9-7 傀儡探偵メア
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アトイからあまりにも残酷な宣告をされたメアであったが彼女は狼狽えず直ぐさま反論した。
「アークが犯人なんてそんなのうそなのだ!」
「ソウダソウダ!クソマスターハズット部屋ノ前デメアトダラダラシテタンダゼ」
「しかし状況から考えてアークさんが最有力。次点で君が怪しいんだ。我々にはアリバイがあるしアークさんの話からは怪しい人物の侵入はなかったようだからね」
「さつじんきが思いっきり入りこんでいるのだ……!」メアはそう言いたかったが世界で一番おっかない
存在から口止めが入っているので言えなかった。言ったら多分ではなく死ぬ。
とはいえこのままではいけない。悪友がしょぼくれてしまっている。なんとかせねば。
「アークはちこくするし借金は返さないしエロいけど人をころしたりなんて絶対しないのだ!」
といってもアトイはともかくイッコウとオウカは依然アークに警戒を露わにしているように見える。
メアはミニアークと共に勢いよく振り返り焦燥感と共にひそひそ話しで作戦会議を行う。
「ど、どうするどうするなのだ~このままじゃアークがいじめられっぱなしなのだ!」
「オオオオ落チ着ケメア!ナンカアルナンカ……ア」
何かに気付いた様子のミニアークは周囲の警戒も他所にゴソゴソと存在しない懐を漁り紙片を取り出す。それはトアから渡された連絡先のメモであった。
「アイツハ多分コノ状況ヲ予想シテタンダ」
「後がこわいけど仕方ないのだ……トアねーちゃんにれんらくを取って欲しいのだ」
覚悟を決めたメアに対して痺れを切らしたと思われるイッコウが声をかけた。
「おい、何をしているんだ君たち」
「今大事なところだから黙ってるのだ!」
「す、すまない!?」
小学生の一喝は成人男性をたじろがせるものだったがそれは予期せぬところにも届いていた。
『へー、突然かけてきて第一声が黙ってろなんて凄い勇気があるんだねえ』
「の……トアねえちゃん……!?今のはちがうのだ!?」
通話は既に殺人鬼と繋がっていたようだ。若い命がかかったとんでもなく重い沈黙が続いたのち軽快な笑いが聞こえるてくる。
『ふふふ、冗談冗談。そっちの状況は分かってると思うよ。アークちゃんが疑われてる。だから私を頼っ
てきた。そういうことでしょ?』
「おー話が早いのだ。そういうことならトアねーちゃん。アークのうたがいを晴らしてやれないのだ?」
『うーん私むやみに人前に出たくないしなあ。そうだ、死体の状態とか私のところに送ってこれる?』
「どうなのだミニアーク?」
「イチオー録画シテルゼ」
ミニアークがソウの遺体を記録した映像データをトアの連絡先に送ると返事がある。
『届いた届いた。ふーん……これはアークちゃんには無理だね』
「やっぱりなのだ」
『アークちゃんは他人の命を奪うことはかなり忌避してるから、こんな殺した後に執拗に身体を痛めつけるなんてやり方は精神の方が持たないんじゃないかな』
「そろそろいいかしら?私達としてはあなたたちに警察が来るまで大人しくしていてほしいのよね」
相談の途中で再び声がかけられる今度こそはやり過ごすのは難しそうだと判断すると、メアはミニアークと共に翻り堂々と言い切る。
「そんなのおことわりなのだ!今からこの名探偵メアがアークの無実をしょうめいしてやるのだ!」
「ソーダソーダ!」
「……メア。ミニアーク」
久しぶりに反応を返すアーク。メアには彼女の瞳にかすかに光が燈ったように見えた。必ず成し遂げる。
「君、子供の悪ふざけもいい加減にしないと」
「まあ待ちたまえよ。こう見えてメア君は実に聡い子だ。この子が自信を持っていうならば、耳を傾ける価値はあると思うよ。警察が来るまでまだ時間があるのだから暇潰しには丁度いいだろう?」
