9-3 ウシワカ館の人間関係
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密談は穏やかな雰囲気で開始した。
「鰻薔薇の売れ行きは最近どうだい?」
「好調ですよ。市外でも取り扱い店が加速度的に増加しています。この機を逃さぬべくより山椒の香りを強化した鰻薔薇の開発に取り掛かっていますよ。この後試作品をご覧いただこうかと」
「あら、試作品でしたらワタシのところも市長に試して頂きたいものが沢山ありますわ。市長の人気にあやかって市長をイメージした香水も開発しようかという話も上がっていますわ」
「おっとそれは楽しみだね。当然許可するよ」
「……なんすか。ウチはなんもないっすよ」
だが、穏やかだったのも最初の十分程だけだった。次女アマミの言をきっかけに会議室には徐々に暗雲が立ち込めていくことになる。
「おい、市長になんて口を利くんだ」
「は?兄貴に言葉遣い指摘される筋合いないし」
「ちょっと二人ともお客様の前よぉ?」
「うるさい。こいつはそろそろ社会性ってやつを押しえてやらないといかん」
「ほどほどにね~」
市長のやんわりとした静止も虚しく一度ついた火はそう簡単に消えはしない。どころか手が付けられない程にどんどん火勢を増してゆく。
「そもそもアマミちゃん市長やあの人が来るっていう日までお化粧なしはあり得ないわよ!後でワタシが化粧してあげるからね!」
「ウチは姉貴と違って自然派なの。つか兄貴の方がどうなの?普段以上にワックスつけ過ぎで髪の毛がキラッキラの刃物みたいになってんじゃん。人でも殺すわけ?」
「何をいう。これは市長とのあの方に私の気合と感謝を見せるための誠意の現れだぞ。人殺しなどと人聞きの悪……いたぁ!?指が切れたぞ!?おいオウカ、これお前のところの製品だろう。どうなっている!」
「ちゃんと適量は書いてるじゃない。用法用途を守らない子のことまで考えてられないわよ」
あまりの険悪さに、アークがこいつら大丈夫かよと呆れ始めたところで喧噪は断ち切られる。耳にやけに甲高く響く拍手の音。それはアトイの方から響いた。
「はいそこまでー。気の済むまでやらせてあげたいところだけどこの後予定もあるだろう?そろそろ本題に入ろうじゃないか」
アトイの言った”この後の予定”というフレーズで三兄妹たちは我に返ったように見え。
諍いの手を止めアトイに向き直った。
「申し訳ございませんでした。お見苦しいところを」
「あの人を待たせるわけにはいかないものね」
「本題に入るのはいいけど……ここからの話にその子たちいてもいいの?」
その子たちとはアークとメアのことだろう。アトイは振り返るとアークたちに申し訳なさそうに言った。
「すまないがこれからしばらく席を外してくれないか?」
「え?でもごえーはどうするのだ?」
「扉の前で怪しい者が入ってこないか見張っていてくれたまえ。もし仮に中で何か起こったらミニアーク君に合図を送るからその時は介入して欲しい。君なら一瞬で可能。そうだろう?」
「あ、ああ。わかった」
釈然としないものを感じながらもアークはメアを連れて部屋を出た。
「はーあ、あんな空気で大丈夫かよこの会議」
「家族なのに仲わるそうだったのだ~」
メアと共に扉の前で鰻薔薇コーラがいかに不味かったか。帰りにサンや家族に飲ませるように買って帰ろうなど他愛もない話をして小一時間ほど時間が経過した頃だった。
「あらアーク様、メア様。扉の前にたむろしていらっしゃるということは……追い出されてしまいましたか」
右手側の階段から降りてきたソウがアークたちに気付くとどこか嬉し気な軽い足取りで近寄ってきた。
「これはチョベリグ。折角ですので家事は休憩としてソロ語り(独り言)の時間としましょうかね」
「チョベ……?おいおい家政婦が仕事ほっぽらかしていいのかよ」
「ご主人様方は会議中ですしあなた方が話さなければちょんバレすることはございません。それに少々ブッチした程度のことでは仕事の出来は変わりませんよ」
「ソウの姉ちゃんは何言ってるかむずかしくてわからんのだ。それで何話すのだ?」
「ソロ語りですが。ご主人様方のことでございます」
「それって三兄妹のこと?」
「ええ」
淡々とした口調でソウは話す。だがそこから先は少し様子を異にした。アークたちを試すような、疑問を提示するような声色だ。
「あなた方は彼等の間柄についてどう思われましたか」
「えーっと……ひとことで言っちまうと」
「仲わるそ~だったのだ」
そこまで聞くとソウは固い表情を大きく崩した。
「ええ、ええ!実はそうなのでございます。ご主人様方の仲はチョベリバでございます!」
先ほどまでの奇妙な氷の彫像やバグの入った機械を思わせる雰囲気を微塵も感じさせない人懐っこい興奮気味の表情でソウは語った。その代わりようにアークもメアも困惑気味で応対するしかなかった。
「お……おお~。随分雰囲気変わったなアンタ」
「かせいふがお家のこと喋っちゃってだいじょうぶなのだ~?」
「はて?家政婦には守秘義務がございますが、私はただ休憩中にソロ語りをしているだけにございます。それをどこかの誰かがミミノキしていたとしても責任の範囲にございません」
「さっきからめっちゃくちゃ会話成立してると思うんだけどよ……まあいいや、独り言続けてくれ」
微妙に、いやかなり納得していないながらもアークが促すとソウは弾む声色で語り始めた。
