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櫻森の魔女  作者: タカセ
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猫を連れた魔女とぼんくら御曹司

興味本位でちょっと遺産相続について調べてみたら、祭祀承継者という面白い制度を発見。

親族で無くとも他人でも指名があればなれる。

祭祀財産は分割されず、単独継承される。

なかなか題材として美味しいなと思って、書きたくなった所に、童話祭の主人公がすっとはまって……

もちろん現実では高層ビルをお墓だと言い張るのも、持ち株会社を祭具扱いなんて到底無理で、作中でもあり得ませんが、そこは作中で上手いこと設定をコネコネする予定です。



 むかしむかしとある学校で1人の少年が、才能と心の傷を抱えてた4人の少女と出会いました。


 特別な才能をもち、そしてそれ故に浮いてしまう少女達と少年は交流を重ね、数多くの試練や困難を、時に協力し合い、時にぶつかり合い、苦悶し、共に乗り越え、でもまた悩み、それでも少しずつ、少しずつ、絆を深めました。


 やがて誰1人欠けることの出来無い、特別な、でも世間から見ればいびつな関係が生まれました。


 ですが少年と少女達、5人ならこれからもどのようなことも乗り越えていけるでしょう……そう5人ならば。

















不動産を中心とし全国展開する櫻森グループ総帥櫻森ホールディングス会長日ノ岡源一郎の通夜が執り行われる櫻森セントラルホテル。


 22階。第2会議室に集まっていたのは、喪服に身を包んだ9人の老若男女。


 名目上は会議室と呼ばれているが、そこはラウンジのような作りとなっており、部屋の片隅にはミニバーカウンターも設置されている。


 機密性を保ちながら、それほど堅苦しくない会食形式の集まりをというコンセプトで設計されている。


 もっとも今の空気は堅苦しいと呼ぶよりも、さらに重々しい緊張感に包まれていた。


 頭髪が真っ白となった老齢の男性が1人、初老の男性が3人、3人と同年代の女性が1人。


 そこからずっと下がって20代の男が2人。


 残りの二人は高校生くらいの少女と、さらに幼いまだ4、5才の少女という、些か奇妙な取り合わせだ。 


 初老の男女四人の横には若い男女が1人ずつ座る4組のペアが、それぞれ必要以上に距離を取って座っている。


 彼らは互いに言葉を交わすことも無く、なにやら仕事を抱えているのか書類や資料を作成したり、手持ちぶさたに携帯へと目を落としたり、持ち込んだ小説を読みふけったり、静かに目を閉じて瞑想をするなどしながら、時折部屋の入り口に控えている白髪の老人へと目を向けている。 


 3階下の大ホールで開催されている通夜の会場から彼らが呼び出されてから、かれこれ30分ほどになるだろうか。



「松岡さん。いつまで待たせる気だ。親父の遺言状の開封日を決めるだけだろ」



 先ほど火をつけたばかりのタバコを灰皿に必要以上に押しつけた神経質そうな初老の男の1人、櫻森ホテルパートナーズ会長木下宗司が、これ以上待たされることに耐えかねたのか、櫻森ホールディングス会長秘書であった松岡を問いただす。


 必要以上に声を荒げてはいないが男の眼光の鋭さもあってか威圧感があり、重苦しさがいっそう増していく。



「申し訳ありません宗司さん。亡くなられた会長から遺言状の開封時には、ご兄弟四名様と、それと会長がご指定なさったご家族四名様、そしてご友人をお一人、家庭裁判所にお集まりいただくようにと仰せつかっております」



「だからそんな人選をした親父の意図を聞かせてくれ。親父の実子である私達四人は当然だろう。うちの孫の中では一番優秀な湊、それに宗一さんの所は息子が大学生とはいえ一人だからまだ分かる。だがあとの二人は会社のことも禄に知らない女子供だ。それに親父の友人ってのは誰だ。坂守先生か、それとも都市開発銀行の茂野会長か」



 宗司が自分の名を呼んだ瞬間、我関せずとばかりに書類に目を通していた木下湊は余計なことをといわんばかりに顔をゆがめ小さく舌打ちをしていた。



「申し訳ございません。意図は伺っておりますが、今は私からは申し上げることが出来ません。ご友人に関して問われた際は、会長は人生の半分の年を語り合った友だ信頼して良いと、お伝えするよう申しつけられております」



