銀白の月光
すでに純子は元々の家を娘と出て、小綺麗なアパートに引っ越しているらしかった。
「娘の寝室はわたしと別だけど、一応、娘が寝たあとの23時くらいに電話してほしい」
そう純子から返信が来た。
もう純子は、何を言われるのか感じ取っているだろうか。それとも「いつもはLINEばかりだから、たまには電話で話そう」そのくらいに捉えているのだろうか。
「初恋の人が、大人になってもずっと忘れられない」みたいな小説やドラマを見たことがあるが、現実的ではないな、と誰もが普通は思うだろう。それは、龍司も例外ではなかった。まさかそれが自分の身に降りかかってくるとは夢にも思っていなかった。そして、それを今まさに成就させようとしている、龍司自身も。
23時になり、純子に電話した。今日1日の出来事や他愛もない話がしばらく続いた。
「最上、あのさ」
龍司は、ついに切り出した。もう龍司の心は、緊張感の域を遥かに超え、明確に決断されていた。
「オレも最上も色々あったし、ずっとすれ違ってたじゃん」
「うん、そうだね……」
「オレ自身が、思い出とシチュエーションに舞い上がっているだけなのかな、って思ったこともある。けど、今は自分の気持ちに素直になろうと思って。こんなに長く想ってた人と、奇跡的に繋がれたんだから、運命だって感じてます。オレは、今の最上が好きだよ。オレとずっと一緒に居てほしい」
電話の向こうで、純子が震えているのがわかった。
泣いているのかもしれない。
「うん、はい。ありがとう。わたしも長谷川くんのことが、好きです」
涙をすすりながら、純子は応えてくれた。
落ち着いた後、純子は話してくれた。
「突然、長谷川くんがまたわたしの人生に登場して、強引に記憶の蓋を開けられてね。記憶と一緒に、長谷川くんのことが好きだっていう感情が冷凍保存されてて、18歳の時の鮮度のまま出てきてしまったの。これはやばい、って思った。自分を止められるか不安だった。2回目に電話した時には、昔と同じ感じで長谷川くんのことが好きな自分がいた。我慢するのが辛かった」
純子は、話しながらまた泣いていた。
純子を、抱きしめたかった。
東京と、北海道。
距離が、辛い。
しかも、実際にはまだ一度も顔を合わせていない。
「最上、オレ、会いたいよ」
「わたしも、長谷川くんに会いたい。けど、老けたって笑わないでね」
「オレのことも、太ったねって言うなよ」
2人は、あの頃のように、笑い合った。
どれだけ遠く永く離ればなれになってしまっても。
常識的には、完全に不可能な状況になったとしても。
長谷川龍司と、最上純子は、別々の道を歩む運命に翻弄され続けてきながら、それ以上の荘厳な宿命の力に導かれ、手繰り寄せられたのであった。
1ヶ月後、まだ雪深い2月の北海道。
新千歳空港に降り立った龍司は、レンタカーで純子の元へ向かっていた。子育てと勤務に慌ただしい日々の純子と、複数の仕事をこなし多忙な龍司。スケジュールを合わせることに、結局1ヶ月もかかってしまった。今日はたった1時間しか取ることが出来ないが、龍司には関係なかった。27年振りに、純子と対面する。人生で感じたことのない緊張感と高揚感に包まれていた。
今はまだ、人目につかないように会わなければならない。街側から見て反対側にある、ほとんど人や車が通らない河川敷の駐車場で19時に待ち合わせをしていた。その時間は完全に陽が落ちていて周辺には街灯もなく、ほとんど暗闇だ。本当は堂々と会いたいところだが、今は仕方ない。龍司はそう思いながら、高速道路を進んでいた。
30分も早く、駐車場に到着してしまった。
辺りは人影も無く、川面の流音だけが静かに響いている。
龍司は、18歳に初めて純子と出会った日のことを思い出していた。
初めて視界に入ってきた時の、電流が走るような衝撃。
可憐で美しかった、ロングの黒髪。
いつも優しく、包み込んで癒してくれるようなオーラ。
卒業式の、ショートカット。
