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クロスオーバー

 11月5日。東京に戻り、2日が経過した。

 龍司はすっかり本来の自分を取り戻していた。話の内容は別として、純子本人と話す、という解決策は正解だった。秋晴れの東京の爽やかさが、龍司の心境を代弁しているかの様だった。

 午前中から所要のため、用賀から2駅渋谷寄りにある駒沢大学駅徒歩5分、取引先のオフィスに龍司は訪問していた。1時間程の打ち合わせを終え、国道246号線沿いの歩道を駅に向かって歩く。


 この日、龍司にとっては神様のような存在の大先輩の経営者と2時間、マンツーマンでお茶をして頂けるという予定が入っていた。呪縛から解放され、憧れの経営者と会える。龍司の人生は、やっと上昇気流に乗ってきたようだ。この後一旦帰宅をして昼食を取り、雑務を片付けたあとに身なりを整え、15時に麻布十番にあるオフィスにお邪魔することになっていた。

 とにかく、気分が良かった。心が躍り、リズミカルな歩調で駅に向かい、コンビニ前にバス停がある箇所を通過する。スマートフォンに、メッセージが入る。気を良くしたまま歩道上で立ち止まり、送り主が誰なのかを確認した。

 

 瞬間、龍司の世界が完全なフリーズとなり、音は消えた。


 国道246号線は、いつもの渋滞だった。

 しかし龍司は、それとは乖離している空間へと飛ばされていた。


 純子から、だった。しかも、かなりの長文。驚きすぎて、一度、龍司はそこから目を離した。

 決着したはずであった。あの純子の様子から考えて、龍司に対して何か話したいことがあるとは思えなかった。ほとんど、覚えていなかった訳なのだから。

 一呼吸置いて、歩道に立ち尽くしたまま、龍司は純子からのメッセージに目を向けた。




 ── こんにちは。

 実は、長谷川くんが話していた内容を全て思い出すことが出来ました。

 記憶喪失のように全てを忘れてしまっていた自分のことが、とてもショックでした。

 この間は他人事のように聞いていたけれど、電話をくれたあの日の深夜、蓋をしていた全ての記憶が突然一気に蘇ってきて、本当に驚きました。

 

 長谷川くんは文武両道で明るく、友達といつも笑顔で接している好青年でした。

 私は、そんな長谷川くんが気さくに話しかけてくれるのが嬉しく、他の男子に比べて落ち着いていた感じだったので、密かに憧れ、眩しい人でした。

 体育祭の日、大きな声を出して長谷川くんを応援したことも、思い出しました。

 ただ私は勉強に身が入らず、受験の1次試験に落ち、卒業式の時にはまだ進路が決まっていませんでした。そのあとの試験に合格して神戸に行くことにはなったけど、学業、寮生活、全国から来ていた同級生と折り合いがつかずかなり疲れていて、そんな中で、19歳の夏休みに長谷川くんと再会することになります。カウンター席に座り、あの英語の授業中と同じ横顔を見て、ほっとした感じが思い出されました。

 相合傘は、わたしの中では「夢で見た光景」だと認識していましたが、話してくれて、それが長谷川くんとの現実の出来事だったということに驚きました。年上のような大人びた人と相合傘で歩いているけど、それが誰かは顔がわからない。そんな内容の夢だったと、今まで思っていました。

 確かあの時、腕が当たったよね? その感触は、今でもはっきりと覚えています。

 あの日、わたしの中に恋心があったことは事実です。だけど、わたしの片想い、思い過ごしだったと、相合傘は切ない気分でした。

 長谷川くんが色んな人生経験をする中で、高校生の想い出が核になっていて、そこにオマケのようにわたしが居るような気がします。

 勇気を持って、何十年か振りの答え合わせをしてくれて、本当にありがとう。

 かなり勝手な長文になってしまってごめんなさい。では ──

 

 

 龍司は、その場からしばらく動けずにいた。そうだったのかという感想と、やはり、という想い。様々な感情が交錯して、龍司をアスファルトに縛りつけていた。

 ドキドキしていた。純子は結婚していて子育てもしているのだから、どうにかなるという可能性は皆無だ。しかし謎のざわめきに包まれて、完全に龍司は支配されている。

 

 純子と、話したい。

 

 記憶が蘇った、本当の、あるべき姿の純子と。

 龍司は夢中になり、もう一度、少し電話出来ないか、と純子にメッセージを送った。

 すぐに返信が届き、今日の17時に、と約束した。



 まだ暖かさが残る秋晴れの東京。


 初雪が舞い降りて来た北海道。


 すれ違い続けた龍司と純子の人生は、ほとんど聞き取ることが出来ない眇々たる摩擦音を発しながら、静かにクロスオーバーし始めていた。

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