8-1 ゼルデンリンク
<上機嫌な女性の声>
さあ今日のアークは……自室のパソコンの前で何やら話しているね。リスペクトードで通話してるのか。お相手は……二人いるみたいだけどうーん、流石に誰かはわからんね。僕はこういうのに縁がないしさぁ。
「おめぇらちゃんと買ってきただろうな~!?」
そういってアークが掲げたのはゼルデンリンク。今日発売された新作ゲームのパッケージだね。実は僕も買ったからもしかしたらオンラインモードで偶然アークたちに会うことも……いやいや。
おや、アークの部屋の扉が開いてメアが入ってきたようだよ。でもアークは話に夢中で気づいてないみたいだね。これにはメアもご立腹か……。
「さっさとメアをかまうのだ~!!」
「ひでし!?!」
メアが後ろから椅子を蹴り飛ばしてようやく気付く。鈍感だよこのサメは。
「全く何やっとるのだアーク」
「メアてめぇ……まあいいや今日はゼルデンリンクの発売日だからなお前もやってけよ座れ座れ」
「なんなのだ~?」
そして二人は並んで座ってゲーム機を起動した。するとタイトル画面が現れて……ん?は?身体がデジタルな感じになって……え?
「おわぁ~!?!」
「ぬわんなのだ~!?!」
ゲーム機の中に?吸い込まれてしまった……!!何が起きてるんだいったい!?他でも起きているのか!?……取りあえずこのゲームは中古市場に流してこようかな。今ならギリギリ高く売れる……か?
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「なんだぁぁぁぁぁぁぁ!?」
アークは激流に身を任せるように近未来的に光り輝く情報板が駆け巡る空間を通りすぎていた。自分の意志では何一つ身動きを取ることはできない。どこに行くのかもわからない。そんな状態は長くは続かなかった。眼前には白い光に包まれた空間が広がっている。飛び込んだ。
「ぶはぁ~!?!」
突如奪われた身体の自由を再び取り戻したアークは深く息をかっくらう。落ち着いて辺りを見渡すと眩い光は晴れていた。電光掲示板も存在しない。
代わりに存在したものがあった。表示枠だ。アークの視界の端に存在する半透明なそれにはこのように記述されていた。
「アーク……無職レベル1?」
言葉に出しても意味がわからず上を見上げた。そこにあるのは雲がまばらに存在する青空、地上には綺麗に整備されつつもどこかコミック調の印象を与えるレンガ。そして辺りには行き交う人々。
彼らはどれも換歴の日本と異なり一般の人々がイメージする中世ヨーロッパのような衣装……ありていに言えば中世ファンタジー風の衣装を身に着けていた。
「ここ、方舟市……じゃねえのか……?」
そんなアークの疑問も長くは続かなかった。それを断ち切るものが天に現れたからだ。
姿を見せたのは宙に浮く黒いローブを着た者だ。小さな家屋ほどはある身の丈を持ち、そのローブの下は闇に包まれ確認することが叶わず。ただ布地がはためくだけだ。幽鬼のような空気を持つ彼?から空間に音を伝えられる。すると同時にその頭上に漆黒の表示枠が現れ絹糸のような白文字でその言葉が記されていく。
【ゼルデンリンクの世界へようこそプレイヤー諸君。この世界は異界から現れた魔王が生み出した魔物たちによって滅亡の危機に瀕している】
その声を聴き順に表示枠へと記述される台詞を目にしたアークは走った。行き先は決まっている。より多くの情報を求めて幽鬼の真下へと人々を押し退けて走った。そうしている内にも声は続く。
【この事態を打開できるのは君たちを置いて他にない。プレイヤー諸君……いや、勇者たちよ。今こそ手を取り合い世界の危機に立ち向かうのだ!そして魔王を倒し、この世界へと平穏をもたらすのだ】
