第十四話 打ち破る者
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ミリアムが使っていた剣。大きく幅広の刃で装飾は殆ど無い無骨な両手剣。間違いない、かつて俺が鍛冶士に頼んで特注して造ってもらい、たった一度しか振るわなかった剣だ。
俺が捨てた剣を、何でミリアムが持っているんだ?
「おい、ミリアムっ。何でお前がこの剣を……!」
「ダストの、為の、剣だか、らな……いつか、元のお…前に、戻った時に、必要、だったから………」
ああ、確かにミリアムの言う通り、この剣は鍛冶士に頼み込んで特注した、俺が使うための剣だ。
俺が"祝福"を使った戦闘をする事を前提にした剣。やたらと頑丈で、大きな刃には切れ味は殆ど無く、一目見た印象は鉄の塊だろう。とてもではないが、真面な剣士ならば使おうとしないだろう。
だが、そんな剣が俺に一番相応しいと、あの頃は本気で思っていた。俺の"祝福"とこの剣があれば、竜だって倒せると………思っていた…………
「俺には、無理だ。振るえない」
自然と言葉が出た。初めて見た竜とAランクパーティの戦闘は俺なんかが割って入れるレベルじゃない。届いたとしても俺の力じゃあの竜の鱗を突破出来ない。そして何より、俺の"祝福"は、紛い物だ。物語の勇者のそれでは、ない…………
「ダストは、私の……私達の、勇者だった……」
「……は?」
「ダストが、周りに、何と言われても……お前は私達の勇者だったよ………」
まだ俺が夢に向かって邁進してた頃、王都の酒場で酒を酌み交わした、大切な仲間達の顔を思い出す。
(あぁ、そうだったな……お前らはいつも、俺をそう呼んでいたっけな……)
数年経っても尚、色褪せない記憶。懐かしき仲間達との冒険の日々。そうだ、彼らは俺の事を"勇者"と呼んでいた。周りの冒険者達や知り合った奴らは笑っていたが、アイツらは真面目に言っていた。
「私達は、お前に、救われたんだ…………だから……だからっ………!」
「ミリアム……」
目を見開く。自然とミリアムと目が合う。気丈な彼女が泣いているのを見るのは二度目だった。
「もう一度だけっ……立ち上がって…………ダストっ…!」
「…………」
ミリアムを近くの壁に背を預ける形で下ろす。そして、剣を握る。持ったのは数年ぶりだが、相変わらず手に馴染む。肩に担ぐ様に両手剣を構える。視線は真っ直ぐに竜を見据える。
「悪かった、ミリアム。随分と長い間、座り込んでた」
「っ!…………遅いぞ、私の勇者……」
ミリアムには背を向けているから、顔は見えない。それでも、泣いているのは声で分かった。
「行ってくる」
「待ってるぞ」
ただ一言話して、駆け出す。俺達には、それで充分なんだ。
□□□□
謎の竜との戦闘は、最初よりも激化していた。原因は直ぐに尽きると考えられていた竜の魔力が一向に尽きない事だ。それにより戦闘はより激しく、長時間になっていく。
「あーもうっ!全ッ然!魔力が尽きないじゃない!」
「ねぇッどう言うことッ!直ぐに魔力が尽きるってッ!言ってたよねッ!」
敵が自分の見立て通りにいかず、戦術が狂った事で魔術師の少女が怒りを叫ぶ。
それに対して暗殺者の少女が魔術師に向かって、竜の攻撃を紙一重で避けながら疑問を投げ掛ける。
「私にも分かんないわよ!あんなペースで魔力を消費していたら直ぐに尽きる筈なの!竜種がこんなデタラメな魔力量をしているなんて聞いたこと無いわよ!?」
「そもそも私達が以前倒した竜は下級竜種です!この竜は少なくとも中級以上なのでは!?」
王都でも有名なAランク冒険者パーティ[銀の誓い]、彼彼女らは確かに才能溢れる者達だ。しかしまだ若い彼らには、圧倒的に足りないものがあった。
それは、経験だ。
確かに彼らは竜種を討伐したことがある。だがそれは下級竜種、それも物理戦闘主体の黄鱗種だ。地上に特化した黄鱗種は翼を持たず、魔法も大地操作ぐらいのもの。この竜とは比べられないだろう。
「ぐぅぅ!!腕がっ!痺れてきたっ!」
ずっと前線で竜の攻撃を剃らし防いできた騎士風の男も、限界が近い。この竜の持つ翼腕は強靭で可動域が広く、翼爪によって攻撃性能が高い。叩きつけなんかされれば、衝撃でヒューマンなんかは簡単に吹き飛ぶだろう。
それに竜が纏う雷、それが剣と盾を伝ってきて腕を痺れさせてくる。これが無ければもっと持ちこたえられただろう。
「アレクの限界が近いわ!最悪"祝福"で押しきるわよ!」
「ッ!やるならっ、さっさとやりなよリアナ!」
「頼むぞ!リアナ、フィー!」
「えぇ!合わせて、フィー!」
「分かりました、リアナ…え!ちょっと待って下さい!何で貴方が!?」
