6-7 和解
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少し離れた車両の上で、ライズはその光景を見ていた。突如としてもうもうと立ち込めた煙によってアークたちの姿は見えなくなったが、すぐにその中からシラコバトが顔を出し屋根上から降りていたった。その様子に危険を感じたライズは再び一両目に注意を向ける。すると煙の奥、じきに到達するといった位置にトンネルの姿が見えた。天井の高さはそれほどない。つまりこのまま屋根上に立っていれば入り口で衝突することは避けられないであろう。
「アークちゃん後ろ!しゃがんで!」
言葉は意味をなさなかった。直撃を受けたのであろうアークは汽車から弾き出され後方へと流れていった。そして彼女のいる車両もまたトンネルへと突入する。ライズはそそくさと連結部に降り立ち。
「アークちゃん、死んだりはしてないだろうけど復帰は無理かな~……私一人で何とかするのは厳しいよね。どうしようかな」
やがてトンネルを抜け屋根上に上がるとすぐ近くの車両に敵の姿を認めることが出来た。
「さて、残りはあんただけよ。私のツクモを滅茶苦茶にしてくれたツケを払ってもらおうじゃないの」
「それなんだけど……また今度ってことで、どう?」
「散々待ったわ!ここが年貢の納め時よ……十万石払わんかーい!!」
埼玉名産を握りしめシラコバトは襲い来る。それを紙一重で躱していくライズの聴覚は後方から昔よく聞いた声が迫ってくることを感じ取っていた。再来する。
「おおおおおおおおおっしゃあ~!間に合った!ライズちゃん大丈夫!?」
「アークちゃん!お姉さんは無事よ。でもどうして!?」
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<女性の声>
いいタイミングだから解説しよう。汽車から吹き飛ばされたアークは早々に空中で体勢を立て直し彼女は新たに目覚めた能力を発動した。それが何かって?シン・アークさ。狭い車両の上じゃ使いにくかった能力もこの状況なら有効さ。瞬間的なジェット加速で後部車両に張り付いた。叩きつけられるような形になったせいで相当なダメージがあっただろうけど、彼女はしっかりしがみついて離れなかった。
そしてトンネル区間を超えると屋根上に昇って全力ダッシュで今に至るというわけさ。いやぁ滅茶苦茶するね。今回はまあ、相手のほうが滅茶苦茶な気もするけどさ。
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アークが戻って来たことによりシラコバトは少し動揺した様子であったが直ぐに平静を取り戻した様子で武器を構え直す。
「一人戻ってきたところで形勢は変わらないわ。ねえ、チェーンソードさん?」
「ああ、しぶとい主だが今度こそ息の音を止めてやる……」
「待たれよ!我らは共にアーク様を助けるためサン様に創造された身。主に刃を向けるべきではありませぬ!」
滾るチェーンソードを窘めたのはいつの間にか現出していたアークの武器である打撃補助武器兼、探索補助武装ハンマーナックルであった。
「ハンマーナックル!なんで!?」
「コイツハ大丈夫ソウダッタカラナー。上手ク説得シテモラオウゼ」
ミニアークの計らいで呼び出されたハンマーナックルは懸命にチェーンソードに語り掛けるがチェーンソードは変わらず自らを振るう。
「黙れ!初登場から変わらず活躍し続けるお前に落ちぶれていく私の何がわかる。違うのだ、お前と私では何もかもが!」
「分からずとも寄り添うことはできます!我らは共に先の闘いで初の合一を果たした仲ではありませぬか!!」
「お前……!」
ハンマーナックルとの奇妙な連帯感がチェーンソードの刃を鈍らせる。そしてその隙を見逃すライズではなかった彼女は懐から先程使用したPackmenのカプセルを取り出し解放する。
「おい兄ちゃん。いつまでもウダウダいってんじゃねーぜ!」
「やるならやる。やらないならやらないではっきりするんだなぁ~!ヒャヒャヒャ」
