのに。それに連れてくるにしても、もう少し優しくしても良くない!?」
「黙らせながら連れてこないと、壊れたスピーカーよりうぜぇからだよ。これお前の分だ」
テーブルの上に突っ伏していたマナカがずきずきと痛むこめかみをさすりつつ上げるクレームを無視して、公一が二回りほど小さい弁当箱をすべらせ投げ渡してくる。
「えっ。どうしたのこれ? まさかコーくんの愛情が詰まった手づく」
「あ”っ!?」
「ごめんなさい、冗談です。はい」
ついノリでからかいそうになってしまったが、再び躾のアイアンクローが飛んでくる気配を感じ取ったマナカは慌てて謝る。
「佐倉のおばさんに頼まれて、ウチのお袋が今日からお前の分も弁当を作るって。残さず食えよ」
「はい。ありがたく頂戴いたします……でもなんでおかーさん、コーくん家のおばさんに急におべん」
首をかしげながら公一の母親が作ってくれた弁当箱を開きかけたマナカの手が止まる。
お弁当の中身は公一の弁当とほぼ変わらないが、公一の方がご飯を多めにしてあり、マナカの分は彩りを気にしてなのか、一品一品の量は少なくして二種類ほど副菜が増えて少しだけ華やかになっていた。
ただ問題はメインのおかずだ。
どーんと中央に鎮座するのはピーマン肉詰め。ふっくらとした肉種と青々としたピーマンがインパクト十分に二つ入っていた。
「ぁ。あの、コーくん。可愛い妹分からお願いが」
「ピーマン肉詰めのピーマンだけならくわねぇぞ。ちゃんと嫌いな野菜も食べているか、ウチの母親から佐倉のおばさんに毎日報告するってよ」
「うぅ。幼なじみと通信技術の発展が……あたしをいじめてくる」
普段はその通信技術発展の恩恵にずっぷりと世話になっているくせに、こういうときだけ恨み節を零したマナカは顔をしかめつつ、覚悟を決めてメインからかぶりつく。
お肉の部分は肉汁たっぷりのハンバーグでしかも中にチーズが入っていてマナカ好みの味付けでとても美味しいが、やっぱりピーマンの苦みと青臭さが勝る。
「佐倉の父親が、たしか今月頭から海外に半年ほど短期出張になって、それに母親もついて行ったとは聞いていたが、まだ10日ほどしか過ぎていないが何かあったのか? 急に弁当を作ることが決まったようだが」
一足先に食事を終えた姫野は、緑茶を入れたマグカップを、目をつぶって咀嚼するマナカの前に置きながら公一に尋ねる。
「外食可能なレベルでとりあえず一月分って渡した食費の半分以上が、お菓子代になった疑惑が発生して、佐倉のおばさんが強権発動した」
「え”っ! ち、ちょっとまってコーくん! 聞いて無い! それ知らないよあたし!?」
突然の公一の暴露にマナカがぴしりと固まったあと、すぐに再稼働してあたふたと慌て始める。
「どういうことだ?」
姫野は茶を飲みながら、この反応は黒だなと確信をしつついぶかしんだ。
佐倉愛佳いう後輩は、言動は時折幼さを感じるほど常に巫山戯ているが、意外と、いやそうとうに用意周到に動いている。
常に周囲に気を張り、状況を操作しようとしている節さえあるほどだ。
しかし今見せる反応は、本気で予想外で慌てているようにしか見えない。
「マナカは口は達者だから、金銭管理の練習になるとかうんぬんとか言って食費の管理権もぎ取ってたんだよ。ただ佐倉のおばさんも怪しんでたから、ご近所ネットワークに頼んで、ご近所総出で、マナカのスーパーでの買い物量やら、ゴミ出しのチェックして、昨日の朝のゴミ回収で、他の家のゴミ袋から捨てた覚えの無い菓子のパッケージが大量に混ざってたんで、ついに尻尾を掴んだってよ」
証拠が積み上がるのに比例して、マナカがだらだらと脂汗をかきはじめる。
「しかし佐倉にしては珍しいミスだな。隠蔽工作は得意のはずだろ?」
「大物狙いの時は足下お留守になんだよマナカは。爺さん関連で動いているから、私生活の方の隠蔽が甘くなるっておばさんが予測してたそうだ」
「うぅ。レシート偽造とか、他の家のゴミ袋に分散とか一応対策していたのに、ご近所さん全員グルは卑怯だよ」
隠蔽工作でそこまでするマナカもすごいが、それを人海戦術で上回ってくるご近所とはどういう町内だ。
