第十話 遭遇
「ハァー…………空は何時だって、綺麗なもんだなぁ……」
空っぽになった酒瓶を抱えて路地に座り込み、澄みわたる青空を見ながら呟く。若き日には明日への希望を持てた空も、今では何も感じられない……
俺の名前はダスト。夢破れて辺境に流れてきた、しがないC級冒険者だ……
俺が今、拠点にしているこの街、[辺境都市フィリフィス]は、近くにDランク魔境、"フィリフィス大森林"がある。いわゆる、[魔境隣接都市]だ。本来なら、沢山の冒険者で賑わっているだろう。
だが、それも昔の話。探索されつくした大森林は、今やただの木材の伐採場。冒険者なんて、到底寄って来ない。
来るとしたら、俺みたいな"辺境堕ち"だろう。
「ハァー……平和だなぁ……」
「はぁ、はぁ、あぁっ!いた!ダストさん居ました!ミリアムさん!ダストさんいましたぁ!」
「でかしたぞ!ダスト!おい、ダストォ!」
冒険者ギルドの若い男性職員と旧知の仲である女性職員が、息を切らせながら走ってくる。
この、平和で、変わらない、辺境都市の冒険者ギルド職員にしては珍しいことに、どうやら急いでいるらしい。
「……俺に、何の用だぁ?……ミリムア?」
「ミリアムだ!酔ってないだろうな、ダスト!そしてお前はもっと鍛えろ!」
「はぁっはぁっ、ゲホッ、んな、はぁっ、無茶な……」
茶色の長い髪を後頭部でまとめ、ギルド職員の制服をキッカリと着こなしている、居るだけで場の雰囲気を引き締めさせる、この女の名前は、ミリアムだ。昔は色々あったが、今はギルド職員をやっている、腐れ縁の女だ。
「俺に、何の用だぁ?」
「はぁ、全く……いい加減、依頼の報酬を全て酒に使わず、宿に泊まるなりしたらどうだ?いつまで浮浪者の真似事をしている?」
「は、は、は……俺の金を、俺の好きに使って、何が悪い……?」
「はぁ、まぁいい。ダスト、お前に緊急依頼だ。フィリフィス大森林に異常が起きている。その調査を、辺境都市フィリフィス唯一のCランク冒険者である、お前に依頼する」
二日酔いで痛む頭が一気に覚めていく。厄介事だろうとは思っていたが、少し意外な厄介事だ。
「大森林に異常?何時からだ?」
「ようやく酔いが覚めたか、馬鹿ダスト。数週間前から兆候は観られてた。日和見のせいで対応が遅れてしまった。奥地に生息している筈の魔獣達が大森林の外縁、伐採場にまで現れている」
「そりゃあ、異常だな」
「あぁ、異常だ。だから緊急依頼だ」
この都市の数少ないマトモな収入源はフィリフィス大森林から採れる、質の高い木材だ。大森林外縁部、通称"伐採場"で採られた木材は、何でも魔力を多少は含んでるだとかで、貴族の子供が魔法の練習に使う杖の素材にいいんだとか。
他にも家具なんかに加工して売っているらしいが、詳しくは知らない。ただ、俺にも分かるくれぇには、潰されちゃあ不味い場所だ。
「条件は?」
「原因の特定、または情報」
「報酬は?」
「調べた情報量による。最低で銀貨15枚」
「わかった、依頼を受けよう」
「よし。気を付けろよ?」
「分かってるよ」
さて、準備して行くか。どんなバケモンがお出ましになることやら……
□□□□
はい、馬鹿やった結果なんかおかしなことになってしまったエレフセリアです。
いやー、実験なんてするもんじゃないねー。特に自分を実験台にするのは。
いやーホントにさーこれねー……
『……"水鏡"……ステータス』
ーーーーーー
名前 エレフセリア
種族 下級竜種・黒鱗種・魔獣種・純竜種・白狼種
レベル 30/30 進化可能
剛力 S+ ☆
耐久 B-- ★
持久 A
敏捷 A++ ☆
魔力 S++ ☆
《称号》
転生者
純竜
厄災
変異種
《状態》
欠損:右翼
ーーーーーー
どうすんだよこれ?種族増えてるし。ヤバそうな称号が生えてるし。
マジでどうしたらいいのよこれ?
『……落ち着いてってて、ふ、ふり振り返ろうか、原因は……』
調子に乗って身体強化鍛練をやり過ぎたか?いや、どうせだからって闇属性で変容を促したのが悪かったのか?いや、それとも…………
………………まてよ、結果的に強くなれたんだし良くない?というか、進化せずとも自己進化出来るのか。素晴らしい、色々試そう。
『外見は……だいぶ、変わったなぁ……』
発狂一歩手前の激痛に見舞われただけあって、かなり変わっている。
特に変わったのは、角と耳だろうか?もともと、後ろに向かって生えてた角が獣耳と一体化する様な形になっている。その他だと、白い体毛が鬣みたいになってたり、身体の黒い鱗がカバーできて無い部分が白い体毛に覆われたり、爪や牙が鋭くなったり等、かな?翼も尻尾も部分的にモフモフしてる。
後は……眼の色かな。紫色から青紫色になってる。サファイアみたいな色合いだ、魔力を集めているからかキラキラしてるし、かなりそれっぽい。
外見はこのぐらいだろう。ステータスは……だいぶ変わっている。
うーむむむ………
『ステータスも上がってきたし……そろそろ進化するべき?かなぁ?』
まだ早い様な気もするが………まぁ取り敢えずステータスは後で確認することにして、自己進化でお腹減ったので狩りに行こう。早く行こう。
□□□□
能力確認と魔法の実験をしながら狩りを続け、獲物の気配を辿って追いかけ続け、ふと気付いた。
『あれ……なんか、変だな?この森……』
低木は無くなり、生えてる木も枝が殆ど無い。それに、木々の間隔が広い。
そして何よりも決定的なのは……
『足跡、だねぇ…………人間の……』
明らかな人の痕跡が残っている。見る限り、古くは無さそうだ。
『うーん……今は人間に気取られたくないなぁ………少なくとも進化はしたい』
派手に大森林の生態系を破壊したから何かの存在は考えてるだろうけど、今は正体バレしたくない。現状の最悪は、討伐隊組まれたり、国に追われる事だ。まだオレにその規模をどうにかできる力が無い。翼が欠損してるから逃げられんし。
進化すれば……"あれ"が使えそうなんだけどなぁ……
『うぬぬぬー……取り敢えず、帰るか…………ん?』
「っ!」
『人間!?ヤバい!待て貴様!!』
ヤバい!討伐隊組まれる!生きて帰さんぞワレェ!!