「ご主人様方は元々とある施設に預けられた孤児なのでございます。それがさるお方に優れた素質を見出され、経済的な援助や英才教育などを受けたことで才能が開花。彼等は学生の内から各分野で目覚ましい実績を上げるようになりました。そうしてそれぞれが得た資金を持ちより孤島にここウシワカ館を建て家族で助け合いながら生活するように
ったそうです」
「仲良しなのだ~?」
「ここまで聞く感じだとそうだな。でも今はとてもそんな感じには思えねえぞ」
どうしてか、過去のトモダチとの生活を思い返しつつもアークは疑問を呈した。ソウも
れを待っていましたと言わんばかりに食い気味にソロで語っていく。
「始めの数年はよかったのでございます。ですがそれぞれが大人になるにつれ徐々にイタチっていくようになっていったのでございます」
「イタ……なんて?」
「イッコウ様は我が強い妹様方に兄としての威厳を示すために彼女らに『朝は六時に起きろ』『食器はちゃんと水につけておけ』『洗濯物を俺と分けて洗うな』などと緑信号と化して大変ウザがられておいでです」
「サンみてえだな」
「それはアークがわるいのだ」
メアを肘で小突き続きを聞いた。
「ついでに鰻薔薇の成功によって兄妹の稼ぎ頭となっていました。その強烈なスメルによって顰蹙を買ってもおいでです。次にオウカ様でございますが、彼女は度々夜遊びでトラブルを家に持ち込むことがあるようです。奔放な方ですがファッションや化粧に関しては妥協することがなくそれが元でご兄妹と対立されることもあるそうですね」
「そりゃカチカチの兄ともジメジメの妹とも相性が悪そうだな」
「デコボコなのだ」
「最後にアマミ様ですが、彼女は会社をいくつも経営する他のお二人とは異なりあくまでフリーの一デザイナー。新進気鋭とはいえ稼ぎは大きく差がついております。そのため二人に下に見られているのではないかとコンプレックスを得ているようでございます。ついでにもうしますとお二人と違って内向きな性格をしていることも一つ要因にあるかと」
「「なるほど~」」
メアと二人で拍手を送ると家政婦は機嫌をよくしたのか更なる情報をこちらに与えて来る。
「今日は特に気合が入っていらっしゃいますので諍いの激しさもひとしおだったでしょう。何といっても彼等にとっては特別な日でございますから」
「そういえばさっき言ってたのだ。この後に予定があるとか待たせるわけにはいかないとか」
「誰かくんのか?」
家政婦は人差し指を立て。ソロ語りした。
「はい。先程ご主人様方にはある方に才能を見出され様々な支援を送られたと、そのようなことをソロ語りしたかと存じますが。来るのですよ、そのご本人が」
「なるほどな恩人が来るから気合入ってるわけな」
「それだけではございません。その方は施設でご主人様方を見出された時は顔と身分を隠しておられておりまして。その後も直接彼等に会いに来ることはなかったそうなのでございます。そんな方が今日このウシワカ館を訪れる」
「ビッグイベントなのだ~。でも顔も身分も隠す必要あるのだ?」
首を傾げたメアの最もな意見についてもソウは待っていましたといわんばかりに答えを告げた。
「ご主人様がたは当然その方の身分を探ろうとしましたが結局手掛かりは見つからなかったそうでございます。そこで定期連絡の際に本人に尋ねたところ。義理に縛られず自分達の才能で自由に世を渡って欲しいという思いから身分は伏せていると言われたそうでございます。奇特な方もいらっしゃるものですね」
あんたもよっぽどだよ。そう心で毒づきながら次のソロ語りを待っていると。肝心のソウは何かを思い出したように口元を押さえ動き出す。
「あらいやだ。少々語りが過ぎたようでございますね。そろそろ仕事にキャムバックしませんと。それでは皆様よいお時間を」
「あ、ああ……。じゃな~」
「ありがと~なのだものしりねーちゃん」
見送りの声に振り返りもせずにソウはそそくさとその場を離れていく。やがてエントランス近くまで来ると左手側の扉を開け、奥に入っていった。
アークはソウが完全に姿を消したことを確認すると長い息を吐き。
「なかなか……とんでもない奴だったな」
「のだ~」
家政婦の身でよくここまで調べ上げたものだという感心と、あんな奴に絶対家政婦を頼みたくないという思いを抱きつつ、話された人間関係を頭の中で整理した。すると一つの疑問が浮かび上がってくる。アークは背後の扉に振り返りそれを口にした。
「じゃあなんでこの家の奴らは一緒に住んでんだ。すっげえ稼いでんだろ?ならわざわざ嫌いな奴と一緒に生活しなくても島の外で一人でやってけるだろ」
「家族だからじゃないのだ?」
「よーわからん。そういうもんか?」
「ママとマミーはけんかしても一ばん経てば仲直りしてるし。あぶないことしたメアをしかった後でも直ぐに笑ってくれるのだ」
そこまで聞くとなんとはなしにぼんやりと今頃寝ている者の顔が浮かんできた。そういえばアイツも眼鏡だったなと思い出しクスリとこぼすように笑う。
「どうしたのだ~?」
「いや別に。ちゃんと土産買って帰んねーとなって思っただけ」
「鰻薔薇コーラなのだ~」
「そーいやあれシミどうするよ!」
「そーだったのだ!調べるのだ!」
ワタワタと護衛の任も忘れたように携帯端末でシミの消し方、臭いの消し方、地元の名産品などを検索していくアークたち。幸いにもその間に不審人物が現れることも、アトイから合図があることもなかった。