10-8 スナイパー
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「こうしてアークはリクの姉御に二度目の勝利を収めてライズねーちゃんのじょうほうを手に入れたのだ」
「それでお姉さんのところまで来れたのね。そんな無理をして会いに来てくれるなんて感激だわ~!!」
「ちょ、抱き着かないで!?」
ライズの情熱的なハグを引き剥がすと。コタツがのんびりと口を挟んだ。
「二人は~。どんなー再開~したーの~?」
「淫行車両ダナ」
「はーい。ミニアークちゃんちょっ……と黙って頂戴ね~。あ、そうだ。アークちゃん。ツクモの中で面白いものを買ったって言ってたじゃない。そろそろ見せてちょうだいよ」
明らかに不都合のある情報を誤魔化そうとした提案であったが、アークとメアにとっては悪くない提案であった。なぜなら、
「え?そんなのあったっけ?」
「あ!ほら、アレなのだ!十三両目のフリーマーケットで買ったやつなのだ!すっかり忘れてたのだ!」
「アレか~」
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アークたちがコタツの家にやって来るその途中。汽車ツクモでの出来事だ。ツクモの十三両目がフリーマーケットの場になっていることを知ったアークたちは駅に着くまでの間出店を物色して時間を潰そうという話になった。
乗り込んでみると情報通りに座席や床に商品を広げる商人たちと購入客がひしめいていた。
「おお、マジで出店やってんじゃん。レアものあるかな?」
「だいはんじょうなのだ~」
「ええ、遺憾なことながらね」
言葉を挟んだのはツクモの車掌であるチヨだった。シラコバトのSHでもある彼女は十三両目の盛況を恋人の仇のように憎々し気に睨んでいる。
「アンタたち、これ以上ツクモに騒ぎを持ち込まないことね。今日はあの女もいないしここは神聖な埼玉の上。アンタたち程度どうにでもできるんだから。いいわね!」
「へいへ~い。ぺったんこ殿のありがたいお言葉。肝っ玉に銘じておきまーす。行こうぜメア」
「べ~なのだ」
「こ、このクソガキ共……!出禁にするわよ!?」
『お、落ち着いてチヨちゃん。お客さんお客さんだから』
愛車ツクモの念話によって拳を収めたチヨだったが帽子を深く被り溜め息をつく。
「今日はあの人も乗ってんのよ。何も起きないといいんだけど……」
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「色々並べてあんのな~」
「美じゅつ品が多いのだ?」
メアの言葉通り、十三両目で売られているものは絵画や工芸品といったものが多かった。彼女たちにはその真贋は判別することは叶わないが、客と思わしき者が札束の入ったトランクを見せに見せていることからそれ相応の価値があるのだと理解できた。
そうして二人で冷やかしをしていると次第に車両の終わりに近づいてきた。するとアークの視界は異質なものを認めた。
その者は他と同様にシートを敷いてその上で商売をしていることに違いはなかった。だが、明らかに占有している面積が他のものよりも多いのだ。で、あるというのに誰も文句を唱える者はいない。それ自体が店主のここでの地位を示しているようだ。
揃えてる品も遠目からでも何故か目を離せないものばかりであったが、それ以上に店主の女の存在感が異常であった。まるで千年を生きた大樹のようなたたずまいを見せる彼女は、衣装の古めかしさ以上の歴史を感じさせた。
「お客さん。アタシの店に……何か、御用で?」
「あ、ああ……」
「商品がみたいのだー」
少しゆったりとした独特な話し方な青髪の店主に話しかけられ、アークたち少し浮ついたような感覚を得た。店主の促しを得て間近で商品を見ると、どれもこの世のものとは思えない品々ばかりであった。
見る角度ごとに全く異なる形に模様が変化する壺。見た目からは想像がつかない程に重い箱。常に身体のどこかが動いている人形。13時まで数字のある腕時計などだ。
「アタシの商品が……物珍しい、ですか?お客さん」
「こんなの見たことないのだ!店長さん一体どこでこんなの手に入れてるのだ?」