雨の御幸通の、相合傘。
離ればなれになったあとも、龍司の胸の中に在る純子は、いつも龍司の人生に彩りを与えてくれた。
純子は、龍司の日々を、ずっと幸せにしてくれた。
遠くから、車のヘッドライトが近付いてきた。
スローモーションだった。
夢の中の、現実。
停止した車の中には、見覚えのあるシルエット。
ゆっくりと、その影は、車外に降り立った。
純子 ──
紛れもなく、それは、純子であった。
立ち尽くす、龍司。
一歩ずつ確かめるように、向かってくる、純子。
言葉もなく、どちらからともなく、龍司と純子は、抱きしめ合った。
龍司の腕に頭をもたれかけて、確かめるように顔を上げた純子。
龍司は純子を受け止めながら、ゆっくりと視界に入れていく。
凛々とした銀白の月光が、純子の顔を照らしていた。
初めて出会った18歳の、あの日の純子が、龍司を見つめていた。
— 完 —
あとがき 〜 潜在意識からのシグナル
私は作家でも物書きでもない。ただのよくその辺にいる個人事業主で、小説家などとは程遠い普通の一般市民だ。もし学生時代の友人達が、本書の著者が私だと知ったら大爆笑するか、絶句するかのどちらかであろう。
素人が小説を執筆し、人目にさらされる場所にそれが置かれるのはとても恥ずかしいことだ。想像してみてほしい。もしあなたが小説を執筆し、書店に並んでいるそれを友人が手に取り、あなたが書いたと知っている上で読んでいる光景を。
にも関わらず、私は書かずにはいられなかった。自分の身に実際に起きた信じられない一連の出来事を、どうにか形に残したくて仕方なくなってしまった。一度思い込んだら、やるまで気が済まない性格なので。
最初は、物書きの人を探して書いてもらおうと思ったが、なかなか身近に簡単に見つかるものでもない上に、やはり細かいニュアンスは自分自身にしかわからないことも多いと考え「とりあえず始めてみる」というノリで書き始めたのがきっかけとなる。
基本的に、ストーリーを考える必要はなかった。事実に沿って書いていけばよいわけだから。七海や広美が登場する場面は、彼女達の性格や出来事などに多少の脚色は入っているし、橋本美由紀に関してはフィクションで実在はしない。しかしそれ以外の描写については、全てが事実に基づくものである。大学時代の友人達との話も実際のままだし、純子からのLINEの文章などもほぼ原文のまま掲載した。
最上純子という人は私の人生にとって、とても不思議な存在であり、無くてはならない道標の光だった。二度と会えないと思ってこれまで生きてきたが、清廉な純子を思い出す度に「正しい自分」でいなければならない、そんな気持ちにさせてくれる人だった。
この人生の中、惹かれた異性の中で最も関りが短く薄い人。それなのに唯一、永遠に忘れられなかった人。恋焦がれて胸が苦しくなる、といった現象ではなかったが、その聡明で可憐で清楚な姿は私に深く刻まれて消えることはない、そんな残り方だった。私はあまり終わった恋を振り返らないタイプで、気持ちの切り替えがかなり早い方だと自負しているから、どうして最上純子だけがずっと胸の中に残ってしまったのか、解けない大きな謎となっていた。初めて視界に入った瞬間、体育祭の応援、卒業式。この3つの場面は、他の誰からも与えられたことのない衝撃であった。その衝撃の強さが純子を私の中に残したのか。もしくは運命の相手だから衝撃的に感じたのか。しかし、もし運命なら二度と会えないという状況にはならないはずなのだが。そんなことを定期的にふと考えたりしながら、再会するまでの27年間、生きてきた。
笑われるかもしれないが、純子のことを急に思い出し頭から離れなかった3週間、それはシグナルだったように思う。自らが思い出したのではなく、外部から信号が毎日届いていたような感覚。純子の潜在意識と私の潜在意識の交信、のような。本編の描写とは異なるが、実際には渋谷のスクランブル交差点で純子にそっくりな人を見かけたのがきっかけだった。あの3週間の出来事は全くうまく説明が出来ないが、こんなことが人間に起きるなんて想像もつかなかったから対処の仕方を誰に聞いても無駄だと思っていたし、誰かに相談したとしても「いい歳して何を言っちゃってるの」と笑われるに違いなかったから、誰にも相談せずに自問自答の日々であった。
