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広美

 大学生活2回目の夏休み。龍司は20歳になっていた。「ハタチ」という響きにも成人になったという事実にもピンと来ない。特に何かが変わる訳ではなく、相変わらずの日々。

 今年も8月に帰省することにしていた。龍司の心は時と共に整理されていき、相変わらず純子のことは定期的に過っていたが、切ない感情にはならなかった。

「美しい青春時代の思い出」として、次第に昇華されつつあった。


 実家に2週間滞在した後、宮城に戻る前に数日間、札幌に寄ることにしていた。札幌の大学に進んだヒロシのアパートに泊めてもらうことになっていた。ヒロシから事前に「高校の連中4~5人でススキノで飲もうよ」と誘われていた。それが龍司が札幌入りする初日だったので大きな荷物を持ちながらススキノを歩く羽目になることが憂鬱だったが、まあコインロッカーに預けるかと考え、待ち合わせ場所へ向かった。


 札幌市営地下鉄南北線、すすきの駅改札前。通称「ロビ地下」で、皆を待った。参加メンバーは、ヒロシが適当に声をかけてある。女子バスケ部だった、広美とあかり、ヒロシ、龍司の4人で飲むらしい。ヒロシとあかりが仲が良かったから龍司も何度か話したことはあったが、広美については存在は知っていたものの話したことは一度も無かった。男女2対2の構成が「合コン」みたいだな、と思ったが、知ってる連中ばかりだしまあそんな雰囲気でもないか、と思い直す。

 約束の20時を過ぎたが、ロビ地下に龍司は1人佇んでいた。誰も、来ない。しかし待つしかなかった。携帯電話が無い時代だ。薄緑の公衆電話に10円玉を入れ、ヒロシのアパートに電話したが、不在だった。その直後に、広美がひとりで改札を出てくるのが見えた。互いに顔は知っているが、初めて話すせいでぎこちなく「あ、どうも」という、若者らしくない挨拶を交わしてしまう。

「実はね、長谷川くん」

 リスのような童顔で、広美が申し訳なさそうな、戸惑いの表情を浮かべた。あかりは急に高熱を出して家で寝込んでいて、ヒロシは親戚の不幸で急遽地元に帰らなければならず、ここに来ることが出来なくなったのだという。

「それでね2人とも、長谷川くんに申し訳ないと伝えてほしい、って」

 ヒロシのアパートはカギをポストに入れてあるから、好きに使ってもいいそうだ。ポストの暗証番号も広美から聞かされた。飲み会が中止になるにも関わらず、わざわざそれを伝えるためだけに来てくれた広美に龍司は感謝を伝え、間をつなぐために無意味に腕時計に目線を落とした。

 こんな状況なのだから、これで解散でいいだろう。しかし、わざわざ伝言するためだけに来てくれた広美に対して「すぐ解散」は流石に失礼なのではないだろうか。一応、お伺いを立ててみるのがマナーだと龍司は結論付けた。

「どうしようかね、今日」

 ほぼ他人の広美との間に、気まずい空気が流れる。龍司は必死に作り笑い、広美も困惑していた。広美と龍司を2人きりにするために、ヒロシとあかりが仕組んだ「よくあるやつ」の可能性についても一瞬考えたが、広美の様子を見る限りその線は無さそうだ。正直、移動で疲れていたこともあり、早くヒロシのアパートで休みたかった。コインロッカー代が無駄になったが、まあ宿泊代と思えば安い。


「長谷川くんは、予定は?」

 予想外の発言だった。しかし多分、間繋ぎとして何となく広美は言ったのだろうし、他意は無さそうだ。

「予定、飲み会のために空けてあったから、何もないよ」

 そう答える以外無かった。結局、そんな会話の流れで、互いにそれほど望んでいない空気のまま「軽くどこか行きますか」ということになってしまった。


 まあ、たまには知らない女子と飲んでみるのもいいか。ベンケイズムに影響され、この頃には徐々に性格の硬さが取れていた龍司。


「じゃ、行こうぜ」

 気持ちを切り替えて広美に伝え、夜のススキノの街へ続く長いエスカレーターで地上に向かっていった。

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