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 仙南体育大学陸上競技部は、120名の大所帯だ。短距離、中・長距離、跳躍、投擲の4ブロックに分かれていて、同じグラウンド内ではあるが、それぞれに分かれて活動していた。私立の体育大学だけあって、学内の設備環境は非常に充実していた。競技会を開催した際には公式記録が認定される、オールウェザーの400mトラック。最新の第3体育館は5階建てで、1階には各競技のナショナルチームが合宿に使用する規模のトレーニングルームが常設されていた。教授や指導者も、種目によっては日本代表の総監督やオリンピックのメダリストなどが複数いて、申し分がなかった。

 最高の環境を手に入れた龍司であったが、そのレベルの高さは桁違いで、インターハイに出場しているにも関わらず最初は全く練習についていけなかった。それでも、高校時代に専門の指導者がいなかった龍司にとっては心が躍るような毎日であった。同級生のメンバーはインターハイ出場などは当たり前で、国体、ジュニアオリンピックで表彰台に立った経験のある者も数名いて、龍司は学内選考会で各種目の出場権3枠に入ることなど出来る訳もなく、インカレなどの公式戦のレギュラーにはなれていなかった。しかし、持ち前の素直さで同級生たちに練習方法を聞き、時には実際に指導を仰ぎ、そのハイレベルな環境下に引っ張られる形でトリプルジャンパーとして順調に記録を伸ばしていた。

「もう少し、ホップをスピード重視で距離と高さを抑えて、ステップに速度を残す感じにした方が、龍司に合ってると思うな」

 同じ三段跳の同級生、健太は言った。健太は大学の隣町が地元で、インターハイでベスト12で決勝に残ったちょっと名の知れた選手であり、龍司も陸上競技の専門誌「アスリートジャーナル」で名前を見たことがあったから、同じ大学の同級生と知った時にはかなり驚いた。高校も強豪校出身で、素晴らしい競技環境の中で才能を開花させた恵まれた選手だ。その環境の詳細を聞いた時、龍司はあまりにも違う世界が存在することに絶句した。しかし一方で、健太も龍司のこれまでの競技環境を聞いて、良い意味で驚愕していた。

「指導者無しでポツンとひとりで練習してインターハイまで出るって、マジで普通じゃないよ、龍司。しかも、14・60だろ」

 龍司の自己ベストは14m60cm。健太は15m26cmだ。それにも関わらず、健太は龍司を一目置いていた。経験値の高さから龍司に対して才能と潜在能力の高さを感じており、自分と同列、またはそれ以上という感覚で龍司を見ていたからである。

「もし龍司がオレと同じ環境でやってたら、16跳んでそう」

「そりゃ流石にオーバートークだろ」

 龍司は謙遜したが、健太は続けて言った。

「いや、マジでそう思うよ、龍司。めちゃ助走は速いけど、自己流で来たから今は粗削りなんてもんじゃないけどさ。毎回、跳び方バラバラな上に、着地も超下手だろ」

 健太は、笑って言った。全てが図星で、龍司も爆笑した。


 初夏の爽やかな風が吹き流れているグラウンドに、夢と希望にあふれた19歳の少年2人の笑い声が響きわたる。その声に反応して、短距離ブロック100mハードルの香織がこちらを見て笑っていた。健太はそれに気付き、手を挙げて応える。170cmの長身で、モデル体型。アスリートらしからぬロングヘアーで、顔立ちはサッパリとしていて女性らしさが際立つ。見た目とは裏腹に癒し系のおっとりした話し方だ。健太の好みのど真ん中らしく、気になっていつもチラチラ覗き見をしている。龍司も、健太の恋を応援していた。香織は京都出身で、関西弁の甘ったるい話し方が健太にはたまらないらしい。

「関西弁って、何であんなに萌えるんだろうな。マジでやばいよ」

 ニヤニヤしながら香織のことを話す健太を横目に、龍司は「関西」というフレーズをきっかけに、また思い出していた。


 純子 ──


 神戸のどの大学に行ったのだろうか。今、何をしてるんだろう。行先などを、何も聞けずに離れてしまったことを悔やんでいた。

 縁が無かったのかもしれないな、と龍司は思った。数年前に亡くなった祖母がいつも「縁」について話をしていた。龍司はその話を「年寄臭い」と感じ、好きになれなかった。しかし今は何となく理解出来た気がしている。ばあちゃんの言ってたことは、深かったな、と思う。どれだけ相手を望んだり仲が良くても、自然の流れや状況で繋がりを維持できないのは、やはり縁があるか、無いか、なのかもしれない。才能を開花させる環境が健太にはあったが、龍司には無かった。それも、縁。不平等なものではなく、理由があって神様がそう振り分けたもの、そんなものなのかもしれない。

 純子とは、縁が無かった ──

 そう思うと悲しくなるが、でも、ほんの少し自分を慰めることが出来る。

「龍司、オレ本気で香織と付き合いたいよ。あー、デートしたいな」

 逆サイドのホームストレート側。弾けるような笑顔で、仲間と談笑している香織を遠巻きに眺めながら、健太は言った。ときめいている健太のことが、龍司はとても羨ましかった。あの、週2回の英語の授業の価値の高さを、今になって思い知らされていた。「会える」って、貴重だな、と。

 

 7月、2ヶ月間の長い長い夏休みに入り、部活は自主練中心となっていた。本州の湿度を伴う夏のうだるような炎天下に、道産子の龍司は適応出来ず、バターのように溶けていた。ハイツ・ベンケイにはエアコンが無い。水シャワーを浴びた後、扇風機を「強」にして裸のまま風を浴びる。その爽快感がクセになり、日課のようにそうやって熱帯夜をしのいでいた。トミちゃんは沖縄に帰省していて、西田邸はピザ屋のバイトに精を出していた。

 健太と自主練したあと、ロイホでパフェとアイスコーヒーで涼みながら、いかに香織が可愛いかという健太の話に付き合う。週1~2回は適当に買ってきた食材を203号室で適当に調理し、夕食を共にして西田邸と遅くまで語り合った。聞き上手な西田邸の「せやな」「ほんまに」という優しい関西弁に龍司はいつも癒されていた。8月の前半までその様に過ごした後、龍司は3週間、実家に帰省することにした。西田邸も帰省するらしく、ベンケイに1ヶ月近く1人でいるのは耐えられる気がしない。

「オレ、暇になっちゃうじゃん」

 健太は龍司の帰省を嫌がっていたが、そう言ってくれるのは正直嬉しかった。

「健太も帰省したらいいじゃん」

「オレ、毎日してるし」

 笑い合い、気をつけてなと健太。

「オレが戻るまでに、香織とチューくらいまでいっとけよ」

 そう返したら、親指を立てながら、だらしない笑顔で見送ってくれた。


 夕暮れにも関わらず、熱を帯びたままの空気と、蝉の大合唱。

 4ヶ月振りに戻る北海道に思いを逸らせ、龍司の漕ぐ自転車は加速度を増していった。

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