8-16 リンの弱点
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乾いた風が吹きさらす荒れ地にて一つの戦闘が終わろうとしていた。破壊が渦巻くその中心地にあったのはアークたち勇者一行。彼女らは連携をとり襲い掛かってきたエネミーたちにとどめを刺さんとしていた。
「さっさと決めな暁の簒奪者!」
「ではゆくぞ。惑いし宵闇ー!」
張り切り勇んだラムルディの剣先から闇が扇状に広がり【あくどいスライム】たちを飲みこみ消し去っていく。全滅だ。
「ふぅー終わったのう。四天王を二人倒しただけに雑魚敵も強くなってきおったわ。ここらで一服したいものじゃな」
剣を降ろし額の汗を拭うラムルディに皆は駆けよりねぎらいの言葉をかけていく。そこを狙ったものがいた。
そのものはパーティの中でも一際小さく狙い目と判断した対象に走りより、飛び掛かった。選ばれたターゲットはメアだ。
「させん!」
「のだ!?」
襲撃者とメアの間にリンが割り込んだことによって間一髪不意打ちは失敗に終わる。うまくいかなかったからか飛び出してきた狐は戦闘をすることなくそのまま逃げていく。
盾となったリンを気遣うように声がかけられる。
「ありがとうなのだ……大丈夫なのだ?」
「う……うん、大丈……ぶ。だよ?」
「んん……?今ちょっと受けごたえおかしくなかったでござるか?いつものリン殿であればもっとランカたちがケーッ!となるような歯の浮く台詞を吐くような気がするのでござるが」
「え!?そ……そんなこと……ない、よ?です」
「いや……変じゃろ……なにか悪いものでも食べたのか?アークでもあるまいし」
「おい、なんでアタシなら拾い食いするみたいないい方してんだよ」
「ほ……ほんとになんでもないったら!」
訝しむ声に抗議しようとリンが振り返るとシロが驚きと共に指摘する。
「あ!お、お前……ネクタイ外してるな!?どこにやった!?」
「ふえ?……ほんとだ!な、ない!?」
指摘通り確かにリンの首元の情熱的なネクタイが姿を消していた。同時に王子様然とした普段の頼れるリンの姿もまた同様に消え去っている。皆があっけに取られているとメアが大声で一点を指し示す。
「あいつなのだ!さっきの狐がリンねーちゃんのネクタイを盗っていったのだ!」
示された方を見れば確かに上下に跳ねる狐の体に隠れた赤の帯がチラチラと確認できる。それに応じてシロが叫んだ。
「お前ら速攻で取り返すぞ!リンはあれがないとヘタレちまうんだ!」
「「どういうこと!?!」」
動揺を得つつもいち早く動き出したシロに従ってパーティは泥棒狐を追い始める。とはいえ説明は欲しいところだ。
「何……?ネクタイ盗られたからキラキラ王子様からふにゃふにゃ女子になったってこと?そんなことある?」
「それがあるんだよ。ネクタイを締めるってのはコイツにとって完璧な自分を全うする決意の証明。いわば変身アイテムだ。それがなくなるとどうなるか……」
「どうなるのだ……?」
「自分に自信のない図体だけがデカいひたすら顔のいいオドオドした女が出てくる」
あんまりな評価に併走しながら本人から訂正を求める声があがる。
「ヒドイよシロ!私だって頑張ってるんだから。せいぜい人の目を見て話せなくて声が震えるぐらいだよ!」
「ダメそうじゃな」
「ネクタイが持ちされたままになると……」
「ああ、新しく似合うネクタイを手に入れるまでコイツはずっとこのまま……つまり戦力ガタ落ちだ」
リンは聖騎士としての高い防御力と攻撃を集めるスキルを持つだけでなく優れた護衛に関する現実にそくした技術とパーティ随一の格闘能力を持った戦力だ。それが使い物にならなくなりそうなのは憂慮すべき事態だ。一斉に真剣な顔になり本気の追走を開始する。
「絶対取り返すぞぉ!」
「「おおー!」」
リンからネクタイを鮮やかに盗み去った怪盗狐は素早いエネミーであったが多少の制限がかかっているとはいえSHたちの脚力にかなうものではない。苦もなく距離を詰めていくが途中で問題が発生する。第一発見者はアークだ。
「お、おいアレをみろ!」
「むむむ、アレは……」
「ロウガイスライム!レアエネミーがこのタイミングで出現するでござるか!?」
アークらの行く手にポップしたのは極めて低確率でしか出現しない倒すと高経験値を得ることができるエネミーである。銀色に濁った液状生命体はこれまでも幾度か彼女らの前に姿を現していた。今回は久しぶりのご対面である。
「「狩るぞ!」」
「私のネクタイは!?」
