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杞憂


 キラービーを操って路地に逃げ込んだ魔導兵①②を追っていったら、画面外から魔導兵④が現れた!


 いやいや、ちょっと待ってよ! こんなの聞いてないって!


 途中から敵が増えるなんて反則じゃないの!?


 普通は最初の時点でフィールド上にいる敵影が、そのステージでの敵の総数になる。このステージがはじまった時点ではボスであるポロント・ケエス含めて十二体が敵陣営の総数だったのに。


 時間経過で敵が増量するとかさー。


 そのルール、やるにしてもこんな序章の初っ端じゃないっしょ?


 ラストダンジョンとかね。それくらいの終盤でやれよ。


 何してくれてんの? ゲームバランスがもうメチャクチャ……。


 こうなると、伏兵はまだまだ居そう……。


 ――伏兵?


 うーん……。なんだろう。なんか引っかかる。


 お兄ちゃんが何か仕掛けてきたような……。


 ゲーマーとしての勘ってやつがビンビンしやがるぜ!


 ……あんまり時間を掛けないほうがいいかもしれない。


 ポロント・ケエスだけを狙って早めに戦闘を終わらそう。それが一番の安全策だ。


 NPC化したグレイフルが一人で王宮兵の輪の中に突っ込んでいく。


 グレイフルの攻撃!

 王宮兵③にダメージを与えた!

『90』


―――――――――――――――――

 王宮兵③ LV. 10

      HP  50/140

      MP   0/0

      ATK 45

―――――――――――――――――


 基本的に王宮兵も魔導兵もザコい。


 でも、敵に囲まれて集中砲火を浴びせられたら、いくらグレイフルでも1ターンのうちにHPを1/3は削られることだろう。あまり単身で乗り込んでほしくなかった。キラービーを盾にしてやりすごすしかない。


 頼りの綱である味方幹部はと言えば、――機動力が低いせいでまだフィールドの中央にも到達していなかった。


 元々ゴドレッドは攻撃範囲が狭いから仕方ないにしても……。


 リーザ・モアとナナベールも、魔法の有効範囲に敵を入れることができずにいた。


 ターン毎に、移動と待機だけではあまりに時間がもったいない。そこで、ナナベールの補助魔法で味方キャラのステータスを上げようかとも考えたが、いくら攻撃力と防御力を高めても会敵しないんじゃ意味はないなと気がついた。


 あーもー。こういうぐずぐずした時間は余計にストレスが溜まる!


 グレイフルが特攻なんかするから! ハラハラするよ、本当に!


 みんなもそう思うよね! ね!?


◇◇◇


「ええ。もちろん同意見ですわ、魔王様」


 念話で語りかけてきた魔王に対して返答するリーザ・モア。羽を広げて蝶の如く浮遊するが、その速度はとても遅い。地面を走るゴドレッドに合わせているからだ。


 ゴドレッドは二足歩行の熊でももう少しマシな走りをするだろうと思われるほどに不恰好。重厚な鎧が傍目にも邪魔臭く、大股で闊歩している様は水中をゆったり進軍しているようにしか見えなかった。もはや駆けるどころの話ではない。


「いざ往かん! 待っていろ、女王蜂よ!」


 勇ましい口ぶりのおかげでゴドレッドがこれでも精一杯急いでいることを知り、リーザはすんでのところで「グズ」「ノロマ」といった罵倒を引っ込めた。


 とはいえ、このままではリーザたちが到着する前に最悪の事態になりかねない。


 遥か前方、グレイフルはすでに勇者たち人間に取り囲まれているのだから。


「ナナベール! ゴドレッドの足を速くする魔法とかないの!?」


 振り返り、箒にまたがって宙を飛ぶ赤ローブの少女に叫んだ。


「ありゃとっくに使ってるっつーの。ゴドちーの鈍足は今に始まったことじゃねーし。諦めろぃ」


「むむ。かたじけなし……」


「ま、ゆっくり行こうぜー。なるようにしかならねーんだからさー」


 ナナベールはどんな状況でもマイペース。たとえ仲間が目の前で死のうとも「運が悪かった」で済ませられるほど冷淡な性格をしている。


 反対に、ゴドレッドは情に厚く信を尊ぶ義侠の男。暑苦しくて頂けない。


 リーザはその中間……ややナナベールよりの性格をしているが、目の前で窮地に陥っている仲間を無心に眺められるほど冷徹ではいられなかった。それが普段から反目しあっているライバルの窮地ともなれば心境はさらに複雑だ。いい気味だと笑えもするが、苛立ちのほうがわずかに上回った。


