5-8 ”悪友”
一度噛まれた以上防戦に回れば一気に食い尽くされる。そう考えたアークは一気に打って出た。傷ついた左腕から右腕にチェーンソードをスイッチ、アークネード小規模展開で遠心力を増した逆手の斬撃がリクを襲う。
回避するには一手足りないこの攻撃にリクは迎撃を選択する。使うのは拳、Boxdileの機能の一つだ。鰐型のグローブの顎が大きく開き、チェーンソードを飲み込むと、高速で口を閉ざしその勢いを殺す。
「ソードブレイカーって奴です」
刃は止まった。だが、リクの腕ごとチェーンソードを曳き、ミニアークは処理を走らせる。チェーンソードを逆手に持つアークの右腕にハンマーナックルが現出。そして次の瞬間ハンマーナックルとチェーンソードが干渉し、アタッチ。新たな武器が誕生する。
依然チェーンソードは噛まれたまま。だがそれがいい半端な構えでもハンマーナックルの打撃増幅力なら強烈な一撃が放てる。上から圧迫する歯を根元からへし折り刃を一気に押し込む。
「ソードブレイカーブレイカーならぬチェーンナックルソードってなぁ」
仕込まれていた牙ごとBoxdileが破壊される。しかしリクはそれに動じることなく既に動いていた。武装を一つ破壊し、慢心するアークのその右腕に。破壊されたばかりのBoxdileの白の破片を掴み叩きつける。
「チっ!」
予想外の反撃を受け、打撃を受けなかった左手で反射的に拳を振るうアーク。リクはそれをあえて避けず、どころか自らその拳に顔面から辺りにいった。
あがった悲鳴は二つ。一つは顔面にカウンター気味にパンチが入ったリクのくぐもった悲鳴。そしてもう一つは、
「っ……あ~~~!くそ、またかよ!!」
新たに右腕にも鰐の噛み痕を付けたアークのものだった。
先程の武装破壊の直後、リクはBoxdileの牙の破片を用いて攻撃し、右腕に傷をつけた。そして攻撃に対して自ら突っ込み歯を折ることでPain of Alligatorの発動条件を満たした。その結果が右腕からおびただしい量の鮮血を流すアークだ。
血を流し両腕を負傷したアークをリクが追い立てる。戦闘の序盤と似た構図だが、明確にアークの動きが悪い。両腕を潰された状態での活動に慣れていないためだ。瞬く間に壁際に追い詰められる。
「さて、鬼ごっこはお終いですよ。そろそろお縄についてもらいましょうか」
息を荒げ肩を激しく上下させるアークを前にリクは舌なめずりをし。次の瞬間、低い姿勢で一気に突貫する。左のBoxdileでの必殺のアッパーブローそれで決めるきだろう。だが、
「調子こいてんじゃねーぞ!!」
相手の顎を先んじて打ち上げたのはアークだった。アークネードの遠心力を加えたサマーソルトキックは低い姿勢を取っていたリクに回避する隙を与えなかった。更に動く。
アークは上下逆さまの空中姿勢でアークネードを小規模展開。自身を竜巻による回転と浮力で持って、地に触れずしてカポエイラの如き回転脚でリクの身体を滅多打ちにしていく。壁とアークに挟まれ逃げることもできない。
「がっ、グッ!ギ!うぅ……!」
地上に降り立つことも叶わずただ打たれるがままになっているリクは意を決したように咆声を上げ、蹴りに向かって自ら飛び掛かる。当然脇腹にクリーンヒットするがそこで止まらず彼女は決死の勢いで左に残ったBoxdileをアークの左足に押し当て、噛ませ、傷をつける。一拍の間の後、アークの左足に噛み跡が生まれ、アークは悲鳴と共にアークネードを解除した。
解放されたリクはモゴモゴと口をうごかしそして一本の歯を吐き出した。口内で噛み砕かれたそれは原型を保たず血に濡れていた。
蹲るサメの元に、よろめきながらも捕食者がやってくる。武器を振り回し戦うことはおろか、移動し、逃げ回ることすら困難。だがまだ手は残されている。アークは自らの電気抵抗を気付かれぬよう意図的に減衰させる。そしてリクが拳を振りかぶる瞬間、発動する。
「アークショック」
拳が届く直前、アークは自らの流した電流によって感電し、リクの方向目掛けて吹き飛んだ。リクも警戒はしていたものの予想外の動きに対応が遅れた結果として拳を振るうこともできず直撃する。
二人の間で電気が流れていたのは一瞬。普段から感電に慣れてているアークが先に復帰し、覆いかぶさった体勢からリクの肩口に噛り付く。呻くリクは右腕でそれを押し退けようとしつつも左腕を懸命に動かし。
「これで終わりです」
最後に残ったアークの右足に傷をつけた。そして。
「Pain of Alligator」
ダメージ度外視で引き抜かれた歯を代償にアークが絶叫を上げ噛撃を中断する。そんなアークをリクは力づくでのかせると。一本、二本、と連続で自ら抜歯していく。欠けた分だけ、悲鳴が上がる。
橋の下には最早日常的な光景はなく四肢から血を噴出させ呻くアークと、口元から大量の血を垂れながすリクという猟奇的な空間へと変わっていた。
