5-2BOXDILE
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アークたちはリクとその配下たちに囲まれながら方舟市と嵯峨市の境界に存在する巨大なカジノリゾート施設。その一室に連れて来られていた。
「あなたたちはここまででいいですよ。ちょっとアークさん何帰ろうとしてるんですか?」
「ここまででいいっていうからよ」
「あなたは対象外に決まってるでしょうが……!」
リクはアークが逃げないように服を掴みつつ黒服を部屋から退出させるとコホンと咳払いをする。
「さて、この部屋に見覚えは。当然、あるでしょう?」
「ああ、オメーがアタシに負けた上に胸を散々弄られた場所……だろ?」
アークの見え透いた、だがそれゆえに強烈な挑発にリクは血管を浮かべつつも口を歪め鋭く並び立った歯を見せ笑う。
「ええ、そうですとも。で、あれば私の要求もわかりますね?……私と戦いなさいアーク。ただでとはいいませんよ。そうですね……もしもあなたが私に勝つ。そんなことが出来たのであれば、返済期限の延期もとい減額を約束してあげようじゃないですか」
「ケチ!チャラにしろ!負けた後の保険なんてかけてんじゃねーぞ!」
「は~!?あなた自分が条件だせる立場だと思ってるんですか~?金を貸してやった側と卑しくも金を借りさせて貰ってる側なんですからね?立場をしっかり認識してくださいよ」
「ぷぷぷ、言われてるのだアーク。リクの姉御~もっと言ってやるのだ~」
「誰の味方だよテメェよぉ!?わーったわーったやってるやってやるよ。でも、条件忘れんなよ」
急な裏切りに動揺しつつも頭を掻き半ばヤケ気味に提案を承諾するアーク。それに満足したのかリクは挑戦的な笑みを浮かべ。
「では始めましょうか。メアさん、離れておいてください。ランカ、メアさんに被害が出ないようにしなさい」
「推しの指名とあらばなんなりと~!さ、メア殿~こっちでジュースでも飲みながら観戦するでござるよ~」
「うむ、よきに計らえなのだ」
それぞれが位置に着き、そして争いが始まる。
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三度目となる鮫と鰐の戦いはこれまでと異なり、打ち合いというよりは攻撃を交わし合い、躱し合う。それはまるで拳撃の舞踏とも表現できた。
「ナマクラ刀は振り回さなくていいんですかぁ?」
「生憎故障中だ。斬られた感触が忘れられねぇかぁ?」
「いえいえ、不安を感じるようでしたらハンデぐらい差し上げようかと思いましてねえ。いかかがです?」
「ハッ、いるわけねーだろそんなもん。全力のテメーを軽くねじ伏せてわんわん泣かせて借金チャラにしてやんよ。前回見てーに、コイツでな!」
挑発に応じたアークは右に装着したハンマーナックルを大きく振りかぶり、リクに向って振り下ろす。それはステップ一つで容易に回避されたが、着弾地点であるフローリングはそうはいかなかった。地面が衝撃で爆ぜ、細やかな破片が周囲に飛び交う。
ステップ機動で破片の被弾を最小限に抑えるリクに対してアークは回転を交えてハンマーナックルを振るい、結果として周囲に無秩序な破壊がまき散らされていく。
「ちょっと、ここ私の所有する施設なんですけど。あなたじゃ一生お目にかかれない高級品ですよ?」
「そういうなら守ってみやがれ、よ!」
ステップ移動の隙を狙らい、アークのハンマーナックルがリクへと走る。未だ着地敵わぬ短躯では回避は不可能、そう思われた中リクは動いた。
彼女は迫りくるハンマーナックルの内側に超人的な精密動作で己の左腕を滑り込ませ、発射機構であるアークの腕を横から弾いた。パリィとも呼ばれる技法は果たして効果を発揮し、槌サメの破砕は空を切る。
「チッ……ぐっ」
空ぶり無防備となった腹筋に軽いブローを受けたアークはバックステップで退く。リクもまた深追いはせず、両者の間には大きく距離が開く。だがそれは決して小休止を意味したわけではなかった。リクの異形の腕から二つの黒白賽が地に零れる。
デスロール。リクのSH能力であるソレは二つの出目の合計により威力が決定するギャンブル性の高い遠距離攻撃。此度の出目は一,四。エネルギー体が形成され、突貫する。
