5-1 ツラを貸せ
<女性の声>
今日も今日とて変わらぬ方舟市の昼下がり。街の路地裏を多数の人影が駆けていく。
皆一様に黒のスーツとサングラスを身に纏う彼らは一人の、いや二人の人物を追っている。彼らの走る先には彼らと同じく駆ける露出過多な少女と彼女に米俵のように抱えられた女子小学生の姿があった。
ご存じアークとメアだ。彼女たちは黒服たちの追跡を超人的な速度で引き剥がし逃げ切ろうとしていた。だが、突如として彼女たちの行く先に黒の壁が現れたのさ。もちろん黒服たちだ。
「先回りされてたのだ!?」
「見てーだな。クソ!」
彼女たちがどうしてこんな状況に陥ったのか。それは少し遡って語ることにしよう。
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方舟市の歩道をゆくアークとその後ろをテクテクとついていくメア。二人は共に汗をかき充実した表情をしていた。
「あなたの人生もぶっとぶジェット体験。悪くなかったじゃあねえか。連れてきてやったんだ。ちった感謝しろよ?」
「ついてきてやったのだ、ありがたく思うのはそっちなのだ~。それにしてもアークが出かけるのにかけ事しないなんてビックリなのだ~」
「オメーはアタシのことなんだと思ってんだよ。アタシより先にやりやがって」「賭け事で身持ちを崩すダメ人間なのだ~」
「やろう……別にアタシは賭け事ばっかなわけじゃねえんだぞ?世の中にはな~賭け事以外にも面白れぇことは山ほどあるわけだ。アタシは面白れぇこたなんだってやりてぇんだよ。賭けはそのための軍資金集めっつーかな?」
「軍資金集めで全部すってりゃ世話ないのだ~」
体の背部に噴射機を付けジェット加圧にて高速機動を楽しむ新感覚アミューズメントをひとしきり楽しんだ二人は、ワイワイと憎まれ口を叩き合いながらも楽し気に帰路についていく。彼女たちに声がかかったのはそんな時だった。
「随分楽しそうにしているでござるなぁ」
「この特徴的な語尾は……」
「やらんか!なのだ!」
彼女たちの振り返った視線の先には黒のスーツを纏ったガチな空気のオタクがいた。彼女は指弾一つで周囲に黒服の男たちを展開し、アークを真っすぐににらみつける。
「債務者アーク殿。返済期限があと三日と迫っているでござるが。おぬし返済の見通しはたっているのでござるかな?」
「え?あーいやー……うん、よゆーよゆー。ちゃんと返すってリクにもそういっといてくれな」
「そんなうっぺらい取り繕いでランカ様を誤魔化せると思ってんでござるかぁあぁ!?先週のアーサー王大会で剣を売れなかった時点で一括で返すような返済能力がないのはわかってるんでござるよぉ!黒服部隊!貧乏人をフンじばってやるでござる!モツでもなんでも売りにだすでござるよ!」
下っ端が多いからかそれとも債務者と取立人という立場の差からかやたらと態度のデカいランカの指示により控えていた黒服たちが一斉にアークたちに襲いかかる。アークはメアを抱えると超人的速度で駆けだし逃走を開始する。
これが事の発端だ。
♦
そして時は現在に立ち戻る。
じりじりとアークたちの元に迫る黒服たちの包囲網。あわやダメ人間の生涯もここまでか、と思われた時だ。路地裏に一陣のつむじ風が吹いた。
風はアークたちの周囲を起点として発生しやがてその勢いを増し黒服たちの進軍を阻んでいた。アークたちはソレに乗った。風が彼女らを天へと舞い上げる。
「風のエレベーターってなぁ!さっきのジェットよりゃ負荷も軽いだろ。なあメア?」
「ほにゃらら~なのら~」
軽く建物の屋上へと降り立ったアークはフラフラとしているメアの頭を叩き軽く叩いて起こしてやる。そして借金取りの群れが追い付いてこないうちにこの場を去ろうとする彼女に予想外位置から声がかけられる。それはアークたちと同じ建物の屋上から投げかけられていた。
「四方が塞がれて上に逃げる。相変わらず柔軟な対応ですねぇ。まあ読めてましたけどね、進歩がないとも言えます」
「なんだテメェ?えらそうに講釈垂れやがってよぉ。どこのどい……ッ!?」
アークは振り返りその人物を認め、思わず息を詰める。それはそうだろう。その相手こそ彼女の今最も会いたくない相手。すなわち借金の債権者、その元締め。
「リク……!!」
「お久ぶりですねアークさん?ちょっと顔貸して貰えますか?ねえ?」
これは断れない。