「市長がそこまで言うなら……。いいわ、続けてちょうだい。お嬢ちゃん」
「うむ!まかせておくのだ!」
力強い宣言の後、メアは片手で壁を作り腕時計に小声で声をかける。
「で、どうすればいいのだトアせんせー?」
『メアちゃんの表皮って剥いだら部厚そうだよね。まあいいや。今から言うことをちゃんと伝えてね』
メアはトアから言伝を受け取ると存在しない鹿撃ち帽を目深にかぶり語り始める。
「まずさいしょに言うとアークは犯人ではないのだ」
「ふむ、根拠を聴かせてくれたまえ」
「一つ、アークは会議の間ずっとメアと一緒にいたのだ。でもこれはしょうめー出来ないから置いておくのだ。大事なのは二つ目、ソウねーちゃんの死体はぜったいおかしいのだ」
「そりゃあの状況はどう考えてもおかしいが……いや待て、君はずっとこの部屋にいたはずだろう。ソウさんの遺体の状況を確認できたはずがない!」
長男の指摘にメアは目一杯ニヒルな顔を浮かべると否定した。
「ミニ―アークが現場をろくがしてくれたからメアは現場に出なくてもすいりできちゃうのだ」
「安楽椅子探偵ーッテヤツダナ」
「あなたこんな小さな子にあんな光景を見せたの!?私だって気分が悪くなったのに。信じられないわ!」
長女による批難を受けミニアークは体育座りでいじけてしまった。実際メアは映像を見たわけではないので少し悪いことをしたような気がするがこのまま続ける。
「ソウねーちゃんの周りに落ちていた血のあとは全部かたまっていたのだ。ちょっとした量ならともかく血の池は流石にすぐには固まるはずないのだ。それと……だれかソウねーちゃんの死体にさわった人はいないのだ?」
メアの確認にアトイが挙手した。
「私だね。彼女の脈が止まっているのを確かに確認した」
「それで、ねーちゃんの関節はどうだったのだ?」
「そうだね。かなり硬くて彼女の腕はほとんど動かなかったよ」
その答えを聞くとメアはトアからの指示を待つために空想上のキセルをふかす。
長い沈黙の後、傀儡探偵は再び語り始めた。
「ソウねーちゃんの体がかたかったのは死後こうちょくという現象が起きていたからなのだ。ふつう死んでから二時間ぐらいから起こり始めてじょじょに体がかたくなっていくっていうやつなのだ。かなりかたいってことは二時間じゃきかないだろうってことなのだ」
「つまり?」
促しに合わせて求めていた、メアたちにとっては自明であった答えを示す。
「血のことと合わせてアークとメアが自由だった時間とソウねーちゃんが死んだ時間は合わないってことなのだ」
推理の後は静寂が訪れる。全員がその理を飲みこんだ後。ぽつりと言葉を零すものがいた。
「メア……じゃあ、私やってないって……そういうこと!?」
「当たり前なのだ」
「ナンデクソマスターガ自信ネーンダヨ」
弱り切った悪友はらしくない涙を零した。メアはへたり込んだ彼女に歩み寄りミニアークと共に頭を撫でてやる。
他人の力を借りたものの不当な状況に理を示し悪友の無実は主張した。だが体は子供、頭脳は殺人鬼な名探偵が導き出した推理は同時にもう一つの事実を浮かびあがらせる。
「待て、それじゃあ……。そんなことがあるのか!?」
名探偵はただ事実を述べる。
「つまりソウねーちゃんは会議が始まるよりも前に死んでたことになるのだ」
現実を否定するような衝撃的な発言にある者は口を閉ざしある者は理解を拒む。
「しかしだな。我々は会議が始まる直前にソウさんの姿を見た。アークさんたちに至っては会議の途中ですら彼女を見たというじゃないか。それならばここにいる者たちが見たソウさんは、そして亡くなったソウさんはそれぞれ何者なのかという話になってこないか?」
「そ、そうよ。そんな可能性を考えるよりアークさんが血を短時間で乾燥させたり死後硬直の時間を工作したって考えたほうが自然のはずだわ!」
