引退、そして卒業
3年生になった龍司は、トリプルジャンパーとして急激に成長した。
親友の健太に引っ張られる環境下で、ついに学内選考会で3位となり、インカレなど公式戦の仙南体育大学代表メンバー入りを果たす。同級生だが龍司の選任コーチのような状態になっていた健太が本人以上に喜んでくれて、それが何よりも嬉しかった。
仙台市内で開催された東北インカレ。健太は優勝し全日本インカレの参加標準記録を突破したが、龍司はあと一歩、届かなかった。
8月、龍司は札幌に居た。日本選手権の出場権がかかる北海道選手権に出場するため、厚別競技場のサブグラウンドで最終調整を行っている。3年前、インターハイ出場を決めた相性の良い厚別が、龍司は好きだ。ただ龍司は半年前から左膝に不具合が生じており、テーピングなどで固めることで何とか競技に挑めるような、満身創痍の状況だった。
この年の日本選手権に出場することが自分の競技人生の集大成と位置付け、万感の想いでこの北海道選手権に賭けていた。広美も応援しに来てくれていたが、結果は惜しくも2位。日本選手権の参加標準にも届かなかった。この日、龍司は左膝に決定的な故障を起こしてしまう。やはりもう限界が来ていた。元々決めていた節はあるが、これを機に7年間の陸上人生から身を引くこととなった。
龍司は、清々しい気持ちだった。
努力で到達出来る最終地点までは行けた、そんな想い。やり切って、満足していた。
そこからは、またいつもの日々だった。変わったことといえば、まわりが就職活動についてざわつき始めたくらい。龍司は教員を目指す方向だったからそこには巻き込まれていなかったが、楽しすぎる大学生活の終焉の足音が、少しずつ聞こえてくるのを感じていた。第一線から退いていたから部活は行ったり行かなかったり。バイトに明け暮れ、部活の連中と飲み、たまに国分町でナンパし、ベンケイの2人と語り合う。変わらないルーティーンだった。
そしてあっという間に月日は流れ、龍司は仙南体育大学の卒業を迎えた。
全てが最高だった。寂しくなる。トミちゃん、西田邸と、入学式の日と同じく正門前で写真を撮った。その夜、3人は203号室で飲み明かし、朝まで語り合った。龍司にとって、この時間がないと生きていけない、そんな必要不可欠な2人との時間。全て脱力し、何でも話せた。2人からは説教されたこともなく、一度も否定されたこともない。大きな喧嘩も、一回もしたことがなかった。思い出話に爆笑し、この先の夢を伝えあい、徐々に残りわずかとなっていく3人での時間を惜しむよう、間を置かずにとにかく喋りまくっていた。当たり前にいつも龍司の身近にあったこのオアシスからも卒業しなければならない。あまりにも残酷な現実であったが、それは誰もが通る、成長の儀式のようなものであることも理解していた。龍司は、泣いた。涙を止めることが出来ず、嗚咽した。トミちゃんと西田邸も、同様であった。
龍司より3日早く、トミちゃんと西田邸は同日にハイツベンケイを出た。2人を見送り、音のないこのアパートの虚無感。親友2人が居なくなったハイツベンケイは、色を失った無機質な、ただの木造の箱にしか感じられない。寂しすぎて、一気に人生の分岐点であることの実感が押し寄せてきた。
その夜、健太と香織が龍司の部屋に遊びに来てくれた。結局、健太と香織は復縁していたが、仙台と京都の遠距離恋愛になるらしい。一方、龍司は広美の待つ北海道に戻ることとなった。
「色んな人生があるよな」
健太が寂しそうに言った。
そう。人生は、色々とある。自分だけに難題が起きるのではない。
それぞれが、人生の中にたくさんのドラマを抱えている。
戸惑い、学び、後悔し、気付き、喜び、悲しみ、感動し、人は成熟していくのだろう。
学生時代、最後の宴であった。
龍司と健太は、泣き笑いしながら、語り合って飲み明かした。香織も、もらい泣きしていた。
龍司の青春は、ここに完結した。
哀愁の想いに胸を焦がす若者達を、少し冷たい春風が優しく包んでいた。