 松岡が答え終わると同時に、ぱたんと本を閉じる音が甲高く響く。



「あの男にそんな長く続いた友人がいるなんて聞いていませんが。それとも私達の知らない女性ですか」



 実父をあの男と呼び嫌悪感を隠そうともしないのは、四兄弟の中で唯一の女性である櫻森技術開発アカデミー理事長鹿島里桜だ。



「鹿島さん。気持ちは分からなくも無いが子供もいるんだ。少しは控えてくれ……帰りに好きなケーキを買ってやるからもうちょっと我慢しような」



 さらに重苦しくなる空気に、言っている言葉の半分も分からないだろうがこの部屋で最年少の少女が涙ぐんでおり、その横で祖父の櫻森流通・通信サービス会長土岐山壮吾が、厳つい顔には似合わず不器用ながらにも慰めようとする。


一連のやり取りの間も目を閉じ黙りこくって瞑想している父である櫻森不動産会長田宮宗一を横目で見た若い男、田宮透はあまりに重苦しい空気に精神的限界を感じていた。 



「あー松岡さん。ちょっと会場の方を俺がみてきます。亡くなった爺さんと同年代の友達じゃすぐ分かるでしょ」



 松岡の返事も待たずに、透は新鮮な空気を求めて部屋を抜け出した。












「やべーやべーあの空気。爺さん相変わらずやらかしてくれてんな」



 世間一般の親戚の集まりって物は知らないが、少なくともうちの一族異常だろとぼやきつつ、透は、顔もよく知らない親戚の誰かと鉢合わせする可能性のあるエレベーターホールを避けて、人気の少ない階段を使って、宣言通り二階下の通夜会場に向かう。


 会場も居心地が悪いが、上の地獄よりは多少マシだ。


 なんせ通夜に訪れている訪問者はどこぞの業界の大物やら大会社の社長幹部、手伝いに借り出されている櫻森グループの若手社員も、会長の通夜に呼ばれるほどの若手ホープ、旧帝大系を中心にいわゆるエリート揃い。 


 とりあえず無理せずそこそこで入れるを基準で大学を選んだ透とは、なんというか考えやら心構えが違う。


 正直言って場違い、アウェー感が半端ない。


 そりゃ客観的にみれば、櫻森グループの中心企業の一つ櫻森不動産会長田宮宗一の一人息子で、創設者日ノ岡源一郎の孫となれば、世間一般ではいわゆる御曹司という身分だ。


 しかし透本人にはその意識が極めて薄い。


 父親が48才で初婚と晩婚だったせいか、それとも仕事以外コミュ障な仕事人間なせいか、どうにも普通の父子のコミュニケーションは難しく、一方で若い母親の方はのほほんとしたザ一般人。


 あの環境で櫻森グループの御曹司だと自覚をしろは無茶ぶりだ。


 しかも親戚の木下家の方は子だくさんな家系なのか、優秀な従兄弟どころか年上の従兄弟甥、姪がずらりと勢揃いで、今更そこに割り込んでいこうという競争意識も無い。


 今年大学三年そろそろ就活をしなければならないが、父親からは指示やら好きにしろとも何も無し。よく考えろというアドバイスらしき物を一つだけ。


 友人知人は関連企業に入り放題だろとうらやむが、親戚関係のあの空気を考えれば、櫻森関連は絶対拒否の一択。


 ぼんくら二代目だなんだと陰口が蔓延するのは想像に難くない。


 今夜の通夜会場やら上の空気で、その想像が確実な未来へと変わった。  


 さりとて親の金で放蕩三昧ってのも、気が引ける程度には常識人。

 

 これも漠然とした不安って奴かとぼやきつつも、上よりマシだが、それでも気の乗らない通夜会場のある階に到着。


 とりあえず祖父の友人らしき年寄りを適当に探しているふりをして、やっぱり分かりませんでしたと時間を潰そうかと考えていると、なにやらエレベーターホールに設けられた受付がざわつく声が響いてきた。



「だーかーら大人しくさせてるし問題なし! 猫アレルギーの人がこの時間ならいないことも確認してもらってるんだってば!」 



 受付でおろおろする若い女性社員と、その横で現場担当を任された中堅幹部社員に喰って掛かるのは、この辺りでは見たことのない校章が入った制服ブレザー姿の少女だ。


 化粧っ気はさほど無く、かといって地味というわけでも無く、だからといって見惚れる美人というわけでも無い。


 しかしどこか目を引く。


 なんというかその印象が元気すぎるから、目立つとしか言いようが無い。


 手足を振り回して抗議する様は、怒っているのにどこかコミカル。


 そして極めつけは猫だ。まるで襟巻きのように猫が少女の両肩と首の上で、なうっとくつろいでいる。


 真っ黒な毛皮で、星のような一筋の白い線が走る猫は、ぎゃんぎゃんと騒いでいる少女の肩の上で、いつもの事と言わんばかりにくつろいでいる。リラックスしまくっている。


 極めつけに場違いすぎる。普通ならセキュリティスタッフの手でとっくにつまみ出されている。


 それ以前にむき出しの猫を連れて、どうやってホテルロビーを通ったというのだ? 


