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今日も独り言つ  作者: 河野新
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二河和希

 二限を終えて足早に次の授業教室を目指す。周りが学食に行ったり購買に並んだりしているのを横目に見ながら、混んでいるエスカレーターは避けて四階分の階段を一気に駆け上がる。


「つ、疲れた」


 一番上に辿り着くと、酸欠なのかふらついた。一度大きく深呼吸をして周りを確認すると、やっぱり階段の方には人がいないから誰もいない。ここで休んでから動いてもいいけど、昼食の後に課題もやりたいから急がないと。息切れしているところを見られるのは恥ずかしいから、少し大きく呼吸しながら平静を装って歩き出す。


 大きい窓があって採光抜群な新しい棟を出て学内で三番目に古い棟に入ると、窓のない薄暗い廊下を進む。教室に入っても中庭の側の窓から光が入るけど、向かいの棟の影に入るから結局蛍光灯の明かりに負けている。


 前から三番目、右から二列目の右端。いつもの席に座ってリュックからお弁当を取り出す。今日のお弁当は作り置ききてあるひじきの煮物、ほうれん草のナムル、かぼちゃコロッケ、だし巻き玉子、昨日の夕飯の余りからは唐揚げと具なしのポテトサラダが入った俺のお弁当ではよく見るラインナップ。数少ない友人たちは学食派で、別に俺以外の誰が見る訳でもないからと冷凍保存できるものと好きな物を詰め込むだけのお弁当。写真を撮って母親に送る。今日はお昼にしては珍しく早々に既読が着いた。


『先週より彩り良くなったね。感心感心』


 送られてきたメッセージに先週のお弁当を思い出すと、ほうれん草ではなく人参を入れていたから緑がなかったし、メインに鮭、ひじきの煮物ではなく切り干し大根の煮物を入れていたから全体的に黄色と赤ばかりだった。


「やっぱりほうれん草が良かったのか」


「何が良かったの?」


「うわっ!」


 いきなり後ろから肩を叩かれてお尻が椅子から少し浮く。慌てて振り返ると、和希がコンビニのお弁当片手に立っていた。


「お疲れ。びっくりさせるなよ」


「ごめんごめん」


 そう言って笑いながら、和希はお弁当とカバンを置いて俺の隣の席によいしょ、と座った。


「今日は学食じゃないの?」


「そうそう。たまには翔馬と食べたいと思ってさ」


 そう言いながら和希が開けた唐揚げ弁当に視線が釘付けになる。めっちゃ衣ついてる。あれ、俺のお弁当の中身って、ただの焼き鳥だったっけ。


「どうした、翔馬」


「負けた」


「ん? ああ、一個食う?」


 和希はそう言って箸で摘んだ唐揚げを俺の口元に持ってくる。俺は返事をする間もなく唐揚げにかぶりついた。


「めっちゃ食いつくじゃん」


 ケラケラと笑う和希はサラッと俺のお弁当から唐揚げ、もとい焼き鳥を摘んで口に放り込んだ。しばらく二人で口を動かす。めっちゃジューシー。味付け濃いのが食欲そそる。油の味もいいな。


 当然大きくて衣たっぷりだったから俺の方が咀嚼に時間がかかる。


「美味いじゃん。いいよな、顔良くて料理も上手いとか」


 先に飲み込んだ和希はそう言って俺のお弁当の他のおかずを物色し始めた。


「ありがと。でも、和希の方がイケメンって言われてるじゃん。この間もサークルの子に和希に彼女いないか聞かれたよ?」


 かぼちゃコロッケと卵焼きで悩む和希に自信作は卵焼き、と教えてあげる。今日のは出汁の加減が絶妙なのだよ。


「いやいや、イケメン過ぎて近づき難く思われてる翔馬には敵わないって」


 からかいながらも、卵焼きを見ながらじゃあそっちで、と嬉しそう。和希ってこういうところ可愛いよな。かっこよくて可愛げがあって。それは人気になるよな。


「俺はコミュニケーションが苦手なだけだよ」


「そう? 翔馬聞き上手じゃん」


 また彼はさらりと褒めてくる。さすがモテ男、なんて思いながら卵焼きを和希に差し出す。多分量的にはこれでおあいこ。あっという間に食べてしまった和希は思い出したようにニヤニヤと笑った。


「にしても翔馬、口の前に唐揚げ出した時の食いつき凄かったな。ほぼ何があるか確認してないだろ、あの速度は」


「ごめん。本能」


「何の?」


「食欲?」


 お互いに首を傾げて今度は二人で吹き出した。


「なあ、今度俺にお弁当作ってくれない?」


 自分の唐揚げ弁当をつつきながら少し考えるように言った和希は、うそうそ、冗談と笑った。そうは言うけど、どこか寂しそうな目をする。そういえば、和希のご両親は共働きで出張も多くてほとんどどちらも家にいないから、高校時代からお弁当を作ってもらったことがあまりないって聞いたことがある。


「いいけど。一食三百円な」


 俺の言葉に和希は一瞬目を見開くと、すぐに破顔した。笑うと目が無くなるの、ニコちゃんマークみたいで好きだな。可愛い。


「今より安いな」


「じゃあ五百円」


「ちょっと高いけど許容範囲」


 冗談で言ったのに、五百円でも食べたいらしい。俺のお弁当、そこまで材料費掛かってないよ。


「三百円でいいよ」


「安くない?」


「材料費そこまでかけないし、手間も自分のと一緒に作るならたいして増えないから」


 不安そうだった和希もほっとしたように笑ってくれた。


 さて、三限が被っているのが週に二回。他のメンバーと食べたい時は学食だろうし、いつ作ればいいんだろう。


「これから週に二回は一緒に食べるから、隣の席空けとくのもよろしくな」


 ニカッと笑う和希。きっと、一人でご飯を食べる俺の事を気遣ってもくれているんだろうな。自分的には一人で食べるのも好きだし、課題をやる時間に回せるからいい。それでも、誰かと食べられることが嬉しいとも思う。


「場所取り代千円になります」


「弁当の三倍超えてるし」


「大丈夫。代返三万円だから」


「大丈夫じゃなさすぎる」


「ふざけた理由の代返撲滅委員会委員長だから」


「翔馬、じゃあ俺副会長立候補しとくわ」


 これからは和希とこんな軽口を叩き合える機会も増えるんだろう。


 冬を目前に踏まえた十一月の中頃。心の中だけは春を迎えた。



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