5-3 切り札
両者は再び拳を構え、拳戟を再開する。だがその様相は先程とは異なっていた。
強大な攻撃力を有した相手を警戒して動きがどこか堅く慎重になったアークに対しリクはギアを一段上げたように速く苛烈に攻める。もとより殴打を得意とするリクだ、直撃こそないものの、次々にBoxdileによって強化された攻撃が掠めていきその度にプロの超人ボクサーに無防備に殴られたかのような衝撃を得る。
アークはリクが攻撃のために身を沈めたタイミングを見計らい、上方から叩きつけるようにハンマーナックルを射出。リクはそれに対応して迎撃の拳を合わせる。再び破壊的な衝撃が生まれ爆ぜる。だが此度はそこで硬直するようなことはなかった。リクは空いた左腕を振りかぶりそのまま至近距離のアークに向って振るう。それに対しアークは緊急的に身を捻りバックステップ。直撃は免れた。だがその身には僅かにボクスダイルが触れており、アークはきりもみ回転で吹き飛ばされた。
吹き飛ばされ、亜熱帯プールへと着水したアークは水面へと顔をだしリクを再び視界に捉え。
「おめぇも来いよ気持ちいいぜ。それとも水の中は怖いかリクちゃ~ん?」
「そんな挑発が安いんですよ。Death roll」
言葉とは裏腹に鬼気迫る表情のリクは足元にダイスを転がす。数字は六,六。最大値だ。これまで見たこともない程破壊的なエネルギーに包まれた禍々しいワニのエネルギー体が発生し。プールへと着弾する。アークは咄嗟に潜行することで攻撃を避けたが無駄なことだった。着弾した瞬間。空間が爆ぜ、まるで大地震のような揺れが室内を襲った。
当然その衝撃の元となった場所が無事なはずがなく本来流れのないはずのプールは大瀑布と共に激流が発生し中にいたアークの全身を打撃し平衡感覚を失わせていた。
「な……ぁ……?」
やっとのことで水面に顔を出したアークは嗤い、再び賽を振るうリクを認める。
「さて、早く出てこないと何もできずに死んでしまいますよ?アークさぁん?」
二投目の結果も六,六。最大値だ。ディーラーとしての腕を持つリクにとって妨げるもののない状況下で狙った出目を出すことはあまりにも容易いことだった。食堂の鰐が再び牙を剥く。
「ヤ……ベェ!」
危機を感じたアークは野生のホホジロザメのように水面から跳躍し危険地帯を脱出。陸へと降り立ちリクへと駆ける。
迎撃の拳を潜って躱しその短躯に濡れた肢体でしがみつく。
「こ……の」
拘束を剥がさんと振り下ろされる肘打ちを再びの雷が阻む。濡れた状態かつ完全密着姿勢。雷撃が迸る。
「ぁっ……かッ……ッ」
雷撃を纏い重なる獣たちは勢いを落とさず疾走。壁へと勢い良く衝突する。万雷に身を焼かれ身動きが取れぬ鰐を押しつぶす。そして壁からバウンドして返ってきたそのどてっぱらに。
「オラぁ!」
全力のハンマーナックルを叩きこむ。よく鍛えられた腹筋も雷で硬直した状態では何の意味もなかった。槌を素通りさせ内へと打撃を通す。リクの体は再び壁に叩きつけられ壁面には網状の亀裂が走り崩壊し、その口からは小さな器が満たされるほどの血反吐が零れ落ちた。
鮮血を正面から浴びたアークは壁からゆっくりと剥がれ落ちて来たリクの肩を抱き。再び囁く。
「アークショック」
「ギッ、いぃぃぃぃぃぃぃ!?あ、がぁっハ、キッ……!?」
常人ならばとうに炭化しているような電流をその身に受け続け痙攣を繰り返すリク。その目は既に虚ろで、彼女の股下はしとどに濡れている。抵抗を続けていた腕ももはや力なくダランと垂れ下がり最早この戦いの趨勢は決まったように見えた。
「ご自慢のパンチももう打てる体力が残ってねえみてぇだなあ。折角新しい武器まで用意したのにもったいねぇこって。代わりにアタシが貰って種銭にしてやるよ」
嗤いながらもアークは電流を緩めない。敵が許しを請い、始めよりもよい条件を提示するまで決して離しはしない。アークショックは威力を上げれば上げるほど持続力が下がる特性を持っている。低出力ならば携帯端末の充電すら可能であり普段街の人間に簡易な充電所代わりにされているほどだ。この前小学生から電池っていわれた。だが今は最大出力で電気を発生させている。身体と精神に多大な負担がかかっているがそれでも止めることはしない。全ては借金をチャラにするためだ。
決着は近い。
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薄れゆく意識の中でリクは歯を噛み砕き、必死に正気を保っていた。既に全身の力は抜けきりまともな抵抗も叶わない身だ。無様も晒している。だが最後残った力で首は動かすことが出来た。故にそうした。
今リクの霞んだ瞳に見えるのはアークの肩口。そこには以前の戦いでアークに喰らい付き傷をつけた痕があった。それをよすがにリクは頭を振る。アークがそれに気づき土壇場で電圧を上げるがもう遅い。喰らいつく。
アークの堪えるような悲鳴が聴こえた後肩口から引き剥がされる。抵抗が出来ない。だがそれでいい。条件は成った。
リクは口を噤むと最後に残った力で口内に圧力を加え、その鰐牙を割り砕く。新たな痛みがリクを支配する。だがそれはただの自傷で留まるものではなかった。
正面で異変が生ずる。切り札は、一つとは限らない。