「ちょっと何よ!?誰よ貴方!?」
冒険者パーティ[銀の誓い]が、Aランクに登り詰めた要因である"祝福"を用いた大技を用意しようとしたすぐ横を、無骨な両手剣を肩に担ぐ様に構えた男が走り抜ける。
「ちょっと!無茶よ!?戻りなさい!」
「危険です!戻って下さい!」
「誰っ、アイツ!」
「ん?……え!?」
「ルゥゥオオォォォォォォォン!!!」
[銀の誓い]のメンバー困惑、または驚愕し、竜は新たな獲物の出現に歓喜する。
そして男……ダストは、言った。
□□□□
駆ける、駆ける、竜へと向かって一直線に疾走する。走りながらも目に入る死体達の中には、見知った顔がいくつもあった。
俺を兄貴と慕っていた冒険者。
呑んだくれる俺を心配してくれた気の良い衛兵。
俺に剣を教えてくれと言った新人。
俺の顔を見ては嫌な顔をする都市長官の私兵。
他にも色々と、随分死んだ。俺を慕う奴も嫌う奴も。
唯一間に合ったミリアムだって、瀕死な上に俺一人じゃ助けられなかったときている。
物語の勇者は自分を慕う奴も嫌う奴もみーんな救ってみせた。俺なんかとは大違いだな。
俺は、勇者じゃない。ミリアムは勇者だと言ったが、俺は俺をそうは思わないし、思えない。
俺は、凡人だ。何処にだっている、ただのヒューマンだ。それ以上でもそれ以下でもない。
だがな、邪竜。ドブネズミにも牙は有るんだぞ。
「凡人を嘗めんなよ、邪竜!」
数年前、"勇者になる"という目標に向かって邁進していた王都の冒険者時代。
仲間達と冒険の日々を送っていたある時に、何の因果か俺は一部の者が神から授かる力、"祝福"を授かった。
"祝福"によって得られる力は人それぞれだ。俺の"祝福"の詳細を知った時は驚き、そして何より喜んだ。俺が授かった力が、物語の勇者の"祝福"に似ていたからだ。直ぐに装備をそれ専用に整えて、魔獣退治に意気揚々と出発し、そして…………敗北した。
俺が授かった"祝福"は確かに強い。だが、代償が大きすぎた。
あの時は随分と荒れた。仲間達にも酷いこと言っちまったりした。普段から勇者になると公言してたから、周りの奴らはこぞって俺を笑い者にした。それに耐えられなくなって逃げ出して、辺境にやって来た。気付いたらミリアムがギルドで働いていて驚いたりしたな。
俺にとって、苦い思い出ばかりな"祝福"だが…………もう迷わないさ。
「すぅぅ……」
深く息を吸い込み、全身に力を込める。なけなしの魔力を振り絞って、"祝福"を行使する。
さあ、一発限りの大技だ。存分に味わえよ邪竜。
「限界破壊ッ!!!」
"祝福"の力が全身に巡ると同時に強く踏み込む。たったそれだけで広場の石畳が砕け散り、俺の身体が大砲の弾の様に前へと進む。
だが同時に、反動によって俺の足が潰れる。
「ぐっ!うぐぅぅ!!」
俺の"祝福"、限界破壊は、物語に登場する勇者の様に自分の限界を越えた力を発揮できる。
勇者は身体能力と魔力が向上して、使用後は数日間衰弱していたらしいが、俺の限界破壊は少し違う。
限界破壊が上げてくれるのは身体能力だけで、魔力は上がらない。それどころか、むしろ発動するのに消費する。
だがまぁ間違いなく、勇者よりも俺の"祝福"のほうが能力の上昇幅は大きいだろう。何せ上がりすぎて踏み込むだけで足が砕ける。骨も肉もぐちゃぐちゃに潰れてしまうのだ。魔獣退治の時は早々に使い物にならなくなって、仲間達に迷惑を掛けた。
完全な諸刃の剣だが、よくよく考えりゃあ相討ちに持っていくんなら最高の"祝福"だ。絶対に敵わない強者に一矢報いれるならば、上等だろう。
竜の直ぐ目の前まで来る。考える早さも上がってんのかね?随分と長く感じたが。
目の前の竜を見据え、剣を振るう。そこで一つ思い出した。この剣を打った鍛冶士の言葉だ。確かアイツは、こう言っていたっけな。
『俺は、作品に銘を刻まねぇ。てめぇで相応しいと納得できる銘を刻め。』
一度振るっただけのこの剣には、まだ銘が刻まれてない。なら、今この剣に銘を刻もう。
この剣の銘は…………
「打ち破る者!!!」
銘を叫び剣を、打ち破る者を振るう。腕の肉と骨が絶叫を上げているが無視して振り切る。
「ルルルゥゥゥゥゥオオオオオォォォォォォォォォンン!!!!」
「嘘!?竜が吹き飛んだ!?」
「どういう事っ!?」
「あぁっ!腕も足も大変なことに!?早く治癒しなければ不味いです!」
「や、やっぱりダストさんだ!フィー!早くダストさんに治癒魔法を!」
周囲に邪竜の悲鳴と冒険者達の声が響く。砕けた両手足の痛みで今にも気絶しそうだが、まだ気絶してはいられない!あの邪竜!防ぎやがった!止めを刺さなくては!
