9-5 容疑者アーク
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「遅い!ソウさんもアークさんもどこをほっつき歩ているんだ!?」
「ちょっと兄さん落ち着いてよ。急に頭を動かされると髪が危ないわ。イライラしても仕方ないんだから、ね」
「そうそう姉貴の言う通り。文句言ってる暇があるなら手を動かしなよ」
リビングルームの空気は時間と共に悪くなっていった。この後に恩人と待望の面会があるというのに出迎えの準備が整っていないのだからそれも仕方ないことだった。彼等の留飲を下げるためかアトイが謝罪の言葉を述べた。
「すまないね。ソウくんは私が君たちに紹介したというのにこんな大事なタイミングで手落ちが発生するとは」
「い、いえ!決して市長の責任ではありませんよ。お気になさらないでください。それにしても一体どこに行ったのやら。この館は、島まで広げたとしてもそれほど広いというわけではないはずですが。既に結構な時間が経っています」
メアは飾り付けの手伝いをしながらイッコウの言葉を聞いていた。彼の言葉通り、メアもまたアークとソウの帰還が遅いことに腹を立てていた。まさかとは思うが自分に手伝いを押し付けておきながら二人してサボっているのではないかと疑念を抱いている。
そんな時に、空気を打ち破ったのがミニアークだった。彼女?はメアの腕時計から次元の壁を超えて現実世界に登場すると焦った声でいった。
「ミンナ!スグニ倉庫マデ来てクレ!ヤベーンダ!!」
「おや、アーク君からの連絡かな?」
「な、何があったのだミニアーク!」
メアの問い詰めにミニアークは何かに気付いたように大口を開けると補足する。
「メアハクンナ。トニカクパーティノ準備ナンカヤッテル場合ジャネエンダヨ」
「一体なにいってんのこの……この……なに?この」
三兄弟がミニアークの存在に若干引いている間にミニアークも落ち着きを取り戻したのかついに要領を得た言葉がでる。
「倉庫デ家政婦ガ殺サレテンダヨ!!早クコイ!」
それはメアにとって衝撃的な言葉だった。メア以外にとってもそうであったのかリビングは沈黙が支配し。数呼吸の後に長女オウカの絞り出すような問いがだされる。
「え……そんな……嘘、よね?」
「流石に冗談キツイって……ねえ?」
「嘘デモ冗談デモネエ!サッサト来イ!ミリャ分カル!!」
ミニアークの一喝を受け三兄妹は今度こそ作業を止め一目散に駆けていく。メアもそれに続こうとするが肩を優しく掴まれたことにより進行不能となった。
「市長?」
「メア君はミニアーク君の言う通り来てはいけないよ。子供が見る物ではない。護衛なら大丈夫、連絡を寄こしたということは向うにはアーク君もいるだろうしね。だからここで留守番をしててくれ。仮に変な相手が来た場合は直ぐに逃げてくれ。といっても君の実力では心配することもないと思うがね」
そういうとアトイもまたメアを残してミニアークと三兄妹の後を追っていった。
一人リビングに残されたメアは大層おもしろくない気分で頬を膨らせていた。物知りねーちゃんが死んだのは残念だがそれよりも自分が事件に関われないことの方がメアにとって我慢ならないことであった。ひとしきり部屋をうろうろとした後に。「ヨシ!」と気合を入れなんとか現場に潜り込んでやろうと決意を決めた彼女に不意の声がかけられた。
「見ニ行コウナンテ考エンナヨ」
「ヌ!?ミニアーク!メアをおいていったのではないのだ?」
「シンパイダカラモドッテキタンダヨ」
腕時計から出てきた少し膨れた面で掲げてやる。
「ちょうどよかったのだ。事件のことを教えるのだミニアーク」
ミニアークならば事件現場のことも録画しているかもしれない。これで大人にバレずに事件のことが知れると悪い笑みを浮かべてたところに再び不意の声が飛ぶ。