□□□□
「さてさてさてっと!仕事の時間だ」
「ダスト、気を付けろよ。最近の森は、静かで……不気味だ……」
「忠告ありがとよ、ちょっくら調べてくるよ」
門番の衛兵からの忠告に感謝しつつ出発する。彼は門番歴20年のベテランだ。よく大森林に入る彼が言うんだ、間違いは無いだろう。
「森が静か、ねぇ……[竜骸山脈]から魔獣が流れてきたんかねぇ?」
フィリフィス大森林に流れる川、その上流に存在する[竜骸山脈]。其処から魔獣が川に落ちて流されてくることはある。偶然生き残った個体が森に居着いたのかもしれない。
「ま、それを確かめる為の依頼か。報酬がいいんだ、その分は働こう」
辺境都市から歩きでもそれ程かからずにフィリフィス大森林に到着する。
「毎度思う事だが……いくらなんでも魔境と近すぎだろうが。魔獣の氾濫が起きたらどうすんだよ?……貴族様の考えは分からんねぇ……」
まぁ、こんなだから"辺境都市"なのだろうが……
「……いくか」
いよいよ森に突入する。さてどんな異変が起こってるやら…………
□□□□
「あぁー…………なんだこりゃあ?」
フィリフィス大森林に入るのは久しぶりだ、ある程度勘は鈍っているだろうとは思っていた。腐ってはいるがCランク冒険者、すぐに取り戻せると思っていた。
だが、それにしたっては、だ……
「なぁんだぁ……これよぉ…」
生物の気配が森の何処にも無い。森の、何処にも、だ。ハッキリ言って異常どころでは無い気がする。
しかも………
「足跡、だなぁ……」
目の前には原因と思われる何かの足跡が続いている。
「こんな森の外縁の、伐採場にまで現れてんのか……追わなきゃ駄目かなぁ……駄目だよなぁ………はぁー…………凡人にゃぁ荷が重いぞ……」
だが、このままでは辺境都市の戦力で敵うかどうかが不明のままだ。せめて種族ぐらいは確かめたい。
「はぁー……いくか。くそ、ミリアムから報酬ふんだくってやる……」
そのまま俺は足跡の主を追い始めた。
□□□□
(さてと、そろそろ追いつくかねぇ……)
足跡が新しい、そう時間は経ってないだろう。足跡の観察で分かったのは、四足歩行型、大型の魔獣種ってところだ。学者先生ならもっと分かるんだろうが、生憎俺には学が無い。
(っ!気配!とうとうお出ましか!)
近くの木に隠れながら様子を伺う。
そこに居たのは……
(……は!?)
黒い鱗に白い体毛を持つ、竜の変異種だった。
(冗談だろ!?竜種が何でこんなところにいるんだ!?)
竜は地面を眺めてじっとしている。まだこちらには気付いて無いだろう。
(今のうちに逃げるか……)
静かに慎重に移動しようとする、が…………
「ゴルルゥゥ?」
「っ!(やべぇ!バレた!?)」
動揺で上手く気配を隠しきれず、気付かれてしまった。
「くそっ!うおおぉあ!」
「ゴルルゥルゥア!!」
逃げ出すが、直ぐ様正面に回り込まれた。つまるところ逃げ場無し、このままでは死ぬだけだ。
「くそがっ!どきやがれぇ!」
半ば以上自棄になって剣を抜いて斬りかかる。だが流石は竜種の鱗、傷ひとつつかずに弾かれる。
(あぁ終わった……)
ダストは死を覚悟した。次の瞬間には自分は喰われて死んでるだろうと考える。
しかし、そうはならなかった。
「ゴルルゥルアァ!」
竜が吼える、するとその周りに天から落ちてくるものである筈の雷鳴が現れる。
その雷鳴は、出現と同時に狙った対象に着弾した。
要するに、だ。
「あばあばばば!!」
ダストに当たった。全身を弱い雷鳴に撃たれたダストは不可解なダンスを踊った後に倒れた。まだ意識はあるが、直ぐに気絶するだろう。
「ゴルルルゥ……」
(あぁ、くそ……意識が…………)
薄れゆく意識を必死に繋ぎ止めながらこちらを覗いてくるドラゴンを見る。
(あぁ、きれい、だな…………)
最後に見たのは、キラキラと宝石の様に煌めく青紫の竜の瞳だった。