リンの抗議を他所にアークたちは逃がさぬようにロウガイスライムを囲んで叩きのめしていく。
「「えいやーこーらーえいやーこーらー!」」
ロウガイスライムをさっと撃破すると大量の経験値が入ってくる。心地よいレベルアップファンファーレに聞きほれている場合ではない。そもそもこんなことやってる場合ではないというのは言うまでもないが。
「逃がさん!」
無駄な時間を食ったがまだ盗人は遠くにいっていない直ぐに追いつく……ところでまた新たなものがポップした。
「あれは……ネンキンスライム!」
薄汚い欲望にまみれた黄金色に輝くボディを持つネンキンスライムの登場に再びパーティは湧く。こちらもロウガイスライムと同じように低い出現率であるもののひとたび倒すと巨額のGが手に入るため主にアークによって執拗に追いかけまわされる存在であった。
「金だ!」
「私とお金どっちが大切なの!?」
足を止めて金を取る。老スライムをカツアゲして大金を巻き上げて追走に戻った。
「いやあ、いい副産物が得られたでござるな。転んでもただでは起きぬとはこのことでござる」
「そろそろ本気で取り返して……アレは裏武器屋か!?」
「骨董屋のおっちゃんもいるのだ!」
裏武器屋とは各マップに確立で現れるレアNPCだ通常の武器屋よりも性能のいい武器を取り扱っていることが多いありがたい存在である。骨董屋のおっちゃんもまたレアNPCの一人各地の骨董とレアアイテムを交換してくれるお得な存在である。そんな二人が直ぐ見える位置に現れていたが。
「おっさんはスルー!」
おっさんは優先度が低かった。またどこかで会えるだろう今は仲間のことが大事だ。と、先ほどまでの欲にかられた行動を棚に上げて見送ると盗人狐との距離を更に詰めた。
とはいえアークたちを襲うこの日の不運……いや幸運はまだ終わっていなかった。進むごとに色々なエネミーたちがポップしていくぞその中には。
「あれはコウセイネンキンスライムだよ!?」
「あっちにはロウサイスライムじゃ!ヨシ!」
「ツチノコがいるのだ!」
「ビッグフットもいるでござる!」
「妙だな……ボーナスステージ的な場所にでも迷い混んじまったか?」
「ぜーんぶ狩るぅ~~!!」
目に映るものたち全てを捕食しながらSHたちは追う。たとえつまみ食いが追走に不利なのだとしても余裕がある内は据え膳は全て食らうのが彼女たちの流儀だ。
「よし……追いつくぞ!」
「やっと~!?」
「いや待つのじゃ……なにかポップしてくるぞ!?」
泥棒狐のちょうど前をゆく形で出現したのは群れ。泥棒狐と同じエネミーと思わしき狐たちが10頭ほど湧いて出て来た。
「数が増えたところでどうというでござる。取り返すでござるよ~!」
ランカが加速してネクタイを奪おうと迫るその時。間近に迫ったからか仲間が現れたからかはわからないがこれまでとは異なる動きを見せた。
【リー!】
【リーリー!】
「なんとぉ~!?ネクタイをパスしたでござるぅ!?」
「こやつら……!?アメフトでもやっておるのか!?うっとうしいの~!」
走り去りながらボールのようにネクタイを仲間内で巧みにパスしあう泥棒狐たち。練習を重ねた成果が感じられそうな洗練された動きにさしものSHたちも少しは手間取るかと思われたのだが。
【リー!?!】
狐たちの愛くるしい帯遊びは突如発せられた銃撃によって終了した。彼らは弾丸の雨に撃たれ直前まで弄んでいたネクタイを残して消えていった。
シロは手にした二丁銃を消失させるとネクタイを拾う。肩身が狭そうな相方がやってきたので屈ませてその首にネクタイをかけて結んでやる。すると変化が起きた。
「ん……ああ、やはりお前にこうしてもらうと引き締まるな。ありがとうシロ」
表情筋が力なく緩んでいた先ほどの状態からは考えられないほどに凛々しいいつものリンが姿を見せる。彼女の謝意にシロは口を少しもごもごさせると言葉を返してやった。
「別にいつものことだろ。ほら他の奴らにも礼いっとけ」
「ああ。皆、随分と手間をかけさせたすまないね」
「おかげで副産物がたんまりでござるから気にすることないのだ」
「災い転じて福となすというやつでござるな」
はははははと笑い合っているとふと何かに気付いたアークがあ、と声をあげる。
「なんじゃどうした?」
「いや、よー……結構走ったじゃん?跳んだり走ったり。元来た道どっちだっけ?」
「「…………」」
全員が押し黙ったのち誰ともなく口を開いた。
「寄り道はほどほどにしよう」
元の道に戻るのに一時間ほどかかった。