9-20 真相究明
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アークとメアが帰った後も、ポーとアトイはしばらく港に残っていた。周囲に人気のない、波のさざめきと空の海鳥たちの声だけが聞こえる静寂な空間で、アトイが音を追加する。茶封筒を懐から出した彼女はポーにそれを渡し、言った。
「いやあ、君にも苦労をかけたね。依頼達成ごくろうさま。また困った時はよろしく頼むよ」
「わーい!ありがと~!!い~っぱい入ってるね。アトイ市長だーいすき!!」
「ははははは、若い娘にそう言われると私もまだまだやっていけそうだね」
飛び跳ね、ポーズをとるというこれみよがしに喜んだ動きを見せたポーはいそいそと茶封筒を懐にしまいこむとアトイに問うた。
「でも、ポーちゃん市長から依頼を受けた覚えはないよ」
「それはホラ、偶然のなりゆきとはいえ事件を解決してくれて場を収めてくれたからさ 「嘘、だね」
ポーはこれまでの甲高い声が嘘のように冷たく低い声で言った。新雪を踏むように指摘された市長はポーの突然の豹変も気にしない様子でこれまで通りの声色にて訊き返した。
「嘘とは?」
「偶然ってこと。私は意図的にあの島に呼ばれたんだよ。……あなたにね」
「これはおかしなことを言うねえ。君は実に不幸な成り行きで島に着弾した。それは君も語ったところだろう」
「あなたなら私の体質のことを知ってるでしょう。それを使ったんだよ」
ポーは自らの身の上を感情込めることなく語っていく。
「私は昔から事件に巻き込まれ続ける特異体質。でもこれにも少しは法則がある。距離が近くの事件に引き寄せられやすい、そして通常の事件よりも、超常現象や異能が関わっている事件のほうが優先度が高くなる。わかるよね。今日私が解決した事件は両方ともSH絡みだった。加えていうならここ数日解決した事件も殆どがこの近辺で起こった
能絡みだった。そしてどの事件の背後にも何者かの意図を感じてたの」
「それが私だと?買いかぶりすぎじゃあないのかい?」
のらくらりと言い逃れるアトイであったが名探偵は逃がしはしない。
「今回の犯人、ソウおねーさんはアトイ市長の紹介でウシワカ館に雇われたと聞いているけど」
「彼女の有能さは市長である私の耳にも届くところだったのさ。家事に悩んでいる三人の力になってあげたくてねえ。それで彼女を紹介したわけだよ」
「あの家で仕事をするようになったソウおねーさんは直ぐに兄妹の歪みに気付いた。情報を集めていくなかで自分を紹介したのが市長だってことにも行きつく。そしてあなたにコンタクトを取った」
アトイは名探偵の言葉を否定することはなかった。そればかりかにやけた緩い表情で補足すらおこなった。
「そうだね。確かに彼女はこの私を訪ねてきた。随分とお酌が上手くてね。酒が回ったこともあってついつい色々としゃべりすぎてしまった」
「そして彼女はホカンおじーさんの個人情報と今日のことを知り兄妹の溝を埋めるために利用しようと考えた。本当の居所と身分を知っていた彼女にとってはホカンおじーさんを攫うことは容易かっただろうね。色々といったけどあなたが本当に力になりたかったのは三兄妹ではなくホカンおじーさんのほうだね」
「おいおい人聞きが悪いね、ちゃんとイッコウ君たちの力にもなってやりたいとは思っていたよ?」
「ホカンおじいさんと以前から親交を持っていたあなたはよく三兄妹たちについて相談を受けていたんじゃないかな。そして関係の改善を求めるなら恩人であるホカン氏が直接出向き指摘することが一番だと、そう助言し今日の場を整えた。だけどそれだけでうまくいくとは思っていなかったあなたは、ソウおねーさんを使って兄妹が互いに思い合っていることを行動でもって示させる必要があったんだね。ポーの推理もあって結果としてそれは成功したってわけ」
ここまで聞くとアトイはわざとらしい大仰な手ぶりで否定してみせた。
「ちょいちょいちょい。流石にそれは穿ちすぎじゃないかい?だってそんな方法は確実性に欠けすぎる。関係改善をするなら他にいっくらでも安全な方法があるじゃないか。これじゃあ一歩間違わなくても全てが破綻してしまうよ?私になんの得があるっていうんだい」
