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青春の終幕

 9月、長い夏休みが終わり、また授業と部活の日々が始まった。

 龍司は喫茶店でアルバイトを始めていた。喫茶店と言っても半分は定食屋のようなもので、マスターの作る旨い洋食を目当てに、いつも多くの学生で賑わっていた。ヤクザのようにいかつい見た目のマスターだが、実際は思いやりがありとても優しい人で、そのギャップが龍司は好きだった。宮沢りえの写真集「Santa Fe」を奥さんにバレないように店の倉庫に隠してある、そんなお茶目な所もあった。龍司の得意料理「和風ハンバーグ」は、マスターから習ったものだった。焼いたハンバーグの上に水分を切った大根おろしを乗せ、刻んだ長ネギやエノキなどを、醤油、みりん、オイルで煮詰め、和風ソースとして上からかける。社会人になった後も、時折友人にふるまって賞賛を得ていた。

 大学の授業、部活、バイト、その合間をついて国分町に陸上部の連中と飲みに行く。日々を忙しく過ごすことで、気持ちを切り替えようとしていた。それぞれのスケジュールが増えてきて以前よりも頻度は減ってはいたが、相変わらずベンケイの3人でも晩飯を共にしていた。「金曜日はキムチ鍋、それがベンケイズム」などと、くだらない事を言い合って笑い合う、いつもの3人。

 その日、何故か普段はあまりしたことのない恋愛話になり、語り合いは熱を帯びた。龍司は、誰にも打ち明けたことのない純子の話をトミちゃんと西田邸になら話してもいいかな、と思った。あまり軽々しく人に話す気にはならない純子との話も、絶対的な信頼を置いているこの2人にだけは話してみたい。複雑になり過ぎて龍司自身が迷子になっていたこの難題を、2人なら着地点を見出してくれるような気がして、全てを打ち明けた。

「ハッセー、手紙を書いてみたら、いいんじゃない?」

 トミちゃんが言った。

「何度対面しても、ハッセーは根性ないからさ」

 2人は同時に大爆笑していた。

「だから手紙なら、ちゃんと落ち着いて伝えられるんじゃない」

 1歳年上のモテ男のアドバイスは、とても腑に落ちるものであった。


 龍司は、書いた。書いて書いて書きまくって、見直しては破り、また書いた。そうしてついに納得の出来る内容が完成した時には、便箋は8枚にもなってしまっていた。これでもかなり枚数を減らしたくらいだが、思いの丈を全て紙上に放出した。純子の住所を確認し、想いを念じるよう丁寧に切手を貼る。あとはバイトに行く途中に、ポストに投函するだけとなった。手紙をしたためている際中、龍司の魂は北海道に飛んでいた。まるで今が高校時代であるかのようなゾーン状態。英語の授業、体育祭、卒業式、それぞれの場面で純子のことをどう思っていたのかをリアルに書き留めて、想いを載せた。

 自転車に乗り、私鉄をまたぐ坂道を勢いよく下った。残り少ない青春を体感させるような残暑の長閑な空気の圧。七十七銀行の角を曲がった先のポスト前に、龍司は自転車を停めた。俄かに緊張感が増してきた。

 純子は、この手紙を読んで何を思うのだろうか。そんなことを、龍司は思った。ふとそこで、路地裏での純子の姿を思い出され、龍司は気付いた。この手紙は、相手の状況や立場も気に留めながら書かれたものではなく、龍司の一方的な内容だということを。「過去」の話に終始しているもので、今現在の2人の共通の内容は皆無であり、それは別の世界で生きている純子にはどう映るのだろうか。

 龍司は、自分の毎日が高校時代とほとんど変わらず、自分が成長していることなどまるで体感出来ていなかった。授業に出て、グラウンドで砂まみれになり、友達と馬鹿話で笑う。新しいことと言えば、週3~4のバイトくらいだった。その一方、純子は明らかに前に進んでいて、新しい世界に根を張り生きているに違いなかった。路地裏でその雰囲気を痛いくらいに感じ「もう子供じゃないんだよ、長谷川くん」と言われたようなあの日の感覚がまた降りてきて、ブルーな気持ちになる。もう、純子とは嚙み合っていないのかもしれない。世界が、違う。きっと、この手紙は純子にとって迷惑だ。そうに違いない。またも、自己否定という名の安全地帯へ移動してしまった龍司。


 ため息をひとつ吐きながら、バックに手紙を入れ戻す。

 思いを断ち切るように強めにペダルを漕ぎ、バイト先の喫茶店へ急いだ。


 龍司の青春を彩った、淡く儚い恋の物語は、今この瞬間に幕を下ろした。


 昼下がりの9月の烈風が、街路樹の緑葉を無感情に鳴らし続けていた。

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