7-6 サメvs殺人鬼
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アークとミニアークはミニアークを通じて読み取りづらいが的確な助言を投げかけるサンの助力もあって順調にトラップを潜り抜けフロアを下っていった。残すところは後二フロア。
「ここを抜ければメアのところに行けるわけだが……」
アークの口調がどことなく呆れたものになっているのも無理からぬことではあった。彼女の眼前に広がる光景。それは、
「火炎放射器に狭い通路って……アタシはゲームのキャラじゃねーんだぞ!?」
アークの言う通り、このフロアでは入り口から出口の階段まで一直線の細い通路で結ばれておりその通路の外は溶岩のようなもので満たされていた。それだけではない部屋の側面には十を超える火炎放射器がそれぞれ立ち並んでおり時間差で火焔を射出している。まるでゲームの一ダンジョンの様相をていした危険な階層であるが当のアークは。
「正直、シンアークの加速で突き抜けたりアークネードで防壁はりゃあどうとでもなるような気がするが……そうすると向こうの機嫌を損ねる気がするな……」
「止メトケ止メトケ。大人シク行コウゼ、ドウセ焼カレルノハクソマスター一人ダシヨ。ジャナ」
「オメーもいくんだよ。逃げんな」
後を任せて消えようとするミニアークだったが主人に摘ままれ妨害される。「ハナセーハナセー」と抵抗を続けるもスイッチが切り替わったように動きを停止する。すると冷静な声がミニアークから発せられる。
「何をやっているんだお前達は……余計な小細工などせずさっさと渡きってしまえ」
「サン!自分は燃えねーからって呑気しやがって。生身もSNSも燃えるとつれーんだぞ!ましてやアタシは魚類だ!効果抜群なんだよ!」
アークの怒声に思考の価値ありとつかの間あごに手を当てるミニアークinサンであったが早々に動作を打ち切ると。
「特に問題はないな。行け」
「話聞いてた!?」
「途中溶岩から耐熱性のトラップが飛び出て来ることが予測されるがそれ以外は問題ないだろう。どの道これ以外の方法はない。行け」
「他人事だと思ってよぉ~!」
譲らないサンの言動に渋々通路を渡り始めたアーク。それぞれの火焔放射が収まるタイミングを掴んで狭い通路を綱渡りのように進んでいく。順調な道行が崩れたのは丁度半分を超えたあたりからだった。
時間差の火炎放射だけでなくサンの言及した通り溶岩の中から鋭利な刃物が射出され始めたのだ。
「ッ!?チェーンソード!」
咄嗟にチェーンソードにて迎撃するも射出は左右両面からやってくる幾つか迎撃するうちに体勢を崩し足が止まる。その時だ。アークの留まるポイントに業火が叩き込まれたのは。
「ブ」
迎撃に時間を取られたことによって進行速度が遅れ、炎が収まっているタイミングで抜けられなくなったのが原因だ。直火で熱せられたアークは哀れ見るも無残な焼き魚に……「あ?何ともねぇな?」
なっていなかった。アークは絶えず襲い来る射出物をチェーンソードで払いながらケロッとした顔で通路を進むそんなアークの頭上に一時消失して退避していたミニアークが再び姿を現せる。
「だから言っただろう?問題ないと」
「サン。これってもしかして」
「ああ、進化の影響だろう。アークショックを手に入れた時にお前は放電能力だけでなく電気に対する強い耐性を獲得しただろう。それと同じだ、お前はシンアークを手にした時に発火能力と同時に炎熱に対する耐性を獲得したんだ」
「なるほどな!流石アタシ!激つよだぜ!」
サンの語る内容にホーッと感心するアークだったがある事実に思い当たる。
「ちょっと待て。なんでアタシも知らなかったアタシの体質についてアンタが知ってんだ?」
「…………」
「おい、何で黙る?ねぇ、ちょっと。怖いんだけど!?ねえ!ねえってば~!?」
「何騒イデンダクソマスター?オイマダ渡リキッテネエジャネエカフザケンナ!」 代わりに答えたのは状況を理解していないミニアークだった。獄熱の空間にアークの叫びが響き渡る。
「どういうことだよ!?サ~ン!!」
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炎のフロアを越え最後にメアの待つ階層へと繋がる階段を降りつつアークは思考していた。
それはこれまでの自分と今回の事件の首謀者であるトアとの戦いの歴史だ。思えば刺されて裂かれてを繰り返した関係だった。ほぼやられてばっかりな気がする。
ただ殺人鬼トアに対してはアークは恐怖と嫌悪だけではない感情を持っていることに今更ながら気付く。それは尊敬に近い感心の念である。四度やり合ったからこそ確信できるものがある。彼女は常軌を逸した戦闘能力の持ち主ではあるが人間だ。SHではない。であるにも関わらずSHである自分を並外れた殺意と知恵と技術の粋を持って狩りに来る。迷惑な話だがその姿は恐ろしく美しい。
じきに階段を降り終わる。そうすれば自分は悪友の元に辿り着き、同時に今まで明確に勝ち得なかった難敵との戦闘を余儀なくされる。果たして自分はメアと共に帰れるのか。滅多にない不安が胸に騒がせる。そんな時だ。ミニアークが、いやサンが声を発したのは。「……案ずるな、アーク。お前は最早以前のお前ではない。お前は戦いを重ね、経験を積み強くなった。進化した今のお前は殺人鬼に劣るようなものではないだろう。自信を持て」
「サン……お前……」
冷静無比な研究者の素直な賞賛にアークは眼を丸くし。
「さっきの話まだ終わってねーからな。後で会議な」
「…………」
「黙るな!おい!サーン!!」
「ウルセーゾクソマスター!!」
ぎゃいのぎゃいのと言い終わる頃にはアークは階段を降りきっていたがその胸には一片の曇りもなくなっていた。
そしてアークは死神の待つ部屋の扉を開ける。
「アークぅ!来るのがおせーのだ!!」
「よう、久しぶりだなトア。メアは返してもらうぜ」
「いらっしゃいアークちゃん。アークちゃんのために用意したトラップは楽しめた?これからもっと楽しいことしようね」
言葉を交わし合ったサメと殺人鬼は互いの武器を構えるとゆっくりと歩みより。3歩の距離で狩りを開始した。