7-9 脱出
♦
「やったのだアーク!」
「おー、もう大丈夫だぞ~っておめー随分アタシの情報をべらべらとしゃべってくれたみてーじゃねえか」
「いだだだだだだだだ!?でもおかげで勝てたのだ。かんしゃするべきだと思うのだ!」
メアの嘘はアークがシンアークを普通に使用する。ただそれだけでバレてしまう危険なものであった。だが、メアの腕時計にはもしもの時のためにサンがミニアークが入れるように改造が為されていた。よって問題なく情報共有はなされ勝利への道筋をつけることができた。
「マーマーソコマデニシテヤレヨ」
「だってよ~」
三人がかしましくしている横で床に伏せた殺人鬼は動いていた。といっても自身の衣服に仕込んでいたスイッチを一つ起動させただけだが。変化は直ぐに現れる。
ゴゴゴゴゴ、と何か重いものが振動するような音が部屋に、いや建物中に響き渡る。
「な、何が起っとるのだ~!?」
「おい!お前何やりやがった!」
アークの問いにトアは事もなさげに答えた。
「別に?この建物を崩壊させる仕掛けを作動させただけだよ」
「お前……!」
アークはそれを聞くとヅカヅカと怒りを感じさせる歩みでトアに近づき睥睨する。
「どうしたの?早く逃げた方がいいと思うけど」
トアの問いを無視してアークは彼女の手を取ると掴み上げる。
「何やってんだ。ここ崩れるんならオメーも早く脱出しねーと死ぬだろうが。とっとといくぞ」
アークの予想外の行動に珍しく目を白黒させるトアはしばし無言になり。
「……正気?私はアークちゃんを殺そうとしてるんだよ?」
「知るか。その身体でやれるもんならやってみろってんだ」
「アークぅ!何やっとるのだ~!?このままじゃぺちゃんこなのだ!ねーちゃんもさっさと歩くのだ!」
攫ってきた人質にまで見捨てる意志が無いことを確認するとトアは抵抗することなく黙って手を引かれるようになった。
♦
方舟市廃墟区画。その一つを構成する建物が鳴動し、崩れ落ちた。
辺りを震わせていた音は鳴りやみ。後には静寂が残された。それを打ち破る声が地下から聞こえる。
「らぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
地面を突き破って現れたのはサメだった。二人の少女を連れたアークは瓦礫を吹きとばし地面に着地する。
「相変わらず無茶苦茶だねアークちゃん」
「助けてやったんだから文句いうんじゃねえよ」
吐き捨てるアークだったがメアはずい、と言葉を挟む。
「いや、トアのねーちゃんの言う通りなのだ。振り落とされて死ぬかと思ったのだ!アークはもっとメアを丁寧に扱うべきなのだ!」
「んだ十分丁寧だろうがよぉ~!もっと感謝しろ感謝!ほら、お前もだよトア!」
そういってアークは後ろを振り返るがそこにはもう誰も居なくなっていた。
「消えたのだ!?」
「だな。ったく同時使用と毒でくたくただ。帰るぞ」
アークはその場を去ろうとするがその手を引くものがあった。メアだ。彼女はうつむき加減でその場を動かない。
「どうした?」
アークの問いにぽつりといつになく小さい声でメアは答える。
「こ、こわかったのだ……いつトアねーちゃんの気が変わってころされるかと思うとこわかったのだ」
若干の震えを帯びたメアの声にアークは胸を針で刺されたような痛みを受け抱き寄せる。
「ごめん。ごめんな」
メアの背に手を回し軽くだき背中をさすってやる。するとメアも素直な言葉を吐きだした。
「つかれたのだ~こしがぬけたのだ~おぶって欲しいのだ~」
「お前……」
「早くなのだ~」
「はいはい」
アークはメアをおぶってやるとゆっくりと歩きだした。その背でメアはぽつりと言ってやる。
「ありがと~なのだ」
♦
アークたちが廃墟区画を去る中、高台から彼女らの姿を見送るものがいた。
トアである彼女はアークたちを横目にふと己の掌を眺め。先のことを思い出していた。
「何やってんだ。ここ崩れるんならオメーも早く脱出しねーと死ぬだろうが。とっとといくぞ」
(脱出用の抜け道。用意してたんだけどな)
元々あの仕掛けは自身が敗北した場合とどめを刺されないようにするためのものだった。それで自分が命を落とさないようにするための脱出経路も当然用意していた。だというのにあの時されるがままに手を掴まれ引かれたのは何故だろう。脱出経路のことなど頭から消え彼女らと行動を共にしてしまったのは何故だろうか。わからない。
小学生の件といい。今回はわからないことが多すぎた。これでは失敗するのも当然というものだろう。
そもそも一度取り逃がした相手とはいえ何故これほどまでにアークに固執しているのか。それすらも殺人鬼にはわからなかった。
とはいえわからないのであれば理解を深めればいいだろう。そのためにはやはり、
「また会おうね。アークちゃん」
♦
先日の物騒な展開が嘘のように思える呑気な日中。アークは自室のベッドで寝そべりながら漫画を読んでいる。その尻尾はぷらんぷらんと機嫌よく左右に揺れ動いていた。今日は頼んでおいたゲームが届く日なのである。
「アーク。入るぞ」
ノックもなく応答を待つでもなく無遠慮に部屋の扉が開けられる。入って来たのは何やら段ボールを抱えた白衣の眼鏡。
「サン。入るときはノックしろっていったろ~。それ置いてさっさと出てけ出てけ」
「ああ、おいて置くぞそれではな」
言葉通りサンは荷物を部屋に置くと出ていった。それを見計らってアークはベッドを飛び降り荷物へとかけよる。煌めく瞳で荷物の送り状を確認する。
直後アークは荷物を抱え部屋を出ていき恐らくサンのいるであろうリビングへと向かった。扉を開け放ち。叫ぶ。
「サン!お前これ!これ!どういう!?」
送り状の名前は トア と書かれていた。
「お前あてだろう、私は知らん。爆弾の類ではないことはミニアークが確認している。好きにしろ」
「好きにしろって……捨てたら捨てたで碌なことにならなそうだぞ……つーか家知られてたのかよ……!」
頭を抱えるアークだったがしばし考え込むと意を決して梱包を開け中身を確認する。
「げ」
中に入っていたのは一枚の手紙と一本のナイフだった。手紙にはこう記されていた。
アークちゃんへ 先日は助けてくれてありがとう。お礼に私たちが初めて会った時のナイフをプレゼントします。毒も塗り直してるから便利だよ。また遊ぼうね。 親愛なるトアより
手紙を持ちふるふると打ち震えるアークは思いのたけを力強く叫ぶ。
「これアタシが刺されたヤツじゃねーか!?二度と会うか~!!!」
「うるさい……」
サメと殺人鬼。再び相まみえる日はそう遠くはなかった。
第七話「殺人鬼トア」完結です。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
ブックマークや感想、高評価などいただけましたら大変励みになります。