5-5 進化
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アークとリクの激闘の後、メアはランカの手引きによって高級車にて自宅まで送り届けられた。そしてアークはというと、こちらも意外にも無事に帰って行った。戦闘後のリクによる処刑、もとい胸揉みは長くは続かなかったのだ。全ての屈辱を返すとばかりに揉みしだかれ、実際にアークは果てたが、リクもまた戦闘で受けたダメージが大きく、すぐにアークに覆いかぶさったまま意識を失った。
遅れて意識を取り戻したアークはくたばったリクを何とか押し退け、ミニアークを通じてサンに連絡を取り、車に乗せられていった。
そして今。
「な~、新しい武器作ってくれよーサ~ン。なぁ~、いいだろ~」
猫撫で声で開発者に無心するアークの姿があった。求められたサンは深い目元の隈を手で押さえつつ断じる。
「無理だ。あきらめろ」
アークは一度や二度の拒否で諦めるほど人間が出来た者ではない。頬を赤らめ瞳をウルウルと潤ませ、尻尾と腰をフリフリと振り、可愛さを極限まで高めて強請る。
「ねぇ~ん、サーン。このままじゃアタシ、借金のカタにひん剥かれてリクに何されるかわかんねぇんだよ~。頼むよー料理もつくってやるし研究も手伝ってやるし部屋の掃除手伝ってやるからさ~」
「いらん……。掃除といいつつお前は部屋にあった必要な資料を大量に捨てただろう。料理はできんし研究は勝手にやるから意味がない。それにもう何日も寝ていない。寝る。お前も回復ポッドに入っていろ」
「ケチ!眼鏡!人でなし~!こんなに頼んでるってのによぉ~。いいぜ。お前がそのつもりだったらよぉ~。ぐっすりと寝てる間に面白い顔にしてやっから覚悟しろよ!?あっ…………やめろ、押すな。入れるな。入りたくねえんだよ。このポッド使い心地最悪……!?あ、あ~~~~~!?いや~~~!!?!」
サンの無慈悲な押し込みにより死地へと送り込まれたアークの悲鳴と恨み節が地下の研究室に木霊する。サンは耳栓代わりの指を外し席に戻るとミニアークからサーブされたコーヒーを一飲みする。そしてコップの中身を飲み干すと、机の上にうつ伏せになり、眼前のAIに語り掛ける。
「ミニアーク。チェーンソードの修復と例の改修は既に終えてある。アークが出て来たら渡してやってくれ。それと……」
小さなミニアークに眼鏡を外して貰い。顔を伏せた。
「アークが余計なことをしないように見張っておいてくれ」
悲鳴と寝息が混ざり合う空間でミニアークは退屈そうに胡坐をかいていた。
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方舟市郊外に存在するミックスジュース専門カフェテリア、暁の古城。古城風の建物を利用したこの施設は、郊外に位置するにも拘わらず、店主自らが選び抜いた新鮮なフルーツとミルクとの配合バランスが抜群と連日全席満員の大繁盛であった。
そんなカフェテリアの一席で、店主は客への対応を行っていた迷惑な客が現れたからだ。
「ふぇ~んラムエモーン!借金取りが虐めるんだ。アタシにいい感じに強くなれるジュースを作ってくれよぉ~。タダで」
「誰がラムエモンじゃ……!くれてやるわけなかろうが!そもそも敵対関係じゃぞわらわたちは。裏切りを疑われたらどうしてくれるんじゃ一人で身ぐるみ剥がれておるとよいわ」
暁の古城店主にして欠けた円環の継手のSH、ラムルディは迷惑客にしてカルヴァリーの裏切りものアークにすげない返答をくれてやるが当のアークは半目にし。
「ほー……この店、エラく繁盛してるみてーだがそもそもここでカフェやれば儲かるっていって最初のノウハウを教えてやったのは誰だったかな~」
「そ、それはお主らが勝手にわらわの住居に侵入した挙句、破壊をまき散らし、終いにはわらわにはじを……恥をかかせた埋め合わせではないか……!更に言えば数回分のタダ券もくれてやったであろうが。使い切ってなおツケを使いおって借金取りの前に今日こそはツケを払ってもらうぞ!」
真っ当な反撃にアークはそっぽを向き。
「ジョブチェンジのレベルが足りねえっていうからレベル上げに付き合ってやったり、あと一個だからってレア素材をくれてやったのは誰だったかな~」
「その件はありがとうの!!ええい鬱陶しい!一杯くれてやるからさっさと帰るがよいわ!」
「あー……?んだ客に対してその態度はよ~。クレームつけて居座ってやるからな!」
そういうとアークはサーブされたミカンと苺のミックスジュースを一気に口内に一気に飲み込み喉を鳴らしていく。やがて容器の中身を飲み干すとテーブルに置き。
「ぷはー!美味い!もう一杯!」
「ないわ!帰れ!全くお主がくると毎度毎度手を焼かされる……ん、そういえば今日はいつも一緒にいるお友達の小学生は来とらんのか?」
何気なく問われた言葉にアークは警戒を露わにじっとりとラムルディを睨みつけ。
「なんだテメェ……まだメアを狙ってんのか?渡さねえぞ。あとトモダチじゃねぇ」
「もう懲りたわ。また城を壊されてもかなわんしのう。しかしお友達でないとするとあの小学生とお主はどういう関係なんじゃ?正直傍からは友人関係にしか見えなんだが」
「あー?それは……よー……」
露骨に歯切れの悪くなったアークに対しラムルディは好機とみて攻勢をかける。
「ほれほれ答えてみぃ。なんじゃ?なんなのじゃ~?」
「ん~……。帰る」
「ほお」
いつもの威勢が嘘のようにテンションを下げたアークは席を発つ。それを見たラムルディはしめた。という表情を作ると一瞬考え込み。去り行くアークに声をかける。
「そんなに力が欲しければお主も進化すれば良いのではないか?わらわはしたぞ?」
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<滑り込んだ女性の声>
SHの進化。それは一般的な生物における数代かけて行われるものとは異にする事象さ。埃にまみれた人類史由来の未知の物質を多く身体に含む僕たちは、時折急激な変化をその身で体現することが、ある。
その時SHの身体は作り替えられ、この世の事象にさからう能力を新たに獲得する。そういわれてる。進化の条件?噂程度のモノなら聞いたことがあるけどねえ……
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それが出来りゃ苦労はしねえよ。嫌味かよ」
吐き捨てるように言うアークに対しラムルディはしてやったりというように軽く笑み。
「意趣返しという奴じゃ。せいぜいあがくがよいわ」
振り向かず手を上げ別れの挨拶とするアークの背を見送りラムルディはひとりごちる。
「全くいつもこれほど簡単に追い出せれば楽なんじゃがのう……今度から毎度小学生との関係を問いただせば居座らぬかの?」
「ラムちゃん店長ー!手が足りませーん!」
「うむ。厄介者は帰った。すぐに向うぞ~」
日中の蝙蝠は忙しい。