7-1 攫われたメア
<好奇心旺盛そうな女性の声>
トモダチの情報を手に入れ空中浮遊都市埼玉に向ったアークとメアは無事トモダチ、ボノボのSHライズと衝撃的な再会を果たすのであった。
二人目のトモダチの情報を手に入れた二人は早速会いに……いくことはなく気楽に遊びに出かけていた。今日はサッカー観戦に来ているようだ。盛り上がっているね~。おや、手を振り上げ声を張っていたアークが立ち上がって……周りが煩くて聴こえづらいなカメラをもう少し近づけようか。何々……
「……いってくるわ動くんじゃねえぞ」「迷子にならないようにするのだアーク」「そりゃオメーな」
そういうとアークは立ち上がりメアを残してどこかへ行ってしまった。最初のほうは聴こえなかったけどもじもじしてたからトイレに行ったんだろうね。そんなところまで見ても仕方ないからしばらくメアのほうを観察しようかな。しかしどうも平和だねぇ。何というかこうあっと驚くような刺激的なことが発生してくれないかー
「……のだ!?」
!?
おやおや……おやおやおや……!?そんなことを言ってたらメアが誰かに攫われてしまったよ!?後に残ったのは座席に突き立ったナイフとそれに固定された封筒のみ。アークはこれに気付いたらどんな反応をするのかな?メアを攫っていったのは一体何者だろう。いいね凄くドキドキしてきた。どんな結末を迎えるのか、眼を放さずしっかり見届けようじゃないか
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「だ・か・ら!メアが攫われたんだよ!この趣味のわりぃー手紙と一緒にな!」
乱雑に資料が散逸し、何に使うかもわからない高価そうな機材が各所に置かれた無機質な部屋の中でサメの尾を持つ少女がゲーミングチェアに身を委ねる研究者風の女性に叫ぶ。それを受け研究者風の女性、サンは大したこともなさげに淡々と言葉を返す。
「それは先程聴いたぞ。誰に攫われどのような条件を出されているのかを説明しろ」
動じていない様が気に障ったのかアークは荒々しく手紙を突き出しそこに書かれた字を見せる。
「……アークちゃんへ。メアちゃんは私が預かりました。無事に返して欲しかったら地図に赤丸してある廃墟に一人で来てね。アークちゃんのために一杯トラップを用意しました。遠慮せずに一杯血を流してね。来るのが遅いとメアちゃんの身体がどんどん欠けていっちゃうよ。待ってます。トアより」
手紙というよりも脅迫文と言っていい代物を音読し終えたサンはそれでもなおこともなさげにふむ、とうなづき。
「前に遭遇したという殺人鬼トアか。これは、厄介なことになったな」
「そうだよ、最悪なことにアイツだ。だからよ……何かいい武器ねえか?全自動トラップ解除装置とか」
「ない。私も忙しいんだ。そんな都合のいいものを用意している訳がないだろう。それにアーク、私は今回お前を行かせる気はない」
「は?何言ってんだお前……」
「トアは人間でこそあるが危険極まる存在だ。並みのSHを凌駕する脅威にしてお前の天敵。1年前、奴に始めて遭遇した時のことを忘れたわけではないだろう。あの時お前は無事に生還したはいいもののそれは酷いありさまだった。それを繰り返す気か?奇跡はそう都合よく起こるものではないぞ」
「そ、そりゃ……そうだけどよ」
サンの厳しい言葉に、アークの脳裏には否応なく半年前の凄惨な記憶が呼びこされようとしていた。
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仕事終わりのサラリーマンたちも既に酔いを済ませて家路につくころだというの二のサメの少女、アークは機嫌よく鼻歌を歌いながら深夜の街を歩いていた。彼女に声をかける者もチラホラと見受けられるがそれを体よくあしらいながら我がもの顔で闊歩する。そんな時だ、彼女の肩に誰かがぶつかったのは。人間よりも遥かに頑丈なSHの身だ。痛みなどは感じなかったがぶつかって来ておいて何も言わずに去っていこうとする相手が気に入らず、振り返り呼び止めようとしたアークはふと、自分の腹部に温かいものが流れているように感じ視線を落とす。すると視界に入って来た色は赤。
