9-16 犯人登場
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名探偵に指し示された犯人。天狗は仮面を被ったまま不気味な変声音を響かせていた。アークは傍らのメアを気遣いながらも注意深く動向をうかがっていた。
犯人はしばらく笑っていると不意に仮面とかつらを外しその素顔を見せる。
「やっぱり……」
「ソウさん……あるのか、こんなことが」
一部を除き驚愕する面々に構わずソウは淡々と述べる。
「バレちったですか。まあ貴女様がこの館にカムカムした時点でこうなることは確定していたようなものですからね。オソカレーハヤカレーというわけでございます」 「あいかわらず何言ってるのかわからんのだ……!」
衝撃的な犯人の登場に場を収めるべき刑事たちは別のことで慌てているようだった。
「待てよ。この老人が……ご老人が真のガンホー氏だとすると。……それを足蹴にしてしまった僕はかなり不味いのでは!?」
「何をやってんだこの駄犬は……!!ええい切り替えろ!貴女がソウさんですね。今回の盗難と……なんだ、まあいい。事件についてお話を聞きたいので署に同行願います」
先輩刑事の方は後輩と違いなんとか警察としての職務を全うしようとしているようだが犯人は応じなかった。
「そんなことはお琴ワニでございます。私、まだやることがございますので」
「何がやることだ!散々おちょくりやがって……!!」
まるで反省した様子のないソウに対してアークは遂に堪忍袋の緒が切れた。床を踏み砕き、間のポーに衝突しないように殴りかかる。だが、その拳は空を切った。
ソウは一瞬にして背後へと跳躍するとアークの攻撃範囲から離脱する。そして彼女の服装はいつの間にか元の家政婦服へと変わっており。足元には先ほどまで着ていた天狗衣装が丁寧に折りたたまれ上には化粧品箱が二つ置かれていた。
「テメェ!その反応やっぱSHか!」
「暴力はダメヨーダメダメ、でございます。これ以上やるのであればアーク様には酷なことになりますが」
「勝手に言ってろ!」
ハンマーナックルを右手に装備して怒りのままに殴りかかるすると拳が届く前にソウは死んだ。
「────!?」
全身に刺突の痕がある血まみれの遺体と何らかの文字列が目の前に現れ、それを直視してしまったアークは再びかつての記憶が蘇り、目を逸らす。
「──っはッ……!?あ……!?」
新鮮な血の臭いと惨殺したいによって否応なくフラッシュバックするトラウマと吐き気。目に涙を貯め、息を荒くしていると一陣の風が頬を撫でる。
「──ガッ!?」
蹴り転がされたアークは未だ動揺の収まっていない者たちの前で止まり呆然と頬を撫でた。
「アークゥ!大丈夫なのだ!?」
「ん……大丈夫」
すぐそばに駆け寄って来た”悪友”の声がけに落ち着きを取り戻しつつあるアークだったが被害はそれだけではないようで。
「兄貴!姉貴!ちょっと!しっかりしてってば!?」
次女のアマミが床に倒れ込みつつある兄と姉を支えている。支えられる兄たちは妹の献身に感じ入るものがあるようだ。
「死体を見たぐらいで卒倒しそうな情けない兄を許してくれ……それにしても自分も直視したというのに私たちを気遣えるとは……立派に育ったな……。はっ!?」
「いつもごめんなさいねアマミちゃん……アマミちゃん素材がいいからもっと綺麗に可愛くしてあげたくてお化粧のこと口煩く言っちゃうの……。アラ?」
「二人ともなに死亡フラグみたいなの立ててんの!?兄さんたちにはまだまだ教えて欲しいことが……。何これ!?あの変な文字列を見てから本音が止まらない……!?え、やだ!?」
大混乱の兄妹たちだが彼らの恩人にもまた変化が訪れたようであった。
