9-4 第一の事件
半時間もすると会議室の扉は開かれ中から護衛対象であるアトイとウシワカ三兄妹が姿を見せる。彼等はアークたちを一瞥して部屋を出るとアークから見てホール右手側の扉へと向かっていった。その流れにアークたちも倣うとアトイが声をかけてくる。
「お疲れ様。待たせてすまなかったね。外では何かあったかな?」
「んー……なんもなかった。しいて言えば家政婦が濃かったぐらい。合図なかったけどそっちは無事に終わったのか?」
「ハハハ。穏やかとは言い難いが、一応ね。この後はスペシャルゲストが来るまで暇だと思うからリビングでゆっくりさせてもらおう。おっと、用意されている料理はパーティ用だから豪勢だからといってもすぐに飛びつかないでくれたまえよ?」
「美味しいもの……楽しみなのだ~」
そのように話しながら扉の前まで来たがどうにも様子がおかしいことが理解できた。扉の先には会議室よりも広く、中央には大きな机と椅子が置かれ、奥にはキッチンらしきものが見受けられる。リビングルームと称すべきこの部屋だが、先に入った三兄妹たちは呆然とした様子でいた。
「どういうことだ!?なぜ今になって料理も飾りつけも完成していない!?ソウさんは何をやっているんだ!?」
「まずいわね。もうあの人の到着まで時間がないわ」
「とにかくウチらでどうにかするしかないでしょ」
次女の言で僅かなりとも冷静さをとりもどしたのか、三兄妹たちは部屋の奥へと駆けていきそれぞれ調理や中途半端に放置されていた飾りつけの作業を始めていく。
その様子をみて居心地の悪くなったアークも躊躇いがちに切り出した。
「あ、アタシらもなんかやったほうがいいか~?」
「手伝うのだ~」
「流石にアトイ市長の手を煩わせるわけには……あ、いや君、アークさんには頼みたいことがある」
「えー、何?」
言ったはいいものの面倒臭い。そんな本音を隠そうともしない態度で返すが相手はそれどころではないのか咎められることなく指示がきた。
「ソウさんを呼んで来てくれ。多分屋敷のどこかにはいるはずだ。この屋敷はホールを中心にできているから、扉の前でちゃんと警護していてくれたのならソウさんがどこに向かったのか見ただろう。見てないなら見てないで二階のどこかにいるはずだ。全く普段優秀なのにこんな大事な時にミスをするなんて……一体どうしたんだ」
イッコウはそれだけ伝えるとぶつくさ言いながら調理に戻っていった。仕方なくアークは部屋を出て探しに行くことにする。
「メアも行くのだ」
「おっと。君たちは私の護衛だろう?二人ともいなくなってどうするんだい?それに今は飾り付けの手が足りない。こちらの応援をするほうが先決だよ。なに、すぐ見つかるだろうさ。アーク君鼻はいいほうだろう?」
「それなりにはな」
何で市長が自分が常人よりはるかに鼻が利くことを知っているのだろうかと身構えつつもただの言葉の綾と思いなおしリビングを出る。
ソウは自分たちと別れた後、会議室側から見て左手の壁の扉に入っていった。その後ソウの姿は見ていない。ということは先程リビングにいた僅かな間に出て来ていなければまだそちら側にいると考えてもいいだろう。
アークは何故アタシがこんなことを……と気だるげにシャンデリアを見上げながら力なくホールを歩き件の扉の前に立つ。
そして扉に手をかけ雑に開くと直後に警戒を最大限まで引き上げた。そこにありうべからざる香を感じとったからだ。
紅い香りだ。
非常に濃い。日常が錆びたような、血の香りがするのだ。
アークは腕輪の中のミニアーク声をかけ、無手ながらもいかなる位置から敵が現れたとしても瞬時に武器を手に取り対応できる構えをとり扉の先に進んだ。
扉の奥は廊下に続いており見る限り、左手側に三つの部屋。右手側に二つの部屋があり右手の奥の扉のみ開いていた。
血の香は奥に進むごとに強くなっており、アークの足取りを鋼のように重くしていた。彼女の額にはおおよそ健康的ではない汗が浮かんでおり、脈拍は速度を増しており、呼吸はどんどんと荒くなっていた。
それでもアークは一歩一歩確実に臭いの発生源に向って歩みを進めていた。それは一度引き受けたための義務感ゆえかそれとも己の直感を否定したいがゆえか。それは本人さえもわからないでいた。
どれほど心の奥底で拒否していたとしてもその時はやってくる。アークの足は最奥右の部屋の前で止まり部屋の中に体を向ける。
明りの一つもつけず、窓が存在しないのか外光すら扉側からしか差し込まぬ暗い部屋。脚立や段ボール、用途が不明な大道具の数々が並べられたそこはおそらく平時は倉庫と呼ぶのだろう。
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だが今は違った。今この場所にはもっと別の言葉が相応しい。
そう、それはこのように呼ぶのがいいだろう。
殺人現場、と。
つい一時間ほど前まで生きて話をしていた相手。家政婦のソウの死体がそこに転がっていた。