5-4 Pain of Alligator
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アークは高揚を感じていた。ここにきてリクが抵抗を見せたからだ。それは抵抗というにはささやかな一噛みだったが、それで十分だ。動かないものをいたぶるよりも抵抗する獲物を嬲る方がずっと楽しい。これは本能のようなものだ。
意気揚々と追撃を加えてやろうとアークが動こうとしたときだ。アークは自身に起こった異常を感じ取った。
痛みだ。刺すような激痛がアークの右腕を襲っている。
「が……あぁぁぁぁぁぁ!?」
見ればアークの右腕には幾つもの小さな傷が生まれていた。それはまるで小型の生物に噛みつかれたようにも見える。しかしアークにはそのような心当たりは決してない。不可解。そうとしか言いようのない現象が発生している。
完全な意思外からの激痛によりギリギリの集中力で続けていたアークショックは停止し、抱いていたリクもその身を離れ地面に倒れ伏す。アークは傷を得た腕を抑えつつリクへとスタンピングで追い打ちをかけようとして、そこで止まった。
地に臥す鰐の顎から何か硬質なモノを砕くような音が低く、アークの耳に入った。それが始まりだ。アークの右腕に再び異常な痛みが走る。堪え切れず膝を着き叫ぶ。その右腕には新たな歯型が増えていた。
膝をつくアークとは対照的に、ゆらり、とまるで幽鬼のようにリクが立ち上がる。その口元から鮮血を滴らせながら語る。
「おや、どうしたのですかアークさん?そんなところに蹲ったりして。ゲームはまだ続いているんですよ」
「テメぇ……一体……なに、しやがった……!?」
血の滴る右腕を抑え立ち上がるアークはリクを睥睨するが、相対するリクはそれを意に介さぬように肩を竦める。
「アークさん、あなたはワニに噛まれたんですよ。姿の見えないワニに、ね」
「ああ……?まさか、テメェ」
「気付きましたか、私は進化したのですよ。あなたに屈辱的な敗北を喫したことを糧にねぇ!」
怒りと歓喜が混ざった吠声を前に気圧されるアーク。リクの言は、アークの予想した中でも最悪の答えだった。
「これはその時に獲得した新たな能力です。名はPain of Alligator。そうですね、お客様にルールの説明をしないのは不公平ですね。この能力は発動に二つ条件がありまして、一つ目は人体の一部に噛みつき、傷を与えること。そしてもう一つは……」
そういうとリクは自らの口元に異形腕を持って行くとそのまま中に入れ。グキリと鈍い音を口内で響かせる。すると異常は現れる。
アークの右腕に新たなスティグマが現れ鮮烈な痛みを与える。最早ハンマーナックルを装着することすら敵わない。槌腕が外れ、地に落ちる。
リクはその様子を満足げに眺めると口内をモゴモゴと動かし一拍の間の後、赤の色と共に白い物体を吐き捨てる。
吐き捨てたものを見ればそれは白く鋭い牙、つまりリクの歯だった。リクは少し顔をしかめ。
「これが二つ目の条件、歯を一本犠牲にすること。すると不思議、不可知のワニが私がマーキングした部位に噛みついていくということです。もう一度見せてあげましょう」
再びリクの口内で音がなりその口元から血が流れる。その代償というようにアークから悲鳴が上がり鮮血が噴出する。
「くっぁう……くっそがぁあああああ!」
痛みを怒りで上書きし、無理矢理に動く。ミニアークを呼び出し、落としたハンマーナックルを左腕に装着し殴りかかる。右腕を徹底的に痛めつけられたとはいえダメージの総量を鑑みればアークの方が優勢しかしながら、だ。
「おやおや狙いが甘いです……ね!」
片腕の感覚が無くなり、大量の出血を得た状態での感覚の変化は想定以上のパフォーマンスの低下を招き。結果として生まれた隙を思い切り横合いから殴られる。
