10-2 いつどこシネマ
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これ以降コタツの台詞のみ実際の三倍速で表現されます。より臨場感を持って読みたい方はコタツの台詞を読むときだけゆっくりと読むことを推奨します。
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「ど~ぞ~~は~いっ……て~~?」
「お邪魔しまーす」
「するのだ」
コタツに迎えられたアークたちは勧めに従ってコタツ宅へと足を踏み入れた。最後まで扉を支えていたライズが中に入るとコタツは廊下の奥を片手でゆっくりと指し示す。
「リ~ビング~~へ~~ごーあんな~~い」
「行きましょ。コタツはお姉さんが運ぶわ」
「ら~くち~~ん~~」
ライズに腹から抱きかかえられてリビングへと運搬されていくコタツ。それを追ってアークたちも廊下を進んでいった。
「と~うーちゃ~く」
コタツの間の抜けた声と共に開けた部屋に出る。キッチンが併設されたリビングルームは大型のスクリーンと季節外れの火燵を除けばほとんど家具が設置されておらず、やや殺風景な趣があり、実際より広く感じさせる。
コタツは火燵の前に降ろされると「あ~り~が~と~」と礼を言うとゆっくりとキッチンのほうに体を向けようとした。
「あー……のーみーも~の~おもてな~~し。し~な~きゃ~」
「お姉さんがやっておくわ。紙コップと飲み物自由に使っていいわよね?」
「いい~よ~~。すま~ないーね~」
コタツが全て言い終わる前にアークとメアは火燵に着席しライズがそれぞれに紙コップを分配しドリンクを注いでいった。
皆がコップを手に取り、掛け声とともにコタツのグラスに押し寄せた。
「「「かんぱーい」」ぱ~い」
アークたちが持ち寄ったお菓子に思い思いに手をつけていくとコタツがゆっくりと口を開いた。
「お久し~ぶりだーね~アークちゃ~ん。怪我ーしてる~けど~。げん~き~?」
「うん。これ古傷だから大丈夫。久しぶりだねコタツちゃん。こっちはメールでいってた”悪友”のメア」
「そうなのだ~しょうがくせい~の~メアーなのだ~」
「真似してんじゃねえよっと」
アークはメアの頭を軽く小突くと彼女と軽く笑みを交わす。そんな彼女を見てコタツはただでさえ抜けていた力が抜けたように肩を下げた。
「仲……よさそ~。あんしーんした~」
「そ~よねー。アークちゃん、昔は人づきあいとかそこまで得意な子じゃなかったから心配してたんだけど、メアちゃんがいるなら大丈夫ってお姉さんも思ったわ」
「アークのことはメアにおまかせ。なのだ!」
「はいはい」
「私~は~アークーちゃんの~”トモ~ダチ”のコタツーだ~よ~。映画のブログをやってる~よー」
それからしばらくの間お菓子を食べたり食べさせたりしているとコタツが思い出したように長い声をあげた。
「あ~~」
「どうしたのだ?」
「せっ……かくーだから~えいがーでも~みよ~か~。パニックとかーどーお?」
「いいね。そういえばマンションの下にあったよね。いこっか」
「い~や~。でなくてもーだ~いじょぶ~」
「どういうこと?」
疑問には取り合わずマイペースな宣言がなされる。
「いつどこ~~キネマ~」
瞬間。アークたちを取り囲んでいた光景は様変わりした。殺風景な明るいリビングは薄暗く広大な空間へと取って代わり、彼女らは皆、大量に整列されたフカフカの椅子にもたれかかっていた。その視界の先には白く透き通った巨大なフィルムが存在している。この場所はつまり、
「映画館なのだ!?一体どうなっているのだ~!?」
「しー!」
「い~よ~ここー私たちしか~いな~いもーーん」
アークは尋ねる。
「えっと……これってコタツちゃんの?」
「そ~だよ~」
「SHナマケモノとしてのSH能力ね。なんでもかつてこの世に存在した如何なる映像記録にもアクセスして上映できるらしいわ。現実世界にはない特殊なルールの空間だから上映中は絶対に暴力沙汰は起きないから安心していいわよ」
「おかし~のー種類がーすくないのは~ごめんーね~」
長くなるのを危惧したのか、途中で言葉を奪ったライズの説明で、アークはひとまずの納得を得る。しかし、それと同時にアークにはある疑問が湧いてくる。
「あれ、でもこれっていわゆる違法視聴じゃ……」
「そ~……かも~~?」
「きぶつはそんまが何か言ってるのだ~」
疑問に答えが出る前に映像が始まったことにより一同は静かになった。
予告編を挟まずにすぐさま流れ出した本編は、独り暮らしの女性が、自身の元に送られてきた小箱を開けると中から殺人鬼が現れ、殺されてしまうという冒頭で幕を開けた。 それからすぐに一組の男女による助長な恋愛のやりとりがたっぷりと描かれた後に、彼らがデートへと向かった街のあちらこちらに冒頭の小箱と同じものが映される。これから惨劇が披露されるかと思われた中、延々とカップルのデートシーンが流れ殺人鬼は全く姿を現さない。彼らが外に出て来るのは本編開始から一時間程立ってからのことであった。
11人の殺人鬼たちが街に解き放たれ、ついに本番が始まった身構えた観客たちであったが、フラフラと焦点の定まらぬカメラワーク。肝心の殺害の瞬間がまともに映っておらず下手な叫び声だけが聞こえる殺害シーン。街が騒然となっているにも関わらずデートを続行するカップルの痴話喧嘩が続き……。そしてあまり盛り上がることなく、やたらと長いエンドロールが流れて終わりを迎えた。
一つの作品の鑑賞を終えたアークたちの感想は一つだった。
((クッソつまらねえ……!!))
異心同想の後にシアター主のコタツは戸惑った声を伸ばす。
「あ~れ~?おーかーしーな~。ごめーんね~。ながーすのー間違えちゃっ……た~」
「そうよね!?だってこれほぼ痴話喧嘩映画だったものね。確かに私はパニックになっちゃったけど」
「く、クソ映画は突っ込んでいい奴ってわかってねえのはキツイって思い知った……」
「不意打ちだったのだ~」
精魂尽き果てたように皆が口々に感想を述べるとコタツも少し申し訳ないようで、
「じゃあ~お口直しにーもういっぽん~観る~?」
「「いえ、結構です!!」」
「そっか~」
提案を断られたコタツはしばしの間虚空を眺めていると不意に、というにはゆっくり過ぎる動作でアークとメアに体を向ける。
「そうだ~メアちゃんって~。アークちゃんが~昔どんなだったか~知ってる~?」
「ライズ姉ちゃんからちょっと聞いたのだ。委員長みたいだってうたがわしいのだ~」
「じゃあ~その頃のアークちゃ~ん。みてーみたい~?」
「え、ちょっとコタツちゃん!?」
「見れるのだ!?見たいのだ!」
「あら、久しぶりに皆が見れるのね。いいじゃない」
「え~」
約一名を除いて合意が取れたことにより新たなる映像がスクリーンに映し出される。それは先程の映画よりもなお少ない予算で取られた、ある少女らの輝かしい思い出の記憶であった。