 雑魚を相手に我を忘れるなんてなんたる醜態。


(しっかりなさい! 貴女と対等に張り合ってきた私の品位まで下がるじゃない!)


 追いついて、頬を張り倒して目を覚まさせてやらなければ気がすまない。


「おんやあ?」


 ナナベールが背後から迫る兵士たちに気づいて声を上げた。――敵の数が増えた? 退路を断ち、前方にいる勇者とでリーザたちを挟撃するつもりらしい。


「……気にする必要ないわ。いくら集まっても雑魚は雑魚よ」


「そりゃそうだけどよー、あの数を相手にすんのは実際めんどくせーぜ?」


「ならば奴らの足止めは我に任せてもらおう。貴公らは女王蜂の元へ急ぐがいい」


「だから、気にすることないわよゴドレッド。後ろのは追いつかれたときに対処すればいい。今はグレイフルの回収を優先しましょう」


「くけけけけ! リーザもなんだかんだ言ってグレイフルのこと心配してんのな! バカみてーッ!」


「そんなわけないじゃない。あんな奴でも魔王軍の幹部。勇者如きに殺されたら魔王軍の、延いては魔王様の沽券にかかわるわ。それが許せないだけよ」


「うちは気にしねーけどなー」


「うむ。リーザ殿の言うとおりだ。グレイフル殿に心配など無用。憂慮すべきは我らの威信のみ。助ける理由なぞそれだけで十分である」


 グレイフルへの悪態は本音を誤魔化すための照れ隠し、というふうにゴドレッドに解釈されてしまった。どこまでおめでたい男なのだろうか。女性陣は嫌悪感丸出しの顔でゴドレッドの頭部を見下ろした。


「――まあいいわ。とにかく、ゴドレッドは前だけ見ていなさい。行く手を阻むものがあれば蹴散らしてちょうだい」


「任せておけ」


 それからさらに数ターンを費やしてようやくフィールド中央にまで到達した。


 しかし、


「――む? 伏兵か」


 そこにはすでに王宮兵が待ち構えていた。道の左右に並ぶ民家の中に隠れてグレイフルをやり過ごし、今このときになってようやくわらわらと姿を現したのだ。


 横一列に並び、リーザたちの行く手を遮った。


「……まさかとは思うけど、私たちとグレイフルを分断するのが目的で?」


 そう考えなければこのタイミングで出てくる意味がわからない。町の防衛が目的だったなら民家に隠れている必要はなく、グレイフルが先行したときすでに盾となって待ち構えていたはずだ。


「グレイフル殿を確実に殺める算段であったか……」


 だがそれでは、最初からグレイフルが我を失って暴走することを見越していたことにならないか?


 ありえない。人間側には未来が読める能力者でもいるというのか。


「人間兵程度でうちらの足止めしよーっての? チョーウケるんですけど!」


「ナナベール! 気をつけて! これは罠だわ!」


「だろうよ! けど、ぶっころすしかねーだろ!」


 退路にも兵士が配されている。なんと用意周到なことか。つくづくこれが罠だという確信がもてた。


 王宮兵に包囲された。


 時間稼ぎの足止めに過ぎないのか。


 それとも、本気でこちらを仕留めるつもりか。


 どちらにせよ。


「甘くみられたものね……!」


 魔王軍の三幹部が臨戦態勢に入る。


「いざ、尋常に――」

「焦がすわよ」

「死にさらせ!」


 鬼と、蝶と、魔女がいま、見くびられた屈辱を憤怒の火にくべて、思うままに殺戮衝動を解き放つ――。



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