「上手くいかなかった結果。彼らが破綻しても、彼らとの付き合いが今後一切途絶えたとしても、あの混沌とした馬鹿馬鹿しい狂乱の中にいられるならそれでよかったんでしょう。あなた、そういう人の目をしてるよ」
その飛躍したとも言えるいいように。当のアトイは肯定も否定もせずにただ薄っすらとした笑みを口元で浮かべていた。
「見知らぬ者も、裏切者も、旧友とその教え子も、自分の楽しみのために全部利用したんだ。本当に恐い人だね。あなた」
「はっはっは。そんなに褒めていいのかい。私を木に登らせたいのなら、おだてるよりも木の上に金でも括りつけておいたほうが確実だよ?取った金は返さないけどね」
「褒めたように聞こえたなら至急病院に行くことをお勧めするね。現職市長が狂ってるなんて市民にとっては笑えない話だよ」
そっけない回答にがっくりと肩を落とすアトイであったが直ぐに心底楽し気な様子に戻り質問してくる。
「さきほど裏切者も私が利用した、と君は言ったが。私は彼女をどう使ったと思う?君の考えが聞いてみたいなあ」
「まずは調子に乗ったソウおねーさんを殴って止めるブレーキ役。だけど本命は違うよね。あなたはアークちゃんで何かしようとしている。でもあの娘は死体に……殺人に関する強い忌避が見られるね。何かトラウマがあるんだろうけど……。あなたはあの娘を雇ってソウさんとぶつけることで、自分と繋がりを作っただけでなくトラウマの深度とその荒療治をしようとしたんじゃないかな。そしてそれはある程度成功した」
「ふふ、どうかな」
潮風に流すように笑うアトイに、ポーはシャボン玉を吹きかけ、氷海のような表情で指摘する。
「でも全てを操っているように見えるあなたにも予想外のことは多々あった。一つはアークちゃんのストーカーの彼女。ポーちゃんが指摘するまで全く気付いてなかったでしょ。珍しく大人しかったからよかったけど。あなたはともかく本当に何人死んでてもおかしくなかった。そして警察のあの人。まさかあのレベルの人が来る何てって感じだけど。あなたにとっては扱い安い性格でよかったよね。すごく面白かったでしょ」
推理の内容を全てを聞き終えると、アトイは甲高い拍手を送り、名探偵を称賛した。
「最高だったよ。彼女も、君の名推理もだ。それで、推理を終えた名探偵は黒幕をどうするのかな。訴えるか、それとも力で裁くのか。ふふ、どうなっちゃうんだろうね私?」
ゾクゾクと体を抱き、身震いさせる黒幕兼現職市長に名探偵は背を向けた。
「アレ?何もしないのかい?やらなくていいのか~い?」
「それは探偵の仕事じゃないよ。それにもっと相応しい人が来ているみたいだし」
「へ?」
「随分楽しくやっていたようだな」
アトイの背後にはいつの間に背の高く荒々しいボリュームのある髪の女性が拳を鳴らして立っていた。成人男性でもまともに受ければ泡を吹いて倒れかねない殺気と圧力を受けアトイは錆びたロボットのようなぎこちない動きで後ろを振り向く。
「リ、リト君……いつの間にここへ……?いや、違う。これは違うんだ」
「何が違うのか、今からお前の身体に聞くことにする」
「ちょ、まっ!?ブベラ!?」
打撃音と悲鳴を背に名探偵は歩みを進める。
「ギャアアアアア折れる折れる折れる!ちょっと!ちょっとー!!市長が!現職市長が暴行を受けています!ねえ!あれ?聞こえてない?アイヤアァァァ!?」
「うるさい……」
「ちょ、沈められる……沈められちゃいますよぉー!?ガボボボボボボボ!ぶはぁー!生き返るわー!ガボボボボボボ!!!」
シャボン玉を吹き流し、背後の悲鳴が耳に入らなくなった頃、名探偵は月を見上げて呟いた。
「助手でもいれば少しは楽になれるのかな……。なんて、そんなこというのらしくないよね」
らしくないが欲しいのも事実だ。事前説明に現場の取り仕切り、物理的な戦闘に至るまで今回のアークは非常に便利だった。より自分に適したそういった存在がいれば自分の安全も守りやすくなるだろう。
今は望むべくもないがいつかはこの月のように見つかればいいと思う。
「さて、次の事件はどんなのかな」
探偵は夜を征く。
第九話「ウシワカ館の連続殺人」完結です。いっぱい死にましたね。
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