「アタシは古道具専門、ですからねえ……あっちこっちへ、出向いてはってところですねえ。苦労も、ありますが。いい出会いがあると、そんなもんはー吹っ飛んじまいますねえ」
幾つもある魔訶不可思議な道具たちの中で一際目に止まるものがあった。それは小箱。中世の王族が使っていたような衣装に錠がついた箱から目が離せない。
「おや?おやおやおや。お客様は随分数奇な運命の元にいらっしゃる、方のようだ。おまけにコレとも間接的に縁があると来ている。どうです?この寝具、買って行かれますか?」「寝具って……アタシが見てんのはこの小箱だぜ?それにここに置いてあるやつぜって~たけぇだろ!払ってられねえって」
アークからすればもっともな断り文句であったが古道具屋は手で拒否を示す。
「いいええ。こいつぁ、まぎれもなく寝具。ですよ。それにウチの商品は全部時価です。いくらで売るかは、アタシの気分次第。どうです?ここは3000ぽっきりとしておこうじゃありませんか。この不思議な道具屋に置いてあった小箱。”要るか””要らないか”どちらです?」
深海のように深く沈み込むような声色に少し飲まれかけたもののアークは、これから合う”トモダチ”のことに思いを馳せた。意味はわからないが、古道具屋曰く寝具になるというものなのであればコタツは喜んでくれるのではないかとそう思った。ならば安いものだ。
「買った」
「毎度、あり。喜んでいただけるといいですね?」
「え?」
「ふっふっふ、ああ。この小箱の鍵ですが、アタシの元に来た時には既に、なかったので、壊して取り出してやるといいと思いますねえ」
「アークぅそろそろ降りる駅なのだ」
「いっけね。じゃ、世話になったな。また買わせてくれよ」
「ええ。またのご利用を、お待ちしておりますよ」
結局、商品を受け渡された時の不可解な言葉については追及することができずにアークたちはツクモの十三両目を後にした。振り返ると窓から車掌が無礼なサインをこちらに向けていたので二人して無礼で返した。
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「というわけで怪しい古道具屋から買って来たのがこちらです」
火燵の上に置かれた錠前付きの小箱のことをアークはそう紹介した。
「わ~~きーれ~」
「ほんとねえ。いいサプライズじゃないアークちゃん!」
「めずらしくみぜにを切ってたのだ~」
ひとまずデザインは好感触であることに安心を得たのかアークは、本来の購入目的を実行することにした。
「はい。これコタツちゃんに」
「く~れ~る~の~?」
「うん。使い方は正直わかんないけど寝具にもなるって言ってたからさ。お土産、みたいな」
「わ~」
コタツがアークから差し出した小箱に触れようと近づいた時に事件は起きた。小箱が跳ねたのだ。ノミのように跳ねた小箱はコタツの額に直撃してそのまま空気中に制止した。
「コタツちゃん!?」
「い~た~た~」
宙に制止していた小箱は小刻みに震えたと思うと急に高速で動きだした。まるで小さな暴れ牛のようである。
「ちょちょちょ、なになになに?これも不思議効果」
「あぶねーのだ~!?」
「こんの……!コタツちゃんに怪我させやがって!ぶっ壊してやる。ミニアーク!」
「アイヨ」
右手にチェーンソードを現出させたアークは怒りと共に部屋を飛び回る箱に斬りかかるが小箱は恐ろしい勢いで方向転換し、斬撃を躱した。
「な!?」
そして危険を感じたのか小箱はベランダのガラスを破って外へと出ていった。
「コタツちゃん!ホントに御免!!あれは責任もってぶっ壊すから!!」
謝罪と共にアークもまたベランダから外へと駆けだした。アークネードによる飛行で小箱を追った。
「い~よ~~別~に~」
「コタツ、もういっちゃってるわよ」
「あら~」
「のんびりなのだ~」
コタツはライズとメアによって起こされるとベランダの方を眺めた。
「あの子は~窮屈~だったんーだね~」
「え?」
「ねえライズ~。屋上まで~つれーてって~」
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「くっそ~いくらこっちが不安定な足場で撃ちこんでるからって。マジでヒラヒラ避けやがるじゃね~か……」
