運命の出会い
最上純子と初めて出会ったのは、桜ヶ丘高校3年生の時の、英語の授業だった。
別々のクラスが混在するこの授業では、初めて見る顔も多かった。1学年400人もいるから、卒業まで一度も関わらない同級生も少なくはないだろう。純子の座席は1番廊下側の後ろから2列目、その左隣が龍司、という位置で「たまたま隣になった」というのがきっかけだった。
最初の授業で顔を合わせた時に、すでに目を奪われていた。目立つタイプではないが、とにかく可憐で透き通るような純潔さがあり、長いストレートの髪に細身の純子を見て、こんな綺麗な人が同級生に居たのを今まで知らなかったことに驚きを隠せなかった。1回目と2回目の授業では一言も話さなかったが、3回目の授業の際に「2人1組になって問題を解いていく課題」が出され、初めて互いに自己紹介し、言葉を交わした。純子は、元々龍司の存在を知っていたようで驚いた。
それまで横顔しか見たことが無かったが、目線を合わせて真正面から純子の顔を見た時、ハッとするほどの透明感に思わず目を逸らしてしまった。確かに目立つタイプではないが、こんなにも美しい同級生がいたら男子の間で必ず話題に上がるはずなのに、3年になるまで純子の存在を知らなかったことが不思議でならなかった。
今まで「好みのタイプ」というものが龍司にはなかったが、この時を境に「最上純子のような人」が龍司の理想の女性像となり、大学や社会人になった後も、飲み会で理想のタイプを聞かれた時は「高校時代に片想いしてた女子」と答えて、わかんねーよ、それ、と常にツッコまれていたのであった。
純子は一言で言うと「控えめな人」という印象であった。決して前には出ず、目立たないようにひっそりとそこに存在しているような。教室の片隅で長いストレートの髪を風になびかせながら、銀色夏生の詩集を読んでいるのが似合いそうな、まるで「清純」という言葉は、純子が生まれた後に作られたのではないか、と感じさせるような爽やかな人だった。
高校入学以来、龍司は陸上競技に熱を入れ込んでいた。三段跳でインターハイ出場を目指していて、北海道大会でベスト6に入ることがその条件となっていた。専門的な指導者がいない桜ヶ丘高校陸上競技部において当たり前に「それは不可能」という雰囲気が蔓延していたが、龍司はそれには呑まれず、むしろ北海道大会で優勝しインターハイに出場することを本気で考えていた。放課後の部活では毎日、誰よりも先にグラウンドに出てその日のメニューをチェックし、陽が暮れて他の部員が居なくなった後も練習を続ける日も少なくなかった。
毎日、汗と砂まみれになっている日々の龍司と、可憐な文学少女の純子。龍司にとって純子はあまりにも遠い存在のように思えた。野生児のような自分が、決して触れてはいけない汚れの無い人。そんな固定概念が形成されていた。
部活と恋愛、まさに青春の王道のような日々で龍司の毎日は充実していた。手が届かなそうで届きそうな、インターハイ出場。そして手が届く気がしない純子。
真っ直ぐ前に進むことしか知らない、痛いほど純粋な18歳の青春をそれらが彩ってくれている、そんな輝かしい時代であった。