アークの腹部に深々と携帯式のナイフの刃が突き刺さりそこから血が零れ落ちていた。
「なッ!?にぃ!?」
直後危険を感じたアークは背後へと飛びずさる。その判断は正しかった。先程まで彼女がいた場所を鋭い銀閃が通り抜ける。
着地と同時に腹部のナイフを引き抜き、血が一気に噴出するのを気にせずアークは敵の姿を眼に焼き付ける。それは先ほどアークとぶつかった相手。アークとは対照的に肌を一切見せない重ね着に首元をマフラーで覆った少女。アークよりも更に一回り小柄な少女は既に次の攻撃動作に移っている。
痛みをこらえアークは引き抜いたナイフを構え振るう。白刃が衝突し衝撃で火花が咲く。開花は連続し、辺りを淡く照らし出す。そうして浮かび上がった二つの表情は対照的なものだった。傷口を庇いながらも慣れた手つきでナイフを振るい殴打を放つアークの顔には粘りついた汗と明確な焦りの色が浮かんでいた。一方襲撃者の少女は最小限の動作で人外の膂力で放たれた刃を弾き軌道を変え、隙を生みだすとアークの肌を容赦なく切り刻んでいく。その表情は一つ一つ相手に傷が刻まれていくのが楽しくて仕方がないといったものだった。たまらずアークが叫ぶ。
「テメェ!擬態も解かずに襲いかかってくるたぁ随分舐めたマネしてくれるじゃねぇか!いったい何のSHだ?あ!?」
常人が受ければすくみ上るアークの本気の恫喝も堪えた風はなく少女はそれが聞きたかったとばかりに口元を弓にして答えた。
「ふぅん。あなたみたいなのってSHっていうんだぁ。でも私は違うよ?普通の人間。あなたと違ってね」
「お前みたいな普通の人間がいるかよっ!」
否定と共にアークが放った一撃を自称普通の人間はひらりと後ろに跳んで避けた。ご丁寧に数本の投げナイフのおまけつきだ。
「アークネード」
放たれた刃は突如として吹きすさんだ旋風によって攫われた。障害を排し追撃にかからんとするアークの手が止まる。敵の姿がないのだ。風の障壁によって一瞬悪くなった視界から溶けるように闇に紛れてしまった。敵が去ったとは捉えずアークは神経を尖らせ必死に周囲を探る。その時だ。
アークの背影から浮き上がるように銀の軌跡がその右腱を切りつける。ソレは止まらず彼女の背後で旋回軌道を取り上昇する。今度は首元を狩る。そういう軌道だ。
「のやろ!」
間一髪のところで身を回しアークは自身と銀閃の間に刃を滑り込ませることに成功する。正面に捉えたその顔はやはり先ほどの襲撃者の少女だ。彼女は感心したように口笛を吹くと抗議の声を投げかける。
「酷いなぁ。あなたと比べたら全然普通なのに。私だったらほんのちょっとで鯨も殺しちゃう毒をたっぷり塗りたくった刃物で刺されてそんなに動いてられないもの」
「あ?……は?」
その言葉が契機だった。アークの身体からは急速に力が失われていき。視界は精彩さを失っていく。
いくら腹部に深々と傷を受けたとはいえ。この戦闘におけるアークの動きは悪かったのは事実だ。だが耐えていた。しかし毒を受けていたという事実を指摘され、自覚することによってその我慢は一気に限界を迎えることとなる。アークの意志はそれに抗い身体に力を込めようとするも最早先ほどまでと同様には動けない。にも拘わらず敵の攻撃は止まらない。迎撃しきれず腕に裂傷が増えていくそれは同時に身体に溜まる毒の量が増えていくことも意味していた。
傷が入るごとに動きを悪くするアークと淡々と油断なく手を緩めない襲撃者。闘いの趨勢は見えていた。やがてアークの膂力は武器をナイフを握ることすら満足にできなくなり。 金属が地に落ちる音と共にアークの意識は闇に包まれた。