アークは竜巻の上からハンマーナックルによるチェーンソード射出を連発していた。ミニアークにチェーンソードを回収させて幾度放てども、”トモダチ”を傷つけたにっくき小箱には当たらない。3000円払ったという事実が躊躇わせているのかもしれない。
「あの胡散臭い古道具屋も次会った時は絶対ボコボコにしてやる!……ん?メアから?」 情報端末にメアからの電話がかかってきていた。アークは攻撃を一時中断して電話にでることにした。
「もしもし、コタツちゃん大丈夫?ああ、大丈夫。よかった~……え?攻撃止めろって?コタツちゃんのお願い?なんで?……へえ。久しぶりにコタツちゃんのアレが見られるのか。じゃ、後は任せるか」
電話を切るとアークは小箱を指さした。
「やい小箱。オメーはもう終わりだ!アタシなんかよりもよっぽどスゲーコタツちゃんの神業。その身で味わいな!」
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コタツの部屋のあるマンション。その屋上にコタツたちはいる。辺りにはこれより高い建物はなく非常に見晴らしがよい。これから行うことを考えたらここ以上に最適な場所はないだろう。
「準備~かぁんりょ~」
「久しぶりね。コタツのその装備を見るの」
「スナイパーなのだ!!」
屋上でうつ伏せになっているコタツの手にはスナイパーライフルというには少々以上に異質な形状の長銃が握られていた。大きくは通常のものと変わらない。だが、ただ一点が致命的に異なっていた。そのライフルには……拳銃などに見られるリボルバーがついており、スコープの類は付けられていなかったのだ。そんな銃を押し広げた柵の合間から出し、獲物を狙っている。
「窮屈~だよーね~」
少し知識のあるものであれば異常に見えるだろうこの光景でも、この場にいるものは異を唱えることはない。元から知識のない小学生はもとより、狙撃手と長く過ごした経験のあるものにとってはこれが最適であることがよくわかっているからだ。
コタツはそのありのままの瞳で遥か彼方に位置する標的。小箱を視界に収める。
さて、ここで一つの疑問を解消しておこう。SHナマケモノ、コタツは何故日常生活が不自由になるほどに遅いのか、だ。
ナマケモノとしての特性の代償?違う。SH化することによって身体能力が上がることはあっても下がることなどありはしない。
ならば先天性?これも違う。幼い頃のコタツは通常の子供と同様に動けていた。
答えは技術にある。コタツは欠けた円環の継手に適正を見出され、ある技術を習得させられている。それは感覚と身体能力の凝縮、である。日常にて消費する力を極限まで抑え、有事において溜めておいた力で爆発的な動きを見せるこの奥義は狙撃におい撃ち、再度瞬間的に狙いを付けて撃つという本来あり得ない動きを可能にさせていた。ノーム小隊時代に残した記録は三射同時である。
効果的に運用すれば劇的な効果を発揮する反面。奥義に適応しすぎたコタツは日常全ての動作の適正を失った。これが低速化の原因である。
ならば有事の今、SHと化した彼女が身体能力を爆発させるとどうなるか。声よりも早く狙いをつけ、神経よりも早く引き金を引き重ねた。
放たれた弾丸は一射で、標的の角度を変え、二射目で錠前をコタツの側に向かせた。三射目が……避けられた。だが、彼女の連射が三発までだったのは彼女が人間であった時までだ。四射目と五射撃目が小箱の行く手を遮り、そして。
六射目が錠前を撃ち砕いた。
「当たッ……た~で~て~おーいーで~」
錠前を砕かれた小箱には即座に変化が生じた。何かが小箱から飛び出したのだ。飛び出したものはどんどんと膨らんでいった。
「あれは……雲!?」
箱より現れし、目を持つ綿雲はコタツたちの方向を見ると真っすぐにそちらに向かって飛んでいった。
「こっちにくるのだ」
恐ろしいまでの勢いで屋上まで飛んできた綿雲はそのままの速度でコタツに突っ込んだ。
「わ~」
「大丈夫なのだ~!?」
「ふかふか~。これ、さいこ~のベッドだ~よ~zzz」
「なるほど……古道具屋さんが寝具っていったのはこういうこと……ね。とりあえずアークちゃんを呼んで……帰りましょうか」
「のだ~」