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運命のシグナル

 11月6日。

 昨日の電話で話したことをきっかけに、また純子のことばかり考える日々となった。以前の怪奇現象とは違い、全てが鮮烈な生々しさ。空想の世界の純子は、消えた。互いに46歳になった2人は、運命に手繰り寄せられて再会してしまったのか。もしくは、ただの偶然なのか。

 ベンティサイズのホットカフェラテを近所のコーヒーショップでテイクアウトし、用賀駅前広場のベンチに座って、龍司はこれまでの人生の中に起きてきた様々な出来事を回想し整理していた。午前11時。通勤ラッシュの混雑も落ち着き、人込みはまばらになっていた。


 突然、浮上してきた「可能性」

 純子は、離婚の手続中だと、龍司に打ち明けてきた。慎重過ぎる純子の性格を考えると、それは何か決意表明のようなものなのかもしれない。再会したばかりでまだハッキリとした気持ちではないが、あなたに向かっていきます、そういう意思表示というか。もしくは、ただの近況報告的なものだったのか。

 一生会えない可能性がほぼ100%だと思っていた純子が今、こんなにもリアルで明確で、現実的な存在となっている。ただ今後、龍司から連絡をしてよいのもなのか。純子から、連絡が来ることはあるのか。一応、純子とはLINEも交換してあった。

「用事はないけど、連絡した」

 まだ龍司と純子には、それが不自然ではない雰囲気は生まれていない。


「好きです」という感情熱の保存が完全に不可能な月日が流れている。龍司の中には27年間思い出して生きてきた若かりし頃の純子は「愛しい対象」としてあったが、けど現在の純子にまだ会ってはいない。気になって仕方ないのは間違いないが、それが「今の純子が好きだ」ということと一致しているかというと、かなり疑問が残るのが実際のところだ。純子も、同様だろう。そんなことを考えていたら、何と純子からLINEが入ってきた。

「今日、数年振りに、ゆっくりと桜ヶ丘高校の周辺を散歩してきました。高校時代の想いが大量に押し寄せてきて、かなり感傷的になってしまって、歩いてたら泣けてきて涙が止まらなくなった。高校生の時に、ちゃんと泣いておけばよかった」

 龍司の意識は、一気に遠く離れた桜ヶ丘高校の、蒼く光る芝生の上に飛んでいた。自分だけではなく、純子にも、色んな思いがあるんだろう。

「最上、たくさん泣いたらいいじゃん」

「うん、泣いてもいいよね。ありがとうね」

 このLINEをきっかけに、龍司と純子は毎日連絡を取り合うようになった。他愛もないことから、2人の想い出の話まで。本当に高校時代と変わらない、龍司と純子に流れる空気感。話したりLINEしていると自分達の年齢がわからなくなるね、と2人で笑い合った。ただひとつ決定的に違うことは、純子が既婚者だということだ。離婚の手続に入っているとはいえ、その事実は理性という中央境界線となり、そこを跨いではいけない、という暗黙の了解を作り上げていた。節度を保たなければ、ならない。そのことを純子も同レベルの温度感で敏感に感じ取っていることが、龍司には明確に伝わっていた。


 龍司は、自分は純子のことがやっぱり好きだな、と思っていた。これ以上の女性は、存在しない。その思いと感覚は、やはり27年経って実際に本人と話してみても変わらなかった。純子がどんどん龍司に惹かれていることも、はっきりしていた。でも互いに「好きだ」とは、決して言わなかった。気持ちを前に進めてもいけないし、決定的な発言をしてもいけない。

 龍司も純子も、昔と違って大人になり、わかっていた。一度でも言ってしまえば、もう爆発的な加速度で2人は止められない世界まで飛んで行ってしまう。それが、様々なことを破壊してしまうことも。歳を重ねてしまった自分のことを相手に見せるのが怖い、そういう抑止力も多少働いていた。

 定点観測のような、赤道と、回帰線。

 仲がよいけど、取り決められている距離感。

 2人は、同じ位置に帰ってきてしまった。龍司と純子は、18歳のすれ違いをまた繰り返してしまいそうになっていた。そんな均衡状態は年内ずっと、続いていた。

 純子は離婚の話し合いに手こずり、その件で家族との折り合いも悪く、心がえぐられるような時間が増え、辛そうだった。少し前に離婚している龍司が、アドバイスしたり精神的に支えたりしていた。純子の娘がまだ小学生で手がかかることもあり、恋愛している暇もなければ心の余裕もない。しかし、純子が龍司をとても頼りにしていて、今はもう心の拠り所となっていることは、純子ははっきりと龍司に伝えるまでになっていた。

 純子と今後、どうなるのだろうか。またこうして、すれ違いに似たような状況のままの人生になってしまうのか。答えが出ないまま、龍司にとって、激動の2021年が終わりを迎えた。

 

 そして年が明けて早々、ついに純子の離婚が成立した。

 だが、2人の定点観測に変化はなかった。純子は昔から、慎重過ぎる人だった。田舎だから目立つし「すぐ恋愛」ということは、出来ない、娘にそれが知れてしまったら、傷つけてしまう、そう純子は思っていた。龍司に対して直接的には言わないが、今までのLINEのやり取りから、それは明白だった。


 龍司は、純子への気持ちがもう止められないところまで来ていた。今までの経緯を考えたら、純子とは、やはり運命なのではないか。どうやっても避けられない宿命だという感覚が、龍司の中にはあった。3週間、毎日純子のことを考えてしまった、あの期間のことを回想していた。考えてしまったというより「純子が毎日来ていた」と感じていたのは、何故なんだろう。龍司が純子を探して連絡した、ではなく「純子に呼び出された」という、逆の感覚が龍司には残っていて、それは純子が送ってきたシグナルのようなものだったと。他人に話したら、色ボケだと笑われるだろう。しかし龍司の感覚に正しく素直に向き合った時「シグナルが届いて呼び出された」以外で説明することには無理があった。


 運命とは、それが本当に運命かどうか確かめるものではなく、

 自分の意志で「これは運命」と勇気を持って断定することなのかもしれない。


 もう、これ以上、すれ違うのは本当に嫌だ。

 

 龍司は、覚悟を決めた。

 純子に「落ち着いてちゃんと話せる時間を取ってほしい」とLINEした。



 想いを遮ることなく、北の大地へと届けてくれそうな、引き締まった冬夜の凛空。



 2人の運命は、27年の年月を経て、ついに ──

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