 実際屈強なホテルスタッフも受付周囲の人だかりに混じって幾人か見えるが、遠巻きにするだけで困惑している。



「ほらこの案内状にも書いてあるでしょ。あたしと猫一匹って! 源さんの直筆許可付き。見送って欲しい本人が良いよって言ってるのになんでダメかな!」



 スタッフ達が少女を力尽くで排除が出来無い理由に透は気づく。


 こんな無法がまかり通るのは少女が持つ案内状の効力だ。


 少女が振り回すのは祖父日ノ岡源一郎が生前に自らしたためたこの世で1枚の通夜案内状。


 日付無し、会場記載無し。


 この案内状を持つ者が訪れたときは最優先で自分と対面させろ。


 何をしても黙ってみていろ。


 そいつが俺の香典なんか出しやがったら叩き返せ。


 数年前に雑誌インタビューで終活について語っていたときに、冗談交じりで話していた現物が少女の手に握られていた。



「も、申し訳ございません。そ、その少々お待ちください。ただいま上の者に確認を」



 現場スタッフもその特別な案内状の存在や確認方法も把握はしていたようだが、それを持って現れたのが、こんな風変わりな少女だとは想像もしていなかっただろう。


 困惑するなというのが酷な話だ。



「それさっきも聞きました。それ出て来たのが貴方でしょ。本物だってICタグも確認できたのに他に何か必要なら……アレいろんな人にみせるのはちょっとまずいし」

 


 だが少女の方は、幼い少女がするようにぷくっと頬を膨らませつつなぜかスマホを弄り出していたが、不意に顔を上げきょろきょろと周囲を見渡し、透をみて、にまっと笑った。


 背筋がぞくっと来る嫌な予感を覚えた透が、人混みに紛れ用とするよりも一瞬早く、少女が動く、



「そこのお兄さん! 源さんのお孫さんでしょ!」



 びっしっと指さして周囲の視線を一気に透に集中させつつ、ダッシュで接近。透が答える前に自分のスマホを眼前に突きつけた。



「ほらこれが私と源さんが知り合いの証拠。源さんが恥ずかしがるから他人に見せるなって言ってたけど、お孫さんなら他人じゃ無いからオッケー」



 先ほどの笑みと違う陽性1000%なニコニコ笑いで少女が差し出す動画に写るのは、確かに祖父だ。


 どこかの住宅の縁側に腰掛ける祖父の膝の上で小学生低学年ぐらいの幼い少女が、目の前の少女と同じ笑顔でニコニコと笑っていて、その少女の膝の上には、真っ黒な毛並みの背中に一筋の白い流星が走る黒猫がごろごろと喉を鳴らす。