「ガッ……!!」
家屋数軒分程吹き飛んだアークはよろめきながら立ち上がる。リクがもし万全ならこの程度では済まなかっただろう。向こうも消耗していることを再認識し、既に距離を詰めていたリクへの迎撃をおこなう。アークネードの小規模展開を利用した旋風脚にハンマーナックルの振り回し、いずれも牽制として効果を発揮しリクは攻めあぐねた。しかしそれも長くは続かない。アークショックを無理に使い過ぎた上にその後に受けたダメージが大きくアークネードを使い続ける集中力が持たなかったのだ。急速に失速する。そしてそれを見逃す相手ではなかった。
リクの拳に対してアークは再度ステップの回避を選択。しかし、左腕が逃げ遅れた。Boxdileの口を象った形状が大きく上下に開くとアークの左腕を捉え。勢いよく顎を閉ざし、噛みついた。
「ギ……こんなもんよぉ~!」
アークは捕られられた左腕を無理矢理ひっこぬき脱出。鋭い刃物に裂かれたように肌が抉れているが構わない。攻撃に移る。そのつもりだった。リクの口内から聞き覚えのある破砕音が聞こえるまでは。それを皮切りにアークの左腕に傷が生まれる。
「な……あぁぁぁぁぁ、くぅ。まさかテメぇそのグローブんなかに……」
「ええ、Boxdileの顎には摘出した私の牙が装備されています。ご愁傷様です、条件達成ですね。ではこのように」
再び砕音が響き、血だまりに鮫が崩れ落ちる。リクはその身体を掴み、固定し上から殴りつける。
「ゴ、はッ……!」
繰り返す。破壊が連打する。
「ぁッ、ゲボッ……!うぎっ。……っぎ、ぁ……」
一方的な打撃が止む。それは一つの事実を意味していた。
「もう終わりですか?それじゃあ」
血反吐にまみれ、意識も虚ろとなったアークに馬乗りになっているリクは両のBoxdileを外す。それが復讐の合図だった。彼女はフリーになった両腕でもって血濡れたアークの胸を衣装の上から揉みしだき始めた。リクが歓喜の声を上げる。
「あなたにこうされてから……ずっと。ずっと待っていましたよこの時を!あの時私が受けた屈辱を何倍もの利子つけて返してあげますから覚悟してくださいね?アークさん」
「んっ……あっ……や、止め……」
「負けた奴に抵抗する権利なんてないんじゃあなかったでしたっけ?まあ、いいですけど、ねっ!」
「ん~~~~~!?!」
つねりを加えてより激しく行為を行う。
既に頬を紅潮させ喀血と共に粘りのある唾液を口内に交えたアークは堪え切れず。艶声を上げる。そしてその恥ずかしさをごまかすためか。リクを必死に睨みつけ。今出せる全力のアークショックを放つ。だが、ワニの捕食は止まらず。
「おやおや。それで抵抗してるつもりですか?まるで電気風呂に使っているかのようですよ。自分の負けを認められない悪い子にはお仕置きしてあげないといけませんねぇ」
「ひぎっ、や、ん……や、やだやだもう止めて、止めてよぉ!」
普段とは異なり子供の様に泣きじゃくり解放を訴えるアーク。そんな子供のような要求が通る筈がなかった。
「あっはははははははは。欠けた円環の継手に轟いたノーム小隊の副隊長が私の下でこんなに無様に喚き許しを乞うている。これは最高のエンターテインメントですよ。安心してください。今回は命は取りません。ですからほら、もっともっと声を聞かせない。私を満足させなさい!ランカ!この光景ちゃんと撮ってますね!」
狂乱する推し兼上司に声をかけられビクっと反応したランカは側にいたメアの目を塞いでおり。
「メ、メア殿~教育に悪いでござるからやらんかと一緒に別の部屋にいくでござるよ~」
そうしていそいそと部屋を去っていく。
やらんかに目を隠されたメアはアークたちの方を一瞥し。
「アークぅ……」
酷くしょぼくれた小学生の声は誰にも届かずに消えいった。