再び湧き上がる疑念の火。探偵はこれを消し止めなくてはならない。それには殺人鬼の言葉はもう必要ない。悪童が言葉のスプリンクラーを作動する。
「いいかげんにするのだ!ソウねーちゃんの死体は明らかにおかしい。これは兄ちゃんたちもなっとくできたはずなのだ!そしてアークがころしたなら行動がおかしすぎるのだ!バレないようにズルしたのなら自分がうたがわれないようもっとちゃんとズルしてたはずなのだ。アークはバカだけど頭は悪くないのだ!それが直ぐうたがわれるようなじょうたいでみんなを呼んだのは自分がやってないのがわかってるからのはずなのだ。だというのにショックを受けたことにつけこんでみんな好きかってに言いたい放題だったのだ!反省するのだ!!」
小学生特有の甲高い声の斉射を受け。反論は鎮火された。冷静になればいくらでも言葉は返せるはずだがそれが行われる前に市長が場をまとめに入る。
「ふむ。メア君の言う通りこの状況がおかしいというのは私も感じるところだ。それは君たちも同じだと思う。とくればアーク君を犯人同然に扱うのは不当にすぎる。ここはそろそろここに来るであろう警察諸君に後を託そうじゃないか」
「それは確かにそうですが……。いや、最終的にどうなるかはともかく今の時点では不適当な対応だったかもしれません。申し訳ございませんアークさん」
「ごめんなさいね……。でも、アークさんが確定じゃなくなったのなら……。そうよ、一人でいるアマミちゃんが危ないんじゃないかしら!」
「申し訳ございません。市長、ここは……」
兄妹が焦りを帯びて動こうとした時、それを止める甲高い音がホールから響いた。
インターホンと思われるその音の後に低めの女性の声が外から発される。
「失礼いたします。通報を受けて参りました警察の者です。現場の様子を確認したいのですが」
皆でホールへと移動した扉を開けると確かに警察と思われる青の制服を身に付けた女性が二人立っていた。メアから見て奥側の女性はくらくらするような美人でありながら同時に横っ面をはたきたくなるような腹立たしさを醸し出していた。そして前に出ていたキツイ目つきの女性が自らの警察手帳を表示すると名乗る。
「イヌカイです。後ろのがレヴン。この駄犬がしでかす前にさっそく現場へご案内いただけますか?」
「おいおい僕の紹介としてあまりに不出来でないかねイヌカイ先輩。この僕の優秀さがお偉い様方へ十全に伝わるようもっと言葉を尽くして……」
「ダケンのねーちゃん。もうみんな行っちゃったのだ」
「なぜそれを早く言わないんだい!気の利かないガキだね全く!」
メアとやたら態度のデカいナルシストそのものな警察官は急いで先にいった皆を追いかけた。
先行していた者たちに追いつくとちょうど倉庫へと続く扉を開けるところだった。景色が開かれると長い廊下が姿を現しそこにいたものを見て兄妹は声をあげた。
「アマミちゃん!」
唯一開いた部屋の前、おそらく倉庫の前にはウシワカ三兄妹の次女、アマミがうつ伏せで倒れ込んでいた。
兄と姉は脇目もふらずに妹に駆け寄ると声をかけるが目覚める様子はない。遅れて他のメンバーが到着すると格上そうな警察がアマミに触れる。
「心臓はちゃんと動いている、息もしている……。どうやら眠っているだけのようですね。ご家族の方で?」
「はい、妹のアマミです」
「私達はグロテスクなもの苦手だろうからって遺体の見張りを買って出てくれたんです」
「とするとここが現場」
「はい……え?」
兄妹たちは呆然と気の抜けた声を発した。それがなぜかメアにはわからなかったが次の言葉で理解することができた。
「本当に、この場所で、人が亡くなっていたんですね?」
倉庫の中には誰もいなかった。生者も、そして死者も。そこには血の一滴すら確かめることが叶わなかった。
死体など、事件など、家政婦など、最初から存在しなかったのだとでもいうように。