「う……うう……ふぁ~よく寝たのう。んぅん?まだ夢の中なのか。見知らぬ風景が……ややや、あの子たちは!」
「オウカ、アマミ。お前たちはどれだけ大きくなっても私の可愛い妹だ!ああ!?」
「ワタシ二人とまた一緒に何かを作りたいってずっと思ってたの!いえたわ!」
「さっき二人が庇ってくれてたって知って凄い嬉しかった……。もー、なんなのコレ!?」
ガンホー氏は普段は険悪な教え子たちが緊急事態に仲良くしているところを見たためか瀑布のような涙を流した。
「お、おおおおおお!おおおおおおお!!あの子たちが、あの子たちが昔のように仲睦まじくしておる!こ、これが儂が望んでおったもの!?夢ではあるまいな!」
「夢ではないよガンホー氏いや、ホカン氏。直接会うのは久しぶりだねえ」
「おお。アトイ市長!何が何だかわかりませぬが感謝いたしますぞ。……な、なんで儂半裸なんじゃ!?」
元天狗が自分の異常に気付いた頃に混沌の元は人のいい笑みを浮かべていた。
「私のやりたいこと……。つまりはこの状況そのものでございますよ。人と人との間に秘密や隠し事はイラナッシング。それが家族ともなればなおさらにございます。それをつまらない意地やコンプレックスで隠し立てするとは、コンゴ横断」
「ごめん。大体わかったけどやっぱわからん。何?コング?」
「昔の文化に触れるのも教養というものでございますよアーク様」
「最新コンテンツが多すぎてちょっとなぁ!!」
再び突撃するアークであったがそれよりも早くソウは死んだ。今度は四肢が飛び散り目が抉れた凄惨な死に方でそれを直視したアークは再び怯み動きが止まる。そのどてっぱらを再生した足が撃ち抜く。
「く……そ。メア、大丈夫!?」
「ミニアークのせいで見えないのだ~!」
「でかした!」
振り返るとメアの顔に取り付いていたミニアークにグッドサインを送っておく。とはいえこちらの調子はまったくグッドではない。たしか相手の言う言葉的にはチョベリバか。
「しばらく大人しくしていただけますかアーク様。まだご主人様方の交流が十分でないようですので──!」
犯人の戯言を止めたのは名探偵による一閃の蹴りだ。彼女らの周囲を純白の翼が雪のように舞い散る中で、犯人は蹴りを受け止めつつ言った。
「あらあら。できれば貴女様にも大人しくしていただきたいのですが。恩人とはいえ私の趣味のお邪魔はされたくありませんので。……それにしても仮面の奥でずっと見ていましたが未だにあのような振る舞いをされているのですね。素直になれる相手はまだ出来ませんか」
「それはポーちゃんには出来ない相談だね♪大人しくお縄につきなさい!ソウおねーさんその趣味でいくつも人間関係壊してるでしょ!素直に言うけど、大きなお世話だし趣味悪いよSHオランウータン」
「素直に言いますと、そのノリはアイタタタタタでございますよSHツル」
そこまで言うとオランウータンは自ら発火して焼死した。ガソリンをぶちまけた跡に放火したような凄まじい火の手が上がっていたが、死体と密着していた探偵の足は氷につつまれ守られていた。彼女は炎を無視して焼死体を密着状態から蹴り飛ばした。
探偵は腰に両手を当て、胸を張る。
「ポーちゃんのバリツはどんな状況でも対応できるのです!エッヘン!」
「のだ!?名探偵はSHだったのだ!?」
「エヘヘヘヘー黙っててごめんね~」
「一緒にアイツぼこってくれんのか?」
「うんうん。ソウおねーさんはちょっとお痛しすぎちゃったからね。お灸をすえちゃうぞ~!」
「死体を躊躇なく蹴り飛ばすとか、本当に探偵でございますか貴女様」
こうして二頭のSHは並び立ち共に調子に乗って死に急ぐSHと対峙するのであった。