7-5 アドバイス
ミニアークの口から発せられたのはいつものダミ声ではなく聞きなれた研究者の声であった。
「……あまり騒ぐな。音を拾う機能が周囲にないことは確認しているがお前の場合反応でバレかねん。わかったら普通にしろ」
「お、おお……」
そう言われ、アークはミニアークから視線を外し再び扉へと向き合った。そして囁き声で問う。
「で、どーすりゃいいんだこれ?わざわざ出て来たってことは手伝ってくれるんだろ?」「当然だ。その方が生還率があがる。この扉の仕掛けだが突出しているこれらの石板を押すと」
「押すと?」
押した。
「槍が射出される仕組みになっている」
槍が射出された。
「きゃぁああああああああ!?」
壁から射出された槍をアークはきりもみ回転気味に回避して尻もちをつく。ハアハアと荒い息をつき。ミニアークを怒鳴りつける。
「テメェ!アタシを殺すきか!?」
「あの程度を喰らったところでお前は死なん。そもそも私の説明を最後まで聞かずに押したのはお前だろう?」
ミニアークもといサンの反論に言い返せず暫く唸るがやがて振り切ったように立ち上がる。
「で、結局これどーすんの」
「恐らくこの配列は横の数字のことも考えると押しボタン式電話のダイヤル配置と一致しているのだろう。0421順に押してやれ」
「0421」
アークは言われるがまま最下層の石板を押した後、順に数字に対応した石板を押していった。すると今度は先ほどのように突然槍が射出されることはなかった。
「なるほどな。対応する数字を入力してやればいいんだな」
「そういうことだ。では続きを入力しろ」
「え?」
両者の間で数泊の静寂が生まれた。それを破ったのはサンの抑揚のない声だった。
「……どうした?早く続きを入力しないと」
「入力しないと?」
「円刃が射出される」
円刃が射出された。
「いやぁぁあああああああ!?」
後ろに倒れ込むように飛びずさり間一髪のところで壁から射出された円刃を避けたアークはまたしても尻もちをつき断たれた髪の先端を眺める。
「わざとやってんだろ!?テメーアタシを殺す気か!?そうなんだな!?」
「……何のことだ。何故早々に入力を終えてしまわなかったのだ?……まさかお前数字の意味を理解していないのか?」
「数字の意味ぃ?」
いかにも理解していないといった反応のアークにミニアークは本人が目の前にいるかのような見事な溜息動作をし。
「……全く、お前は毎度私の予想を下回ってくるな。当事者であるにも関わらず気付いていないとわ。0421は日付だ。お前とトアに去年のこの日何があった?」
「去年の四月二十一日……ま、まさか!?」
サンの言わんとすることに勘づいたのかアークはみるみる内に青ざめていく。そんなアークを他所にミニアークが答えを確定させる。
「お前がヤツに始めて襲撃された日だ」
「やっぱり~!?じゃ、じゃあ他の塗りつぶされた数字って」
「襲撃が行われたのは合計四回。やはり襲われたそれぞれの日付だろうな。それらすべてを素早く正確に入力せねば進めんわけだ」
もたらされた解法に頭を抱えるアークは下を向き、冷や汗混じりで話す。
「ど、どうしよう……アタシそんな嫌な日付覚えてねーぞ」
そんなアークの首元をミニアークの短い手が叩く。
「心配するな。何のために私が出て来たと思っている。それらは全て私が正確に覚えている」
「サン……!」
サンの頼もしい発言にアークはキラキラと目を輝かせるが何かに気付くとすぐさま目を眇め。
「最初からそれ全部言えよ」
♦
アークたちが数時解きの謎を越え新たなるフロアによる洗練を受けている中、最下層のフロアでは今回の仕掛け人である殺人鬼トアと人質メアが彼女らの四苦八苦するようすをモニターから眺めていた。
「うおー、何やっとるのだアークゥ!?」
「ふふ、かかってるかかってる。やっぱりいい反応してくれるなあアークちゃん。次はどんな反応してくれるかな……さて」
そう言うとトアは縛られているトアに肩を回し手にしたナイフを首元の近くで遊ばせる。
「そろそろはっきりさせておこうかな」
「ななななななななな何をなのだ!?」
モーターのように激しく振動して動揺するメアの反応を愉しむようにトアはじっくりと焦らしてから問いかける。
「あなた、アークちゃんの何?」
それは関係の確認だった。ともすれば色恋の場で飛び出しそうな場違いな問いに刃物を突き付けられていることも忘れメアは授業で手を上げた時のように元気よく答えた。
「メアはアークの悪友なのだ!」
「悪友?……ふぅん」
その答えが少々予想外だったのかトアはしばし無言でナイフを回し。やがて。
「……ま、いいや。それよりもさ、私アークちゃんのことは一杯調べてるんだけどここ最近のことはあんまり情報がなくてね」
メアの背後から体を預け体重をかけつつ耳元でねっとりと囁く。
「アークちゃんが最近どうしてたのか、あなたの口から聞きたいな~。ねえ?」
「メアに話せることなら何でも話しますのだトアお姉さま!」
脅しに屈しあっさりとアークを売ったメアに満足気な笑みを向け首元のナイフをどけてやる。
「じゃあまずはさっきの床を壊した一撃についてかな。アークちゃん何か新しい能力に目覚めた?」
「うむ!あれはシンアークといってリクの姉御との戦いで目覚めたアークの新しい能力なのだ。ジェット機みたいにスゲー勢いでドーンって体当たりする力であんまり細かいせいぎょはできないみたいなのだ。カベにげきとつしたりしてる様はとてもゆかいなのだ!」
「なるほどねぇ。ここみたいな狭い場所だとあんまり使ってこなさそうだけど。ねえそれって……」
流れるように漏洩していくアークの個人情報、それを聴くのは心底楽し気な殺人鬼。そしてもう一つ。後ろ手に縛られたメアの腕時計が静かに稼働していた。