表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/37

ハイツ・ベンケイ

 1994年4月 ──

 龍司は仙南体育大学に入学した。てっきり仙台市内にある大学だと思っていたが、実際は仙台から東北本線で南へ30分ほど下った田舎町に校舎と広々としたグラウンドを構える、体育学部のみの「単科大学」であった。龍司は緊張感を抱えながら大学生活をスタートした。初めて親元を離れ、生まれ育った北海道以外での生活。卒業式の純子が不意によぎり複雑な中での不安と期待、そんな心境だった。

 しかし新生活早々、嬉しいことがあった。龍司が入居したのは街の外れにある家賃3万円の1Kのアパートだったが、龍司以外に2人の同級生が入居してきて、早々に打ち解けた。それぞれが地方から1人で来ているにも関わらず、入学式から3人で出席することが出来、寂しい思いをせずに済んだ。心強い仲間が出来て、龍司の大学生活は順調なスタートを切った。

 兵庫出身の水泳部、西田。沖縄出身のサッカー部、富永。そして、龍司。個性も出身地も三者三様で、とにかく気が合う。みんな平和主義で大学生に有りがちな「ちょっした小競り合い」の喧嘩なども皆無だった。西田と龍司は、富永を「トミちゃん」と呼んでいた。一浪しているので年齢は1歳上だが、年上風を全く吹かせない可愛げのあるキャラクターのせいで「ちゃん付け」になったのだろう。龍司は「ハセガワ」から「ハセ」とか呼ばれそうなものだが、2人は「ハッセー」と命名してくれた。龍司はそれをかなり気に入っていた。西田は「西田邸」と呼ばれていた。週に3~4回「203号室西田邸」にて晩飯を3人で共にすることに由来していた。

 3人の住むアパートは「ハイツ・ベンケイ」という割とダサい名前な上に、地盤沈下なのか室内の床が傾いていて、龍司の206号室が最も傾斜が酷かった。お世辞にも住みやすくはなく郊外にあって不便極まりなかったが、3人とも4年間そこから転居しなかったのは、やはりこのメンバーで過ごす時間がかけがえのないものであったことが理由なのは明白だった。龍司にとって、2人と過ごす時間は心から楽しく刺激的で新鮮なものであった。道産子の龍司にとって、関西や沖縄との文化の違い、風習、発想、気質など、初めて触れるものばかりでとても興味深かった。

 3人は、同じアパートで過ごす自分達にしかわからない共通の話題や考え方を「ベンケイズム」と呼んでいた。別にイズムでも何でもないことにも、やたらとそれを乱用することが通例のような状態になっていた。

「せっかくこんなダサいアパート名なんだから、ちょっとダサ可愛い感じがいいじゃん」

 トミちゃんと西田邸が考えたものだ。龍司は、自分にはない2人の笑いのセンスを、いつも羨ましく感じていた。この2人と4年間一緒に過ごしたら、影響されて自分も少しは面白い人間になれるのではないか、という期待感もあった。178cmの筋肉質、顔も割とイケメンな部類に入るとまわりが言ってくれてはいるが、北海道の教員の息子という龍司の家庭環境のせいなのか、真面目過ぎる性格も併せ持っていた。

 実際に、関西人の西田邸、観光会社の社長の息子のトミちゃん、この2人の影響により龍司は徐々に硬さが取れていき、持ち前の明るさもあり、かなり女子からモテるようになったのも事実だ。「長谷川龍司」という人柄のベースは、大学時代のこの環境により形成されたと言っても過言ではなかった。

 

 まだ寒さが残る4月の北海道とは異なる、桜が舞う暖かな春の景色に心を躍らせながら、龍司は新生活のスタートを切った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