言い終わるころにはアークは幽鬼の下、広場へと辿り着いていた。しかしその言葉を最後に幽鬼は口を開くことはなく、まるで始めから存在していなかったように虚空へと姿を消してしまった。
「なんだよクソ~!!」
未だに戸惑いの声を上げる周囲の人々とは対照的にがっくりと肩を落とすアークだったがその背に二つの聞き覚えのある声がかけられた。
「おいアーク!一体何じゃこの騒ぎは!?」
「おおアーク殿!お主もここにおったでござるか!」
「あん?ラムルディ、ランカ……おめーらも来てたのか!?」
声をかけたのはピラニアのSHランカとオオコウモリのSHラムルディであった。二人とも周囲にランカ戦士LV1、ラムルディ錬金術師LV1と表記された表示枠を浮かせている。
アークを含んだこの三人はラムルディをリーダーとしたゲーマーチーム♰暁の旅団♰を組んでおり、オンラインゲームなどで活躍していた。
今日この不可思議な状況に陥る以前にも三人は通話ソフトであるリスペクトードで会話しており、みなでゼルデンリンク最速攻略を競おうとしていたのである。
それゆえにこの状況には少し心当たりがある。直前の状況と先ほどのローブが話した内容、急に放り出された場所……ランカが始めに切り出した。
「アーク殿、これはもしかすると……」
「ああ、アタシも多分同じことを考えてた」
「なんじゃなんじゃお主ら……といいつつわらわも同じことを考えていたりして」
おおよその同意が取れていることを確認した三人は同時に考えを発す。
「「「この世界はゲームの中!!!」」」
そして同時に頭を抱える。
「やっぱりな~!?こういうのなんて言うんだっけ?異世界転生?」
「いや生まれ変わってないから異世界転移ではござらんか?」
「MMORPGものといったほうがよかろうよ……しかしこれどうやって元の世界に戻ればいいのじゃ?」
ラムルディの疑問はもっともであった。来た原因は分かっている。ほぼ確実にゼルデンリンクを起動したせいである。だがどうやって来たのか、そしてどうやって元に戻ればいいのかは示されていなかった。ただ手がかりは存在する。
「やはり先のアレでござらんか?目的を達すれば世界がやランカたちを解放してくれるという感じのサムシングでござる」
「あの黒ローブがいってたことか。魔王を倒せってな。いっちょやるか?」
「世界救っちゃいますかというやつじゃな。わらわたち一応悪の秘密結社なんじゃがのう……」
「アタシはちげーよ」「もっと酷い何かじゃろ」「まーまー」という応酬の後彼女らは心に一つの目的を定める。すなわち魔王を倒しこのゲームの世界と思わしき場所から脱出するということだ。
「ではみなの衆、魔王討伐に向かうでござるよ!」
「あッ、ちょっと待て」
「なんじゃぁせっかく盛り上がっとるところに」
「メアだメアがいねえ。もしかしたらアイツもここに来てるかもしんねんだ。ちょっと街見て来てえ」
アークの脳には不安があった。自分が吸い込まれたあの場にはメアがいた。であれば彼女が己と同じようにこの世界に流れついている可能性は高い。このよくわからない世界で彼女を一人にしておくのは非常に危険な気がするのだ。色々な意味で。彼女がこんな状況で騒がずにはいられまい、いるならばすぐ見つかるだろうと思ったその時だ。アークの前に小さな体が立ちふさがったのは。
「む、メアを置いてどこにいこうというのだアーク!」
「メア!やっぱ来てやがったのか!」
現れたのは小柄な姿だった。メア魔法使いlv1という表示枠を持っており小さな胸を張っている。
現れた幼女の姿をみて胸を撫でおろしたアークは勢いよくその手を取る。
「心配事はなくなったな。じゃ、さっさと魔王を倒しにいこうぜ!」
「ちょ、ちょっと待つのだ、まだ…………仕方ないのだ~」
メアの手を引っ張りアークたちは街を後にする。これが彼女たちの、忘れられない一月ほどの旅の始まり。