9-9 ウシワカ館の天狗
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事前の取り決め通り第一班は会議室に訪れていた。班員であるメアもまたそこでの捜査に加わっている。彼女はミニアークと共に主に床を中心に見て回っていた。すると直ぐにそれは見つかった。
「これもしかして外せるのだ?外したのだ」
「行動ハエエーヨ」
取り外し可能な床を外すと地下の階段と思わしきものが見つかった。そしてこれを見た瞬間メアの頭にある発想が浮かび上がる。それはアトイと三兄妹が共謀してソウを殺害したという疑いだ。彼らは互いにアリバイがあるというがそれは窓もないこの部屋から外に出ていないという保証があってのことだ。もしこれが外に繋がっていたとしたらメアたちの目を盗んでいつでもソウを殺すことができたはずだ。トア曰く死体がどう考えても変ということも死体が消え去ったことにより何が関わっているのか見えてきた。恐らくこの一件はSHかそれに類するものが関わっているのだ。サンにSHは女しかいないと聞いた覚えがあるのでアトイとオウカとアマミ。誰かが、もしくは全員かもしれない。SHなのだろう。悪友を犯人扱いされて気が立っているのかもしれないがそうなのではないか、と思う。
会議室では大人たちが「この部屋で特筆すべきことはありますか?」「地下室への……」といった会話をしていた。止められる前に階段を降りる。すると降りる毎にある感覚がメアを襲ってくる。
「く、くっさ~!!なのだ!?」
「先ニ行くンジャネエ……。クッサー!!」
強烈な焼売臭、そして肉まん。街角で嗅ぐ分には食欲を煽るいい匂いというべきものだがこれは強烈が過ぎた。そして今の声を聴いて大人たちも気づいたようだ。振り返ると鼻をつまんでこちらをのぞき込んでいる。
「メアくんは先走るねえ。若いのはいいことだ」
「あの……。この臭いは一体?」
「ああ、兄貴がいま地下室で新製品の実験中なんですよ。焼売バジルと肉まんミント。どっちも高級店みたいな味と香りがするんだけど、臭いから、鰻薔薇はともかくこんなのは外でやるなってウチと姉貴で地下に追いやったんです。そんな場所だけど‥‥…調べます?」
イヌカイはその端正な顔面に静かに青筋を立て吐き捨てるように言った。
「……一応」
メアとしては地下通路から外に出られるなどの真実が浮かび上がることを期待したのだが残念ながら会議室とその地下からは臭う植物しか発見されなかった。
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リビングルームの捜査を終えた第二班とアークは一足先にホールへと戻って来ていた。彼女らの捜査は見事空振りに終わり、第一班の成果を待つばかりである。
権力の犬が館の主たちにおべっかを使ってるさまを半目で聞き流し、踵を床に付けては離しを繰り返しているとお待ちかねの会議室が開いた。
「う~、アークゥ……」
「メア。くっさ!?寄るな寄るな何してきたんだオメーら!?」
「ウツシテヤルヨクソマスター」
中華風の香を漂わせながら追いかけてくる小学生と電子生命体から逃げ回っていると、いけ好かない警察官が鼻をつまんで大笑いしているのを確認する。
「ふっはははははは!イーヌーカーイーせーんぱ~い。そんな体臭で近づかないで貰えるかな~?この高貴な僕のペアであるという自覚がまるでなってな──鼻フック!?」
先輩刑事を指さして笑った制裁は速攻でなされた。アークたちはホールをぐるぐると四周ほど回るとアトイたちに合流した。
「そんでどうする?次は二階か?」
「少し待ってください。今しつけの最中なんで「ギャワン!?」はい。済みました。それでは行きましょうか」
「たった今、捜査員減ったけどな」
イヌカイがレヴンを引きずって歩き、左手側の階段に足を乗せたと同時にそれは起きた。
ピンポーン。
何の変哲もない換歴以前から続く一般的なインターホンの音だ。警察がこの館にやって来た時と同じ音が、今ここで響いている。
引きずられていたレヴンは一瞬で意識を取り戻し、腰の拳銃に手をかけるとペアに声をかけた。
「先輩」
「皆さんその場を動かないで。とち狂った犯人という可能性もあります。御兄弟に確認したいのですが、今日この場に他に尋ねてくる予定のある方はいましたか?」
「……は。あまりの事態に忘れていましたが。います。我々家族の恩師の方がちょうどこのぐらいの時間に訪れることになっていました」
「こんな事件の真っただ中に迎えることになるなんてね……」
「せめて連絡が付けばよかったんだけど」
刑事たちは兄妹たちから情報を得ると皆を下がらせて扉の前に立ち、来訪者に尋ねた。
「申し訳ないね。当館はただいま立て込んでいる、失礼だが念のため名前を確認したいのだが」
若干エラそうながらも油断のない声が届いたと見え。向うから返事が来た。
『ふむ。何が起きているのかはわからんが……。儂はガンホーというものよ』
明らかに加工された声にアークや刑事たちが緊張を強めているとアトイがあっけらかんと宥めた。
「大丈夫だよ。今日来る予定のガンホー氏で間違いない。あの人は少々変わり者で人前ではボイスチェンジャーを使って喋るんだ。入れても問題ないと判断する」
「……本当ですか?」
「ええ。直接お会いしたことは一度しかありませんがその時と時折交わす通話でも全て変声されています」
市長と長男のゴーサインに怪訝な顔をしつつもイヌカイは相方に合図して扉を開けさせた。
そうして出て来た者の姿に、アークは息を呑むことになる。
『随分人が多いの……警察まで。何があった?』
「て、天狗だ」
下駄を履き。杖をついた青の山伏服を着たその者は、真っ赤な鼻の長い。天狗の面を被っていた。