突っ込み所は多い気もするが、マナカ対応で、ご近所全体がレベルアップでもしたのだろうと何となく想像が付いた。
「ってなわけでマナカ。今は爺さん関連で忙しいから何も言わないけど、戻ったらおばさんが、きついお灸を据えるそうだ」
話しつつも弁当を食べ終えた公一が、自分の茶を一気に飲み干すと妙にすっきりした顔で死刑宣告を下した。
普段から、何かにつけてからかってきたり、迷惑をかけられている憂さ晴らしが込められているのは間違いない。
「それ物理的意味だよね。お灸って体罰! 虐待になるって! 昭和じゃ無いんだから! 今は令和だよ!?」
「それも嫌だってわがまま言うようなら、ご近所にも迷惑かけたから今日帰ったら昔みたいに家の前で尻百叩きにしてくれってうちのお袋が頼まれてんぞ」
「小学校の屈辱再来!? いやいやないでしょ!? ありえないでしょ!? あたしもう高校生だよ!?」
ひっと青ざめたマナカが必死に抗議をするが、既に本人欠席状態で裁判は結審しているので今更控訴は出来無い。
「体罰云々ってお前に関しちゃ自業自得だろうが。口で言っても分からないし、怒られても反省しないし、何度注意されてもあぶねぇ事する、ちょっと目を離したら意味不明な理由で行方不明になる。そういや、にゃがれぼし虐めたカラスを爆殺するための爆弾製造しようとして、ウチの高校の科学準備室に忍び込もうとしたこともあったな。硝酸カリウムだかなんだか狙って」
「待て城野。それはいつの話だ? 私は知らないぞ」
やたらと物騒な話に、姫野の手からマグカップが落ちそうになる。
「そりゃそうだろ。マナカが幼稚園の頃だから10年近く前だっての。ほれマナカがよく隠れている前庭の隠れ場所。その時に茂みに潜り込んで見つけたんだよ。夜になってから校舎に忍び込もうとしてセンサーに引っかかったから未遂で済んだけど」
「どういう幼稚園児だ。三つ子の魂百までにも限度があるだろ……どちらにしろ佐倉が悪い。甘いものをたくさん食べたい気持ちは分からなくもないが、お菓子ばかりでは身体をこわすぞ。今回は甘んじて罰を受けろ。一人娘の心配をするご両親の心配も考えてやれ」
度の過ぎた問題行動は別として、親がいなくて羽目を外したくなる気持ちには理解を示しつつも、さすがに健康に悪い事を容認は出来無い。
後輩というよりも手の掛かる妹を見ている気分になった姫野は心からの注意を促し、反省しろと諭す。
「だ、だって姫野先輩。最近は高いお菓子も多いんですよ。なんとガムやラムネ菓子だけで400円以上するものも」
涙ぐんだマナカはわざとでは無くて、高い物が増えていたからつい高額になってしまったと言い訳をしようとするが、
「姫野、嘘泣きだから騙されるなよ。近所の公園で小学生相手にダブりのトレード会主催を長年やってるようなやつだぞ。甘いものが食べたいより、食費を削って食玩のコンプリートに走っただけだ」
幼なじみの公一がこの場にいる限り、そのような姑息な手は通用しない。
「あ、アレはアレでレート決めとか楽しくて、お菓子のポイ捨てしたらしばらくレート低下の罰入れたりしているから、食育にもなって」
わたわたと手を振ってさらなる言い訳を重ねようとするマナカの動きに不自然な動作を感知した姫野が、箸を握っていた右手を捕まえる。
「佐倉ここの部室は私がちゃんと掃除をしている……だから、動揺した振りでついうっかりピーマンだけを床に落としても食べさせるからな」
なるほど転んでもただでは起きないとはこういうことか。
どさくさ紛れにピーマンの皮の部分だけを床に落とそうとする辺り、どこか冷静というか、反省していないというか。
「ひ、姫野先輩。目がちょっと怖いんですけど。え、えーとコーくんそっくりで。さすが彼女さん。よ。ベストカップルって……お、怒ってます?」
「城野。私は体罰に関しては否定派なんだが、佐倉に関しては主義を変えそうになるんだが」
「気が合うな。マナカに関しちゃおばさんの許可をとれば良いから姫野を推薦しとく。都合悪くなるとトイレやら更衣室に逃げ込むから、中学時代は困ってたから丁度良い。そういう時は引きずり出してくれ」
狩人佐倉愛佳は校内でのセーフティハウスをいくつか失った。