死を運ぶエネルギー体を前にアークも既に対応を始めていた。彼女は眼下の床をハンマーナックルで勢いよく殴りつけ破砕。続けざまに
「アークネード!」
吹き荒れる風が大きく砕け割れた瓦礫を宙へと舞い上げる。彼女はそれらを風に沿わせ、蹴り飛ばし、投擲し。次々とデスロールへと突貫させる。
デスロールは発生から最初に着弾した物体に反応して衝撃をぶちまける。その特性をこれまでの戦いから見切っていたアークの目論見は果たされる。着弾した飛礫の数々はその威力でもってデスロールを起動させ、結果としてアークの遥か前方で衝撃は霧散した。
己が飛ばした飛礫が衝撃で砂へと還ったのを見てアークは内心冷や汗をかきつつ次なる行動へと移る。反撃の時間だ。
アークは再びハンマーナックルを地面に叩きつけると先程と同じ要領で礫を生成し抱え上げた。焼き直しのような行動だが持ち上げた岩の大きさが違う。威力を調節し、生成した塊はアークの身を覆う程だ。それをリクに投擲する。
投擲と同時にアークは駆けだした。先に放った岩の背後に着いての疾走。正面のリクからはアークの姿は見えていない筈だ。それを利用してリクが岩に対して左右に避けた隙をついて殴りつける。そのつもりでいった。
リクの足元から右に避けると瞬間的に判断しそこに合わせて身体を、拳を構える。だが、リクは現れなかった。代わりに意識を払っていなかった左側から緑の影が突貫する。
ここでアークは自らがステップを利用したフェイントにかけられたと理解した。防御姿勢を整え受ける。防戦一方のアークを連打で打ち据えリクは嘲るような笑みを浮かべる。
「だから考えることが安いんですよあなたは」
「そうかい?そんじゃこれは読めたかよ?」
余裕を崩さないアークの言にリクが不可解を覚えた直後。彼女の背後で爆音が発せられる。音で何が起きたかは理解できた。これから何が起きるかも。
「しまッ!?」
アークの先ほど投擲した岩がリクが避けたことで背後の亜熱帯プールへと着弾したのだ。水面に叩きこまれた大質量によって水しぶきが舞い。二匹の獣は水を浴びる。そうなれば次の展開は見えている。
「アークショック!」
アークの身体から迸る雷撃。それは本来なら届くはずのない一撃であったが今は違う。水を触媒として雷が通る。
「ギッ!」
リクの身が電流に晒されたのは一瞬だがそれで十分だった。硬直した身体に対してアークはすかさずアークネードの小規模展開で遠心力を強化した回し蹴りでリクの顔面を薙ぐ。そしてその回転を維持したままアークはハンマーナックルをやや大振り姿勢で構え、振るう。ここで決める。そのつもりだ。真っすぐ行く。
必殺の一撃を放たんとするアークの眼前で、リクもまた動いた。
破砕の一撃が迫るなかリクは回避ではなく右拳を構え迎撃の体勢を取っていた。濡らした顔を引きつらせながら迫る拳に対して拳を合わせにいった。それは奇しくも彼女が前回敗れたきっかけとなった状況と一致していた。
懲りずに拳比べを仕掛けて来たリクに対し、アークは勝利を確信し。笑う。
サメとワニ、本来拳を持たざるもの同士のそれがぶつかり合う。そして
衝撃。
両者の拳の衝突点から爆破現象の如し破壊的な衝撃が発生し、拡散した。それは辺り一面に破砕を起こし、水面は爆ぜ、天井や数十メートル以上離れた距離の壁にまで亀裂を走らせた。
「んだぁ!?」
その破壊の中心でアークは不可解を表す声を上げる。それはそうだろう。アークの見立てではこの衝突で異形の腕をへし折り、遥か前方まで殴り飛ばし終わらせる。そのはずだった。であるにも関わらず返って来た衝撃波予想よりも遥かに強大で、そればかりかリクは己と拳を合わせ平然とたっている。更に不可解なのはその腕だ
リクの異形の両拳、それを覆うように、鰐の頭部を象った、ボクサーグローブのようなものが装着されていた。
危険を感じたアークは一度後方に飛びのき問うた。
「どーしたんだよそのけったいな手袋はよぉ。イメチェンかあ?」
「Boxdile。これがあなたのハンマーナックルに対抗するために得た私の一つ目の力です。威力は先程見せた通り。よもや卑怯とはいいませんね?」
「とーぜん」