10-1 コタツ
<麺類を啜る女性の声>
ズズ……今日は……ズズー!アークは……ズ……メアを連れて街に繰り出しているようだねズルズル。
「そういえばアーク。”トモダチ”からは連絡来たのだ?」
「ん?あー……コタツちゃんのことか。メールは送ったんだけどまだ返事来てねえんだよ……な」
「ええ~もう埼玉に行ってから一月も経つのにだ!?メアたちのクラスじゃメッセージを一晩放置したら次の日の給食の牛乳全部押し付けられるのにだ!?」
「陰湿だなお前の学校……オン?」
フー……フー……ズズー……おやぁ。麺を啜っていたらアークの携帯端末に着信が。これはひょっとするとひょっとするんじゃあないか?期待して見守ろうか。ジュル。
「言ってたら来たぞメアー!コタツちゃんからだ。明日家に来ていいって!ライズちゃん誘って行こぜ!」
「楽しくなってきたのだ~!」
ビンゴ!なるほど今回はトモダチ回という奴か……ズルズル、明日は眼が離せないな。ズゾ!御馳走様でした。
これで5食連続カップ麺か。買いだめの期限忘れてた僕が悪いけどどうにも貧層な気分になってくるねえ……。
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浮遊都市埼玉県貴値真市は日本一多種多様な映画館が市内各所に点在する住宅街である。アークたちが朝一番に訪れたマンションにもまた当然のように映画館が内部に備え付けられていた。
アークはメアとライズと共にメールに記載された部屋の前に立っている。傍目にもわかるほど緊張した面持ちの彼女は若干上ずった声で隣のライズに声をかけた。
「ライズちゃんは……コタツちゃんのお家に来たことってあるの?」
「んー何度かね~……もう、そんなに緊張しなくていいのよ。コタツだってお姉さんと一緒で昔とそんなに変わってないんだから。自然体のアークちゃんで、ね?」
「む~何をしりごみしておるのだアークぅ。こうなったらメアが先陣を切って鳴らしてきてやるのだ」
珍しく消極的な様子のアークに痺れを切らしたのかメアはドスドスと足を踏み鳴らしドアに歩を進めた。これにはアークも慌ててメアを抑え。
「だぁ~!やる!これはアタシがやんの!!……アタシが自分でやんなきゃ意味ないことだから……ちゃんと見ててくれよ”悪友”」
「む~……仕方ないのだ。見ててやるからしっかりつとめをはたすのだ”悪友”」
「ん」とメアを放すとアークは立ち上がり扉を正面に捉える。目を伏せ、深く呼吸を整える。怯えが止まった。
瞼を開けてゆっくりとしかし確実に指先を進ませる。丸みのあるボタンに触れて。
ピンポーン。押した。
甲高いドアチャイムの音が反響し収まっていくとアークはゆっくりと振り向いた。
「やった……ちゃんと押せた」
「よくやったのだアーク!これで後は”トモダチ”が出て来るのを待つだけなのだ」
「頑張ったわね~アークちゃん。それじゃあ今から」
「うん、今から」
そう、彼女に会うには来訪を知らせただけではいけない。
「下の喫茶店でお茶していこうか。30分ぐらい」
「やっぱりそうなる?」
「どうしてなのだ!?」
♦
コタツ宅のインターホンを押してから30分の時が経ち。アークたちは再び扉の前に戻って来ていた。
再び扉前での待機状態となっているのが不満なのかメアは納得のいかない顔をしている。
「ケーキごちになったのだライズ姉ちゃん。でもなんでピンポンしたのにわざわざ下におりたのだ?これじゃあただのピンポンダッシュなのだ。帰ったらマミーたちにおこられちゃうのだ」
「アタシはなんとなくわかるけど……コタツちゃん今でもなの?」
「そうよ~。お姉さんたちが喫茶店にいったのはあのままいても扉が開かないから。それなら涼しいところで甘い物食べてたほうがいいでしょ?」
「開かない?開けてくれないのだ?いじわるなのだ?」
もっともなメアの疑問にライズは「ん~ん」と首を横に振る。
「開けられないのよ。チャイムを聴いてコタツが寝床から起きだして扉を開けにくるまで大体半時間ぐらいみとかないといけない。コタツはね……生粋ののんびり屋さんなの」
「のんびりのスケールが大きすぎるのだ……!」
「変ってないね~」
「はははは」と談笑をしていると何かに気付いたようにアークが静まる。その様子をライズは細い笑みを浮かべて眺めた。
「気付いた?」
「うん。扉の前、来てる」
アークの扉越しに感じる懐かしい気配は次第に、ゆっくりと強くなっていく。
「ようやく」
ようやく。扉が開かれる。
「い~~~~~~らーーーーーーしゃ~~~~~いーーーーーー」
欠伸をしたくなるほど間延びした声と共に現れたのは小学生であるメアよりも小柄な少女。丈を大幅に余らせたダボ付いたパジャマルックの彼女はろくに整えられてないぼさぼさの髪を振り、眠たげな眼で力の抜けた笑みを作った。
「コタツちゃん!!」