いよいよ純子に27年振りに会う、という日の前日。自宅を出て田園都市線に乗り、渋谷と品川で乗り換え、羽田空港に到着するまでに視界に入る全てがセピア色でスローモーションに見えた。あんな感覚は初めてだった。自分が映画の世界の中にいるかのような。コンビニのカレーパンまで情緒的に見えていた。全身の細胞や潜在意識が人生で最も活性化されているような、とても不思議な感覚であり、一生忘れることはないだろう。
純子に対面したその瞬間は、まるで用意されていたかのような快晴で無風、満月の夜だった。月明かりに照らされた純子の顔は本当に美しかった。46歳ではなく、18歳の神々しい純子がそこにはいた。タイムトリップしたような、現実と妄想の狭間にいるような感覚。純子と、静かな月夜の情景。本当に全てが美しい時間だった。
私が最も恐れていたことは、私自身の純子に対しての「美化」であった。実際に対面し、お付き合いをすることになったのだが、もし仮にイメージしていた純子と全く違う人で、ちょっと付き合っていくのは無理かも、と感じてしまったらどうしよう、と。私の半生を彩って、暖かな気持ちにし続けてくれていた「私の中の純子」を崩壊させることだけはしたくなかったから。しかし、それは杞憂であった。1年近く付き合いが続いているが、実際の純子は私の中で「美化されていた純子」以上の素晴らしい女性だった。私の難しい性格にこんなにもピタッとハマる人がこの星にいたのか、そんな風に感じている。純子の見た目はその年齢には見えないような若さがあり、昔と変わらず、素朴でシンプルだがとても華がある人。
純子とは離れた街に暮らしているから頻繁には会えないが、本編の内容にもあった2回目の電話以降、今日まで純子とは1日も欠かさず毎日連絡を取っているし、どんなに忙しくても1時間以上はほぼ毎日電話もしている。英語の授業の前に話していた18歳の頃のまま、とにかく時間さえ許されれば何時間でも永遠に話していられるような、そんな相性の良さがあると思う。
一番印象的だった話をしたいと思う。私は繊細で複雑な性格で、いつも情緒的に生きているところがあり、その要素は家族や歴代の恋人から煙たがられてきた節がある。私自身もどうにかこの性格を変えられないものかと努力してきたのだが、なかなか簡単なことではない。だから当初は純子にその部分を隠すようにしていたのだが、ある日の電話で純子から「最初から思ってたけど、何で隠すの? わたしはその繊細で情緒的なところが昔から好きだったのに」と突然言われて驚いた。この性格を初めて誰かに完全肯定され、それがきっかけで色んなことが開花し、この小説が書けたような気がしている。男女の相性というのはこういうことなんだろう、と思う。ただ一緒にいるだけで、互いが人として伸びていくような、そんな関係。
人によって物事の考え方はそれぞれではあると思うが、私は今回の純子との再会を通して「運命」というものは実際に存在するものだと確信している。それ以外で、あの1年前の現象をどうしても説明が出来ない。初めて出会った日から、取り決められていたように感じている。本書を手に取って下さった方の中にも、私と似たような感覚を体験したことがある人は意外に存在するのかもしれない。今までの人生の不遇を全て浄化してくれるような、電撃的な運命の出会いや再会。
