第十五話 混沌の予兆
主人公の本性登場です。
『あはは、あははははは!痛い、痛いなぁ……血が止まらないや。どうしよー♪あははははは!』
今の"私"の心臓では風の魔法で飛行の補助を行うのが精一杯で、傷の治癒を行えないと"なんとなく"で確信する。
『あはっ!もういっか、降りよーっと♪』
そしてこれもまた"なんとなく"で敵の追跡が直ぐには来ない位置に降りる。
ズドォォーーーン……
『いたぁーい!』
失血により魔力がかなり目減りしているため風の魔法が途切れ、半ば墜落するように地面に降り立つ。
『あー、血が止まらないー!このままだと死んじゃう死んじゃう。うーんと……そうだ!"あれ"やろうっと♪そしたら多分助かるでしょ!』
勘で自らの延命法を決める。残った魔力をかき集めて闇属性に変換させ、身体全体を覆う。起こす現象のイメージは蝶の完全変態。
『あはっ!"人化"!』
闇が蠢き、まるで卵の様な形でエレフセリアを覆い隠し、高純度の闇の魔力がその身を変容、いや変貌させていく。
卵は少しずつ縮小していく。10m、尻尾を含めれば20mはある竜の身体が、人の大きさへと変わっていく。
卵が完全に人の大きさに変わる。その後何回か脈動した卵はピシリと音を発てて割れていく。割れて欠片になった卵はさらさらと砂の様に消えていく。
後に残ったのは胸元に大きな切傷がある、血塗れの異形の少女だった。
「ぐぅ…ルルる……(うーん、これどのみち血が止まんないと死ぬねぇ。もう魔力残ってないや!あははっ♪)」
大きな切傷からは弱った心臓の脈動に合わせてゴボリゴボリと命が溢れていく。竜は自らの血を使って全身に魔力を行き渡らせる。血が溢れる事は即ち魔力の流出だ。
「ガルルルルゥ!」「グルルゥ!」「ガウッガウッ!」
垂れ流しになっている高純度の魔力に惹かれた狼の魔獣が現れる。腹を空かしているのか、それとも高純度の魔力の匂いに酔っているのか。やたらと狂暴そうな面構えだ。
「くぅルルる……グルルる……!(あはっ、今すごくお腹減ってるんだぁ。いいタイミングで来たねぇ♪……喰い殺してあげる!)」
「ガルル!?」「グルルルルゥ!!」「ガウッ!?」
胸元から血を流しながら立ち上がる姿は見るからに弱々しい。だが、それでもそのサファイアの様な瞳には、ギラギラとした狂気と殺意があった。
「ガルルルルゥ!」「グルルルルゥゥゥ!」「ガウッガウッ、ガウッ!」
一時は怯えた狼の魔獣達だが、エレフセリアの血の匂いが直ぐに彼らを酔わし、再び敵意を高めさせていく。
追い詰められた竜と血に酔う狼の魔獣が喰い殺し合おうとしたその瞬間。
「グル、キャン!?」
ヒュウと風切り音を響かせて一本の矢が一匹の狼の腹に刺さる。
「■■■■■■■」
「ギャン!?」「ギャウ!?」
草原の草むらに隠れて近寄ってきた、槍を持った男が狼の喉に槍を突き込み、矢が刺さった狼にナイフで止めを差した。
「グゥゥ!ガルルル!!」
「くぅ、ルルる……(うーん、避けれないかなこれは)」
最後の一匹が自棄になったかのようにエレフセリアに向かって飛び掛かる。
「■■■■■■■■■■■■■■■」
「ギャン!?ガルル、ガァルル」
最後の一匹は男の盾に弾かれ、体勢を立て直す前に剣で斬られた。
「くぅルル……(弓持ち一人、槍持ち一人、盾と剣持ち一人、あと一人くらい居るかな?)」
今の魔力が空になり、血を多量に無くした状態では狼はともかく三~四人の戦える人間の相手はかなりキツイ。二人は殺れるかといったところだ。
「ぐぅるルル……!(追い詰められた獣が一番怖いって教えてあげる!)」
弱った身体に鞭を打って戦闘態勢をとる。相変わらず傷口からは血が流れているし、魔力は残ってないが、まだ生きている。身体は動く。なら行ける、殺せる。
「ぐぅ、るルルるるゥ……!」
「■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■■■」
「ぐぅるルル……?」
称号のおかげで人間が何を言ってるのか分からないけど、意味は聞き取れる。助けてくれたみたい?
うーん……いい人みたいだし、いっか!命の恩人だね。後で恩を返さなくちゃ。
取り敢えず後は人間に任せて眠ろーっと!