「手こずらせてくれましたが、さしものサメも血の海では泳げないでしょう?」
凶悪な笑みを浮かべたリクはアークの眼前でメアを指さし。
「お友達が心配そうに見ていますよ。これ以上無様を晒す前に降りたらどうです?」
「……じゃ、ねえ……」
「は?」
血海に沈み、息も絶え絶えなアークはそれでも大きな声で否定する
「トモダチじゃあねえっつってんだ……!」
「は、はぁ!?……いや、どうみても仲の良いお友達でしょう……そうじゃなきゃ何だってんです!?」
「うるせえ!とにかく……ちげぇんだよ……メアとは……もっとこう、違う、違うなんかなんだよ……」
勢いよく否定するものの投げかけられた反論には上手く言葉が出て来ず言葉は尻すぼみに消えていく。
アークは別に、メアとの関係そのものを否定したいわけではなかった。だが、アークにとってお友達という存在はやはりかつて生活の殆どを共にし、先の見えない日常も、一歩踏み外せば全てが終わる死線も常に共に掻い潜り。勇敢さも、醜態も全てを晒してきた彼女たちとの関係こそを呼ぶものであった。それはメアとの関係とは異にしている。
鬱陶しい程に賑やかで、常に予測不能で、ちょくちょく憎たらしく、楽しさの絶えないメアとの関係とは、やはり違う。ではこの関係は何なのか全く持ってアークには答えは持ち合わせてはいなかった。言葉で定義できないことが、心地よいようで、酷く不安定なもののようにも感じてしまう。それは少し、恐ろしい。
未だ答えたの出せぬアークの耳に、戦いの外にいる当の本人の大声が響き渡る。
「そーなのだ!メアとアークは”お友達”じゃないのだ!メアたちは……」
大きく息を吸って叫ぶ。届かせる。
「”悪友”なのだ!昨日お家に帰ってミニアークと調べたのだ!!それよりアーク、いいのだ!?」
「なにがだよ」というアークの文句も聴く前にメアは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「ここで負けていいのだ!?一生地下のじめじめしたところにいていいのだ!?それに友達に会いに行かなくていいのだ!?確かめなくていいのだ!?」
身を乗り出して言う。
「確かめもしないでキラわれてるかも、なんてうじうじしてるアークなんてアークらしくないのだ!友達もきっとそんな勝手に決めつけられたくないはずなのだ!」
”悪友”そう定めた相手に届くよう。胸を張って言う。
「確かめにいくのだアーク!怖くても、もし本当に嫌われてたとしても。その時は隣に”悪友”のメアがいてやるのだ。だから」
思いのたけは全て伝えた、否定される怖さも振り切って真っすぐに。だから、彼女は自らの願いを叫ぶ。
「だから、勝つのだ!アークぅ!!」
一連の流れをあくまで戦闘態勢は解かず黙って聞いていた。リクは深いため息をつき。
「メアさんには悪いですが、これも勝負の結果です。終わりにしますよアークさん。次は地下で会いましょう。」
Boxdileを構え、決着の拳を振るう。そうするはずだった。
リクはBoxdileによる打撃をアークに届く前に中断した。いや、止めざるを得なかったのだ。なぜならば拳の行く先、アークの身体が突然鮮烈な光に包まれ、強烈な目くらましとなったからだ。
光りは一層強くなるとそれを境に徐々に弱まりやがて消えた。そして光のなくなった先には。
「ったく。メアの癖にぎゃーぎゃーと説教垂れやがって。わかってんよんなんなことはわよ~。でもま」
アークが立っていた。それも無傷で、だ。
「最強~に調子でたから。感謝はしてやってもいいぜ」
「馬鹿な……」
呆然と呟くリクであったが、異常はそれだけではない。
アークとその付近にいるリク、彼女らにべったりとついていた鮮血がこの短期間で乾き切っていた。
アークに相対するリクが最初に気付いたのは熱気。次に気付いたのは周囲の風景を歪める陽炎だ。間違いなく、アークの周囲の温度が急激に上昇している。
「この土壇場で進化したというのですか……!!」
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<感心したような女性の声>
SHの進化、その条件は未だに正確なことは分かっていないとされているが、ただ一つ、まことしやかに囁かれていることがある。それが、進化にはSHの心理的な変化が大きく関わっているのではないか、ということさ。
それがあるため、我らが組織はSHを刺激の多い俗世に放ったのだとも言われているね。ま、ホントかどうか知らないけどさ。あ~僕も目が覚めたら進化してたりしないかな~
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リクの言葉と共にアークの身体を真紅の炎が包んでいく。進化したアークが獲得した新たな能力。その名は。
「シン・アーク」