人生というものは、本当に面白いものだと思う。ほとんど思うようにならない中に、たまにうまく行ったりとても楽しい瞬間があったり。毎日仕事をするのは誰にとっても楽なことではないし、子供のために辛い仕事を我慢してこなしている人もいるだろう。私自身も紆余曲折あったし、この歳になってしまったから、あとは息子のために刺激がなく流れるように淡々と仕事をしながら生きていくのだろうと思い込んでいた。細かい年表を書いてみたら、若い時はハチャメチャで刺激的。だが30代以降は家族のために淡々と、多少のストレスも見ない振りして日々を送る。全体を見渡すと、後半はほぼ変化もなく、面白味に欠ける。ほとんどの人がこの様な人生だろう。
まさかこの年齢になって純子と再会し、きっと生涯を共にするであろう関係になり、小説まで書くことになるとは夢にも思っていなかった。前触れもなく、突然そんなことが起こったりする。だから人生は面白い。
元々最終的には戻ろうと思っていた節もあったが、純子との今後も考え、昨年私は拠点を北海道に戻した。程なくして長年お世話になっていた方が札幌で新事業を立ち上げ、有難いことにお誘い頂き、会社全体のハンドリングの業務を任され日々忙しく過ごしている。東京には1~2ヶ月に一度行き、息子や友人に会い、元々の仕事も回し、とても充実した毎日だと思う。純子とのことがきっかけとなり、この1年で大きく人生が動いた。
ひとつだけ自分のことを褒めてみるとしたら、直感だけで生きてきたような人生だったことだ。もちろん適当なのではなくいつも細かいことを考えてはいるが、決断するときは常に感覚に従って、時間をかけずに決めてしまう。
運命を引き寄せることが出来る人は、直感力がある人だ。直感に従って生きるというのは勇気が必要で、失敗だったかな、と感じることも多い。しかし、左脳で時間をかけて考え抜いたことが正解だという訳でもない。
「運命の出会い」というものに年齢は関係ない。先日雑誌で見かけた話だが、その女性は70代で、この年齢になってこんなにも完璧に自分に合う運命の人に巡り会えた、と。お相手の男性は80代なのだそうだ。なんて素敵な話なのだろう、と思った。
私は今でも毎日、少年のような気持ちで純子のことを恋焦がれて過ごしている。視界に入って来る全ての要素が輝いて見える。彼女のお陰で、本当に素晴らしい人生になった。
あなたも運命の出会いをしたかったら、勇気を持って、直感的に生きることを強くおすすめしたい。
終わりに。
これまでの人生の中で、関わって下さった全ての方に感謝の気持ちを伝えたい。両親、家族、友人達、諸先輩の皆様、仕事仲間、全ての出会った人達の色んな要素に影響されて今の自分が形成されているのだと、この年齢になって強く感じている。
特に、9年前に亡くなった私の父からの影響はとても大きい。父は地元で教員として定年まで勤めあげた人だ。
私が高校2年生のある日、私をリビングに呼び出して、よく聞きなさい、と。給料を全て銀行口座から引き出してきて私の目の前で数えて半分ずつにしてテーブルに置き「こっちが俺が稼いだお金で、こっちが母さんが稼いだものだ。わかったか」と。母は専業主婦だったが「母さんが家を守ってくれていなければ仕事が出来ない、だからこれは、2人で稼いだお金だ」と。高校生だった私にとって、鮮烈な記憶だ。
私の母の50歳の誕生日、当時校長だった父は勤務時間中に学校を抜け出し、花屋を3軒回って買い集め、50本のバラの花束を贈るというロマンチストでもあった。
私の人生で出会った人の中で、最も清廉に美しく生きていた人。それが私の父である。
私も、愛する人をそうやって大切にする人生を過ごしていきたいと思う。
そして何よりも、純子と私をつないでくれて2人のことを暖かく見守ってくれた、松田奈美。本当にありがとう。奈美が動いてくれなかったら、今の私の充実した人生は無かったと思う。心から感謝している。
純子。
この世に誕生してくれて、私のそばに戻ってきてくれてありがとう。
教室で右隣にいたあなたの笑顔は、ずっと私の心を暖かくしてくれた。
そして今も、あなたの愛に包まれて、幸せに生きていくことが出来ています。
本書を、そして私の人生を、あなたに捧げます。
長谷川龍司