「くぅルルる……」
「■■■■■」
「■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
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「■■■■■■」
「■■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
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「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「「■■■」」
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エルブラント王国 王都 王城 執務室
エルブラント王国現国王、アールスハイト・フォン・エルブラントは、執務室で馬鹿な貴族の後始末や筆頭宮廷魔術師の実験の被害報告、騎士団長が寄越してきた新人騎士育成の遠征計画の確認に追われて激務となっていた。
当然だが文官は居る。だがこのような案件は国王が直接確認する必要がある為、アールスハイトは日に日に薄くなっていく髪の毛を偲びつつ、今は学園に居る第一王子含む子供達の誰かに王位を譲って隠居する日々を夢みながら激務をこなしていた。
"草"達の報告書を読むたびに起こる胃痛と戦いながら書類の山を少しずつ小さくしていっている時、紙とペンと判子の音がする執務室にノックの音が響く。
「何の用だ?錬金術師が新しい胃薬を開発したか?それなら歓迎だが。」
「陛下、火急の報告がございます。」
「ふむ、入れ。」
「は、失礼致します。」
扉を開けて入ってきたのはアールスハイトが信頼する家臣の一人で、主に冒険者関連を任せていた男だ。有事の際に国が冒険者ギルドと連携しやすい様に置いた人材だ。冒険者はよく問題を起こすが、大抵が小さい問題なので国王に直接報告する事は少ない。報告が来るのは魔獣の氾濫なんかの災害や上位冒険者に関してだ。どちらにしろ厄介事だ。
書類の確認作業を続けながら話を聞く。
「何事だ?」
「辺境都市フィリフィスが滅びました。」
放たれた言葉が予想外過ぎて手が止まる。数秒ほど思考停止してからようやく出てきた言葉は……
「は?」
これだけである。それ程までに驚いたのだ。あの都市、王国の北東にあるフィリフィスは、竜骸山脈に阻まれる為に帝国からの攻撃に晒される事はない。近くに魔境が在るが、探索され尽くしたDランク魔境の魔獣の氾濫で滅ぶ様な都市ではない。
滅ぶ要因など殆ど存在しない、平和な辺境都市の筈だ。
「使用人、胃薬を頼む。事の詳細を言え。」
「は。事件が発生したのは二日前、Aランク冒険者パーティ[銀の誓い]がアルトリート侯爵の依頼でフィリフィス大森林に向かったところ、都市から上がる黒煙を確認。急ぎ救援に向かい、二名の生存者と戦闘中の"黒い鱗の竜"と遭遇。生存者と協力し竜に傷を負わせましたが、竜はその場から逃走。南東に飛び去ったそうです。」
執務室を沈黙が支配する。少ししてから、アールスハイトが胃薬を飲む音がした。
「………………追加情報が出たら書類にまとめてくれ。下がっていいぞ。」
「は。」
家臣が執務室を出る。アールスハイトは深く息を吐きながら椅子に腰掛け、執務室の窓から王都を眺める。
(あぁ、今日も王都は賑やかだなぁ。学園では長男と次男、長女が勉学に励んでいるだろうなぁ。闘技場では次女が剣闘士相手に張り切っているのだろうな。末の娘は妻と一緒に茶会をしている筈だ。うむうむ、平和だなぁ……)
数百年の歴史を持つ世界に名だたる大国、エルブラント王国。その現国王、アールスハイト・フォン・エルブラントは今………
「隠居したい…………何で俺の代で…………胃が痛い…………」
"黒い鱗の竜"という厄ネタのストレスで胃薬を大量に服用するはめになっていた。
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雪が吹き荒び、巨大な氷が点在する極寒の大地。そこにある何故か雪が降っていない都市。その中心にある氷で出来ているかのような帝城。
その帝城の廊下を、耐寒性の良さそうな服を着た男が足早に歩いている。
できる限り静かに、しかし急いでいる様に歩くその男はとある部屋の前で止まった。
「……」
氷の様なその扉の装飾は控えめだが、何処かもの悲しい印象を受ける。そんな扉の前で男は自分の身だしなみをさっと整えてから、静かに、けれど相手に聞こえる様にノックした。
「……」
ノックの返事はなく、ただ静かに扉が開いた。男は扉が開ききるの待たずに部屋に入る。男が通ると開きかけの扉は音もなく閉まった。
「……」
だだっ広い円形の部屋には、中央の天蓋付きの寝台以外には何も無い。
男はやはり何も言わずに寝台へと近付いて行く。
「すー……すー……」
寝台からは規則的な呼吸音、誰かの寝息が聞こえる。だが天蓋から垂れ下がる薄布に隠され、その姿はうっすらとした輪郭が見える程度だ。
「……」
男は寝台で眠る影……"主"を見た後、その場に跪いた。
「すー……すー……」
寝台に眠る者は相変わらず寝ている。輪郭しか見えないが、それでも身動ぎ一つしていないのが分かる。規則的な寝息が聞こえなければ、死んでいると思っても仕方ないだろう。
男が寝台で眠る者に話しかける。
「陛下、お目覚め下さい。至急お伝えしたい事がございます。」
「すー……すー……ぅん……んぅ?……んぅ~……」
規則的だった呼吸音が崩れて、眠っていた者が目を擦りながら上半身を起こし、背を伸ばす。
声からはまだ眠り足りないという思いがとても伝わってくる。
しかし男はそれを無視して報告を始める。
「今から五日前にエルブラント王国の辺境都市フィリフィスが壊滅したそうです。原因は」
「眠い…………話は……それだけ……ですか……?…………ふわぁ……あふ……」
男の話を遮る様に寝台の上の人物が話す。穏やかで高い声音、そして薄布越しに見える身体のラインから女性であることが分かる。
彼女は起こされたばかりだからか、それとも元々こういう気性なのか、とても眠そうに喋る。
だが男はやはりそれを無視して報告を続ける。
「原因は、"黒い鱗の竜"による襲撃だそうです。」
突如、静かだった部屋に氷の結晶が現れ始め、寝台に居る女性を中心に回り始める。
「ふぅ……ん…………黒い……鱗の…………ふぅ~ん…………」
先程の眠たげな雰囲気は失せて、超然とした存在感が広がる。
「如何致しましょうか?」
男は一切表情を変えずに質問をする。その質問に少し考える様に時間を置いてから、答える。
「…………今は……放置して……」
「畏まりました、皇帝陛下。」
男は立ち上がって一直線に扉に向かい、寝台に居る皇帝に敬礼をしてから部屋を出る。
「…………ふわぁ……ぁぁ…………眠ろう…………」
寝台に居る女性……"皇帝"が眠ると同時に部屋中を舞っていた氷の結晶が床に落ちる。
「すー……すー……」
規則正しい寝息が聞こえてくるまで、そうはかからなかった。
取り敢えず第一章はこれで終わりです。
加筆修正するかもです。