「うっ、ぐぅ……!」
「動かないで下さい!今、治癒魔法を使いますから!」
「ダストさん!無事ですか!?」
「あの竜を吹き飛ばすとか、どんな力よ……すごい"祝福"ね。」
「ボクたちの"祝福"は強いけど、派手な物じゃ無いからね。」
クソっ!コイツら気付いてねぇ!一人見覚えが有るが今はどうでも良い!仕留め損なった事を伝えなくては!
「ぐっ、ゴボッ!ガフッ……」
「大人しくして下さい!全身がボロボロなんですよ!」
「ダストさん、動いちゃダメだって………ん?ちょっと待ってくれ、フィー。ダストさん、何を言おうと?」
「リアナ、竜の死骸を確認しよう!」
「えぇ、そうね!これだけ強かったのだし、良いお金になるわね!」
「出た、守銭奴リアナ……」
「うるっさいわね!お金は大事なのよ!?」
あぁ、クソっ!まずい!
「ハァ、ハァ……まだ、生きてるぞ……離れろぉ!!」
「ッ!?リアナ、ネア!竜から離れろ!まだ死んでない!」
「え、嘘でしょ!?って、ネア!待ちなさい、おいていくなぁ!」
魔術師の少女と暗殺者の少女が急いで竜から離れる。その次の瞬間。
「グルルルルゥゥゥ……!」
ゆっくりとだが、邪竜が起き上がる。胸元にある傷口から血が溢れているが、溢れた血が空中を流れてまた体内を戻っていている。
俺の気のせいならいいが、心なしか傷口がほんの少しずつ治っていっている様な気がする。
「あの魔力の流れ……治癒魔法に近いものです。傷を治そうとしている…?」
どうやら本当に治そうとしているらしい。いよいよ手がつけられんな。
「でも様子が変よ…?さっきまであんなに感じられた竜の魔力が少なくなっていってる……」
「弱ってるの?」
「ええ。」
「そ。なら!」
暗殺者の少女が一気に邪竜に近付く。止めを刺しに行ったか。
だが……
「グルルルルゥゥゥ!」
暗殺者の少女があと一歩で間合いに入るというところで、邪竜が翼腕を広げる。
「うわぁっ!」
「ネアっ!戻れ!」
次の瞬間、暴風が邪竜の真下から吹き上げて暗殺者の少女を吹き飛ばし、邪竜はその風に乗って空へと飛び上がった。
空へと飛び上がった邪竜はこちらを少し見た後、南東に向かって飛び去って行った。
「逃げられたっ!」
「飛ばれちゃ追いかけようが無いわ……方向を覚えておいて。後でギルドに報告するから。さぁネア、生存者を探すわよ、手伝いなさい。」
「アレクさん、あちらの女性もこっちに運んでくれますか?二人同時に治癒します。」
「任せてくれ、フィー。って、ミリアムさんじゃないか!」
戦後処理に入ったAランクパーティの面々を横目にしながら思い返す。
(あの邪竜、笑ってた、か?)
最後にこちらを見ていた時に見えたキラキラと煌めく青紫色の瞳は、心なしか笑ってる様に見えた。
(というか、俺が見たあの竜と同じ奴かよ……姿が変わり過ぎだろ…………)
あんなに綺麗な瞳はそうそう忘れられない。間違いなく同じ個体だろう。
(まぁ今は…………)
「ダスト……無事で、良かったぞ……」
「ゴホッ……馬鹿…言え、これが、無事……に見える……か?」
仲間と共に生き残ったことを喜ぼう。
そう考えている内に、俺は意識を失った。
第一章はあと数話で終わらせる予定です。




