9-2 ウシワカ館の人々
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停留所にクルーザーを停め、アークたちは目的の島へと上陸した。
島は出来て十年も経っていないであろう豪勢な二階建ての洋館を中心に、果実をたわわに実らせた樹木が立ち並んでいた。甘酸っぱい果実の香りに混じって一際強い異質な香を漂わせる一角があった。花壇である。色とりどりに美しい薔薇たちから鰻重のような匂いが発されていた。
アークは臭いに少し顔をゆがめ吐き出すように呟いた。
「どっちか単体ならいい匂いなんだけどよ……。ほんとに鰻薔薇なんてもんがこの街の名産なのか?」
「それはもちロンギヌスでございます。街ではどの料亭でも鰻薔薇が香物に使われておりますしこのウシワカ館の御主人様は鰻薔薇の開発で富を築かれたのでございますよ」
「もちの……ロンギヌス!?」
ランカ並みに古い言語センスに反応すると、いつの間にやらアークたちの前には一人の女性が恭しく立っていた。白と黒を基調にしたエプロンドレスを着込み眼鏡をかけた茶髪ロングの彼女は、ガラス陶器のように精巧な美しさを持っていた。
彼女は丁重に頭を下げ自らの身分を名乗る。
「失礼いたしました。私この家でお仕事をさせていただいております。家政婦のソウと申します。方舟市市長アトイ様と付き人の皆さまのお迎えに上がりました」
「メイド!」
「家政婦でございます」
「初めて見たのだ!この島には他にもかせいふがいるのだ?」
「いえ、この家の使用人は私一人でございます。ですがこの程度の規模の家であれば私一人で余裕のよっちゃんでございますので。心配はご無用です」
「すげえのだ~!」
初見の家政婦という存在にアークもメアもテンションが上がっている様子だった。そんななか唯一普段通りのアトイが口を開いた。
「出迎えありがとうソウ君。それで、イッコウくんたちはもう中で待っているのかな?」
「少々KYが過ぎましたね。失礼いたしました。御主人様がたは会議室でお待ちです。ご案内いたしますのでどうぞついてきてくださいまし」
ソウに先導されアークたちは洋館へと足を踏み入れた。
エントランスから入った先は広大なホールとなっており、天井には豪勢な薔薇の華を模したシャンデリアが吊られていた。ホールの左右の壁にはそれぞれ扉が一つずつついておりその奥に部屋が続いていることがうかがえる。奥には二階へと続く階段が左右それぞれに備え付けられており、それらの間の中央空間には、また一つの扉が備え付けられていた。
ソウは靴音も鳴らさずにホールを真っすぐに突き進むと中央の扉を開けた。
「どうぞ皆さま。お入りくださいまし」
扉を抑える彼女に促されアトイを先頭に部屋の中に入っていくアークたち。すると広い空間の中にいくつもの椅子と机が長方形に配置されている空間に出る。既に席についているのは三人。男が一人。女が二人だ。
部屋に入ると早々にアトイは気軽な笑顔で手を上げ三人に声をかける。
「やあ、待たせてしまったねお三方」
アトイの言に三人の中で最も年長と思われる男性が実直な声をあげた。
「いえ、こちらこそご足労いただきありがとうございました。今日という日が記念すべき日になることを祈っております!……そちらの二人はアトイ市長の付き人ですか?」
「ああ、私のボディガードだ。見かけで侮らないでくれよ?実力は折り紙つきだからね」
「アークだ」
「メアなのだ!」
二人が自己紹介を終えると男たちの側に控えていた家政婦のソウが口を挟んだ。
「お二人はこの島のことについてはあまりご存じでないようなので、会議の円滑化も兼ねてよろしければ私がご主人様方のご紹介をいたしましょうか」
「ああ、よろしく頼む」
主人の許してを得てソウが語り始める。まずは真横にいる男を手で指し。
「こちら御長男のイッコウ様でございます。鰻薔薇の開発を始め植物の品種改良の分野で目覚ましい成果を出しておいでです」
次に豊満な胸元を晒した右ほおに蠱惑的なほくろのある大人な女性を指し。
「御長女のオウカ様でございます。主に化粧品の分野で様々な商品を世に送り出しておられる方です」
「よろしくね~。よかったら帰りにウチの商品もっていってくれてもいいわよ~」
オウカと呼ばれた女性はソウの紹介に合わせてアークたちに向って和やかに手を振った。
オウカが手を落ち着けさせると、ソウが最後に残った若干不機嫌で不健康そうな短髪の女性を指した。
「妹君のアマミさまです。家電、家具、雑誌とジャンルを問わず様々なパッケージデザインを世に送り出してきた気鋭のデザイナーでございます」
「うーす。お仕事募集中でーす」
ダウナー気味の声による次女の挨拶が済むとソウは一度みなに礼をする。
「以上にございます。それでは私は歓迎の準備がございますのでこれにて失礼させていただきます。皆さまよいお時間を」
そういうと彼女はイッコウの元から離れ扉の前にいくと振り返り今一度礼をして部屋を出て扉を閉めていった。
「それではそろそろ……」
「始めようか」
家政婦の退出を合図に方舟市市長とウシワカ三兄妹による密談が始まったのである。