『むぅ源おじいちゃんお顔かたい。こうだよニコニコ』



『分かった分かった注文が多い、あ、こら頬を勝手に』 



 幼い子供の扱いに疎いのかどこか緊張気味の祖父の頬に小さな手を伸ばした少女は、頬を上げて無理矢理笑顔を作らせる。


 孫である透が見たこともない祖父の姿がそこには映っていた。


 なにせ祖父と面会した回数を記憶にある限りで数えるなら、片手で事足りる上に、時間単位でも即席うどんを茹でる時間より短いほど。


 その少女とのやり取りは、むしろそちらの方が実の祖父と孫のようで……



「にゃっ! 間違えた動画なしなし!」



 写真だけみせるつもりだったのに操作を間違えて動画を流してしまった少女が慌てて、画像を消し去る。


 周囲の空気が先ほどまでと違うざわつきをはらみ出す。映像は見えなかっただろうが、音声は聞こえてしまった。


 実に楽しげな二人のやり取りが。



「うぅ失敗失敗。と、ともかく源さんとあたしが知り合いだっておにーさん分かったでしょ! お孫さんがオッケーなら入って良いでしょ。もちろんにゃがれぼしも一緒に」



 完全に切り替わった空気に気づかず、失敗が恥ずかしかったのか赤面した少女がぱたぱたと頬をあおぎつつ、透や受付担当にニコニコ笑顔で同意を求める。



「はぁっ? ちょっとまて、今の」



「ど、どうぞ。お嬢様。申し訳ございません。わ、私どもの不手際で」



「結果オーライ源さんの会社の人だから許してあげる。中でも言われると面倒だからおにーさんも付き添い。いこ」



 平謝りをしようとする受付担当社員に軽く返して、混乱して言い淀んでいた透の腕を掴んだ少女が、同意も無く通夜会場に殴り込む。


 通夜自体はほぼ終わりかけの時刻で中にはそこまで人はいないが、少女が通夜会場に足を踏み入れた途端、ざわめきが一斉に止まる。


 先ほどまでの入り口でのやり取りは会場にも聞こえていたのだろう。


 数は少ないが正体を探るぶしつけな視線が少女に刺さり、ついでに展開について行けなくて呆然としている透にも注がれるが、少女は気にしない。


 無人の野を行くがごとく一気に行軍した少女は、焼香台で作法としてあっているかあっていないか微妙な動作でにゃむにゃむしてから、肩口の猫を右手で猫づかみして、空いている左手で猫にも抹香を掴ませて焼香をさせる。


 無茶苦茶にもほどがある礼儀で無理矢理を通した少女は、今度は猫を両手でだっこしてから棺の前に立って中をのぞき込む。


 

「……源さん本当に死んじゃったんだ」



 祖父の顔を見つめた少女は一度だけ鼻をすすってから、右の袖で目をごしごしとこする。


 先ほどまでの笑顔は引っ込み、一瞬だがみせたのは寂しげなつぶやき。


 それは肉親へと向ける悲しみのようで。


 ひょっとしたら、いや確実に上の部屋にいる透の父も含めた4人よりも、その死を悲しんでいる。



「なぁ、お前……やっぱり」



 ほぼ確信をしている。他人の目もあるこの場で聞くのは余計な騒ぎを引き起こすかも知れない。


 だがそれでも聞かなければならない気がして、



「おにーさん、覆われて見えないけど源さんの手って開いて組んであるかな? 要はパーってこと」 



 しかしそんな透の気持ちをすかすかのように、少女は先ほどまでの悲しげな表情が幻だったかのように、元の脳天気な笑みをみせると意味不明なことを聞いてくる。


 

「あっ? 握らせる習慣は聞いたことねぇけど、こう手のひら合わせる感じだったか」



「オッケーならあたし判定でパー……じゃあ一回勝負。じゃんけんぽん」



 少女はまっすぐに開いた右手手を付きだした。



「あいこだね。じゃあ半分こだ」



 さよならと手を振るように手のひらをひらひらとさせた少女は、ポケットから何かを取り出す。


 それはコンビニでみかける安い和菓子のまんじゅうだ。


 よっと手で半分に割った少女は、微妙に大きな方を自分のくちに放り込むと、残り半分をもつ左手をみて、



「これ源さんの棺に入れたら、さすがに怒られると思う?」



「……こんだけやらかしまくって今更聞くのがそれかよ。その猫にでも喰わせとけば良いだろ」



 どういう判断基準をしてるんだこいつはと、透は頭痛さえ覚え、思わずため息をはき出す。


 

「にゃんこにあんこはダメだよ。じゃあおにーさんの口にシュートっと」



 最初から狙っていたのか、ため息をはいた透の口にまんじゅうを放り込んだ少女はパンパンと手を払うと、最後に棺をもう一度のぞき込んでサムズアップしてから、



「んじゃ源さん。来世で会おうぜ……一回言ってみたかったカッコイイ台詞達成と、そんじゃいこうかおにーさん」 



「出口まで見送れってか……初対面だってのに人づかい荒いなお前」  



「いやいやさすがにこのまま帰るのは友達として無いでしょ。松岡さん待たせてるし、それにおにーさんが迎えに来てくれ…………あー気づいてなかったの。おにーさん気をつけないとぼんくら呼ばわりされるよ。もうちょっと頭こねこね柔らかくだね」 



 途中で少女のいっている意味は分かったが理解が追いつかない透の表情をみて少女が、やたらと上から目線でうんうんと頷く。



「あたしは佐倉愛佳15才。源さんの友達で、源さんのお墓の管理。要は墓守を頼まれたからここに来たんだよ。源さんが死んだ後色々おきそうだから、そっちの処理もついでに頼まれてるけど」



 一番最初の寒気を覚えた、にまぁとした笑みをマナカと名乗る少女は浮かべていた。

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