「ねー、メアちゃん何してるの?」
「のだ!?んのあ!?ト、トアねーちゃん!なんでこんなところにいるのだ!?」
振り返るとそこにはつい最近メアを誘拐してナイフを喉元に突きつけた殺人鬼がいた。
「ちょっと心外な反応だね。ここに来るまでずっと一緒にいたのに」
「ズットイッショッテドウイウ事ダ?」
トアは少し機嫌を損なった様子で僅かに頬を膨らませナイフを手で弄んでいたが、やがて「仕方ないなあ」と先生のように答えを教えてくれた。
「市長に声をかけられる前から。アークちゃんが家を出た時からずっと後ろから付けてたんだよ。船にも一緒に乗ってたのに全然気づかなかったよね」
「それってスト―……なんでもないのだ」
「ふふっ、落として欲しい指ある?」
「ないのだ!」
極度の緊張に晒されたメアとミニアークがぜえーっぜえーっと肩で深く荒い息を吐く様子をトアは無邪気な態度で眺めていた。
「はあ……それでかくれてたトアねーちゃんはなんで出て来たのだ?やっぱりさっきのはトアねーちゃんがころしたからなのだ?」
メアは一歩間違えれば自分が消されてしまうような言葉を容疑者に投げた。無論平気ではない。眼の前の相手は明らかに自分やSHたちとはノリが違う。この前の一件のこともあり手指は緊張から僅かに震えを得ている。だがこの存在が目の前に姿を現した時点で大勢は変わらない。ならば少しでも正確な情報を掴んで悪友に伝えられる可能性を選ぶ。
決死の問いであったが返答は少し予想の外のものだった。トアは右の人差し指を顎に触れさせなんてことはないという様子で答えた。
「殺し……?ああ、やっぱりさっき慌てて人が駆けていったのは人が死んだからなんだ。それで私を疑ってる……なるほどなるほど。至極真っ当な思考だね」
彼女は口元を抑え言葉とは裏腹にくすくすと笑っていた。普段の彼女を知るならば想像がつかぬほど普通の少女のように笑う様子にメアたちは無意識に後ずさりしていた。
「そんなに怖がらなくてもいいのに。だって私、この島に来てからまだ誰も殺してないもの」
「ほ、本当なのだ……?」
「あれあれー?メアちゃんは私の言葉が信じられないんだー」
「しんじる!しんじてるのだ!!」
にじり寄るトアを必死に押しとどめる。しばし攻防を続けると捕まり、何かを渡される。よく確認してみるとそれは番号が書かれた紙片だった。
「コレハ……」
「私の連絡先の一つかな。ちょっとこれから面白くないことが起きそうだから一応ね」
彼女の言う面白くないことの意味をが掴みかねていると、発言者は既にメアから遠く離れてリビングの扉へと手をかけていた。去り際に彼女は振り向きこういった。
「そうそう。私はずっと館の外にいたけどその間に島に来た船はなかったよ。それじゃあね。私のことを他の人にいったらバラバラにしちゃうから」
メアがこの置き土産について意味を考えている間に殺人鬼は姿を消していた。気が抜けたメアは机に上体をもたれさせ暫くの間すごした。そうしていると部屋の外から幾人かの人の声が聞こえて来る。振り向くとアークたちが戻って来ていた。だがどうにも様子がおかしい。
「どうしたというのだアーク……」
眼前のアークは日頃のふてぶてしい態度は鳴りを潜め、小突けば倒せそうなほどに覇気がない。顔には涙を流した後が見て取れ怯えた。そして何よりそんな彼女が連行されるように取り囲まれていることがまた異状であった。これではまるで……。
「落ち着いて聞いてくれメア君。ソウ君が何者かによって倉庫で殺害されていた。そして……」
一呼吸を置いてアトイは状況を告げた。それはメアにとって酷く長い間を持った宣告に感じられた。
「アーク君は最有力の容疑者とされている」