八つ当たりの交接
数日後、またいつものように、東急目黒線武蔵小山駅から駅前正面の商店街を抜けた徒歩10分の場所にある美由紀のマンションに龍司はいた。都内で広めの間取りを望むのは独身サラリーマンの立場ではなかなか厳しいのが現状で、小綺麗ではあるが手狭な1DKで家賃12万円のマンションに美由紀は住んでいた。
やはりエスパーの美由紀は、何かを感じているようだった。龍司は、美由紀の本音をいつ聞き出そうかタイミングを見計らっていたが、察知しているように見える。他愛もない話で様子を伺う攻防戦が展開されていた。2人の関係が始まった時と同じように、その均衡を破るきっかけは美由紀が作ってきた。
「長谷川さん、わたしに何か聞きたいこと、あるんでしょ」
「まあ‥‥ そうだね」
一旦は曖昧な返事で間を繋ぎ、刺激しないように言葉を慎重に選んで聞かなければならない。
「ええとね、都合の良い女以上、不倫未満。このバランス、最近どうかな。美由紀の中で、設定は変わらずって感じ?」
この設定を言い出したのは美由紀だ。だから龍司は、必要以上に優しくしたり、好きだとか愛の言葉をささやくような義務はない。そんなズルさに甘えながら、龍司は淡々としたスピードと音階だが丁寧な言い回しで美由紀に聞いた。美由紀は龍司から目線を逸らし、しばし無言になった。室内には耐えるにギリギリな質量の重たい空気が流れている。やはり核心に触れてしまったようだ。無言のまま、数十年のような数分が経ち、やっとのことで意を決して美由紀は、らしくないとても小さな声で言った。
「長谷川さんのこと、好きになってしまったかも‥‥ しれない」
美由紀は涙を流していた。予感はあったものの、苦しめていた事実に龍司も胸を痛めた。そっか、と言うしかなかった。それは残酷な一言ではあるが、それ以外のフレーズでは愛人として認定してしまうことになりかねない。絶対にそれは避けなければならなかった。
美由紀の立場を考えると、絶望的であった。既婚者を好きになってしまい、秘密裏に逢い引きをしているが、その相手の妻ともいつも顔を合わせて面と向かって、クライアントとして仕事を共にしなければならない。これほどの地獄があるだろうか。美由紀自身が言い出した割り切った関係だから、龍司を責め立てることはなかった。しかし龍司も辛い立場に立たされていた。
美由紀は涙を流したままスッと立ち上がり、ベージュのブラウスを脱ぎ始めた。呆然とそれを見つめている龍司の前で照明に煌々と照らされたまま、黄金比のような美しい全裸体になり、無言のまま龍司に覆いかぶさり強引にキスをしてきた。龍司も性的に身体が反応はしているが、そこに甘美な要素は何もなく、苦痛であった。口唇を通じて、美由紀の全てのストレスが伝わってくるようで、息が出来なくなる。繋がったあとも美由紀は、涙を流しながら上に乗って自ら激しく動き、嗚咽しながら喘いでいた。
痛々しい交接は、行き場のない心情の八つ当たりの場所となり、龍司にはそれを止める術はなかった。