中から出てきたのは十両目の客車でバンドを襲っていた楽器たちだった。彼らの中でもリーダー格と思われるギターはチェーンソードに詰め寄り。
「兄ちゃんよぉ。そりゃあんた苦労して来たってことはわかるぜぇ。でもそれで他の同胞に当たっちゃいけねぇ。それにな?あんたの主はあんたを壊そうと思って使っていたのかい?それとも全力で使ってその結果壊れちまったのかい?」
「それは……後者だ、主は私をわざと壊そうとはしていなかった……私の性能を信じて振るっていた……と思う」
「兄ちゃんそれは幸せなことだよ。俺らの主なんてのはぁへっぽこな腕前の癖に毎度毎度パフォーマンスの為に俺らをぶっ壊そうとしやがる。壊す用のでもないのにだ。別に一流のアーティストにそうされるなら構わねえがよ。そうじゃねえならちゃんと大事に使われたいよなあ」
「そうだ、アークは……主は使い方こそ悪かったが、創造主が手を出すまでもない軽微な整備は毎度欠かさなかった!」
ギターは身を回し、チェーンソードの背を軽く叩くと優しく諭すような声色で語り掛ける。
「それに気づいても……まだやるかい?」
「う……おお、おおおおおお」
宙にて打ち震えるチェーンソードはやがて震えを止めたと思うと急な加速でギターやハンマーナックルを振り切り、シラコバトと無手で渡り合うアークの姿があった。彼女の身体に向って起動状態で突っ込み刃を振るう。
「主ぃー!」
「チェーンソード!」
だが、刃は少女の身体を切り裂かなかった。代わりにその奥、彼女の背後から襲いかかろうとしていた鎖ネギレンガの攻撃を凪払う。弾いた反動でチェーンソードの刀身は回る。その柄は既に開かれていたアークの掌に吸い込まれるように収まる。
「行くぞ我が主。存分に私を振るうがいい」
「手間かけさせやがって、ようやくかよ。だがこの使い心地悪くねえ。いくぞチェーンソード!アタシらのコンビネーション見せてやろうぜ」
エンジンが起動する。鮫が振るう。先程までとは比べ物にならぬほどにノリに乗った斬撃はシラコバトたちの猛撃を押し返し、圧し倒す。そこに、
「みんなも手伝ってちょーだい!」
「ぶいぃぃぃぃぃぃぃぃん」
「うぃんうぃんうぃんうぃん」
ライズが九両目で獲得した夜の玩具たちが解放される。彼ら?はライズの従いアークの援護を始める。もはや戦いの趨勢が決まったかのように見えた。
「くっ、ツクモガミたちに逆に襲われるなんてね。まあいいわ、ツクモ!」
彼女がそう叫んだ瞬間から屋根上に異変が生じた。突如として汽車から立ち込める煙の量が増大し再び皆の視界を奪ったのだ。
黒煙が降ろした帳の中で皆汽車に振り落とされないようにするので精一杯だった。自由に動けたのは一羽。シラコバトだけだ。アークは閉ざされた視界の中、反撃もままならぬままシラコバトの攻撃を受け続けていた。
「こいつ……戦闘系ってわけでもなさそうなのにやたらと車上戦闘に長けてやがる。まるで次にどうなるかが完璧に読めてるみてーにってまさか……」
煙の中から応じる声がある。
「ゲホ、その通りよ、この汽車ツクモはトーマスの力によってツクモガミと化しているわ。私とツクモは正に一心同体。視界が潰れてもツクモがアンタの位置を教えてくれる。ツクモの上で私に勝ち目があると思わないことね。ね、ツクモ!ゲホゲホ!」
『ああ!?チヨちゃん大丈夫!?煙減らす?』
「大丈夫よツクモ。このまま決めるわ。ゲホゲホゲホ」
あまりにも巨大な構造物であったために失念していたが、本来であれば真っ先に警戒しておくべき事象を見逃していたことに内心で舌打ちをするアーク。その心情を感じ取ったのか手の内の相棒も
『どうする主、このままでは嬲り殺しだぞ』
「そーなー……ん、ハンマーナックル?」
悩むアークの手元に転送されて来たのは拳型の武器であった。彼?はアークの左手に収まると主張を始める。
『主、我を使ってください!我は打撃補助兼、探索補助武器です。電気信号から相手の位置を突き止めることができます。お忘れかもしれませんが!探知できるのです!』
「そういやサンもそんなこといってたっけ。今まで一回も使ったことなかったから忘れてたわ。じゃ、働いてもらうかね」
『主、私は!?』
「オメーも働くんだよ!いくぞ」