繝エ繧。繧、繧ェ繝ゥ隕ェ陦幃嚏③--SYSTEM ERROR[ヴァイオラ親衛隊③]
「わあ、すごいですね! これ、クレハさんが?」
偶々通りがかった元教師のアザンカが、クレハの結界魔法に驚きの声を上げた。
「そうなの! クレハちゃん、がんばったんだ!」
「ルーノ君の教え方がよかったんでしょうね。君もとってもすごいです」
「えへへ」
アザンカはルーノの頭を優しく撫で、眠るクレハを慎重に背負った。
「おふたりともどんどん強くなられますね」
子供たちの成長に思わず涙を浮かべた。以前は滅ぼされた辺境の村で子供たちに勉強を教えていたアザンカは、子供が何かを達成するたびに我がことのように喜べる心優しき女性であった。
そして、彼女もまた【ヴァイオラ親衛隊】の一人である。
辺境の村が火に包まれ、【王都アンハル】の城郭外で野営暮らしをしていたときにアニに目を付けられた。村の再建を手伝っていたことからバジフィールドの訓練合宿には参加できなかったが、元通りにならなかった学び舎を見るにつけ、まだ就学中の子供までもが戦場に駆り出されるかもしれない現状に居ても立ってもいられなくなった。アニを訊ね、傭兵団に身を置いたのはそういう経緯からであった。
もっとも、志願したのは「教職」であって「傭兵」ではなかったのだが。
魔法の才能があるために集められた子供たちにせめてもの教育を施したい、という思いしかなかったのに、どうして自分が前線に立つ羽目になっているのか。アザンカは雷魔法を器用に連発して奔らせながら自問自答の日々を送ってきた。その答えがつい最近ようやく見つかった。何のことはない、アニに騙されただけだった。
「ほう? 子供に勉強を教えたいのか? なら、アンタが率先して魔法を覚えることだ。ここでは訓練に多くの時間を費やす。出来ない子供ほど勉強する時間が削られる。そういう子供を減らすには魔法に関しても教えられる教師が必要だ。そう思わないか?」
アニに言われて、そのとおりだ、とそのときは納得したのだが、魔法の素人であるアザンカに教えられるわけがないし、アザンカが教えなくても魔法の指導員くらい別にいるだろうとあとで気づいた。
疑いもせずに魔法を修得して言われるがままに訓練をこなしてきた自分は、どうやら大したお人好しであるらしい。……いや、はっきりバカと認めよう。何をバカ正直に戦う練習をしているのか。昔から争いごとは苦手だというのに。私ってば、バカバカバカ。
けれど、実際にルーノやクレハのような小さい子供が魔法訓練をしている姿を見たときは、「私が守らなければ」という思いに駆られた。
だから、傭兵になったことをそれほど後悔していない。
アザンカが居ても居なくても、ルーノとクレハは間違いなく戦場へ行くことになる。だったら、――それこそ私がそばに居て守ってあげなくちゃ。
クレハを寝室に寝かせて部屋を出る。ルーノはクレハが目を覚ますまで看ていると言った。
「もうすぐ夕飯……のその前に、会合がありますからクレハさんが目を覚ましたら一緒に会議室にきてください」
「はーい。アザンカ先生!」
ルーノに「先生」と呼ばれると胸が温かくなる。
守り抜こう。それが教師に務めだと、アザンカは決意を新たにした。
◆◆◆
アザンカが宿舎一階の会議室に行くと、中でリリナとレティアが何やら口論していた。テーブルにはエスメがすでに座っていてふたりのやり取りを微笑ましく眺めている。
レティアが場違いなパーティードレスをひるがえしてリリナに詰め寄っていた。もはやこの部隊の恒例行事となっている。
「リリナっ! アンタ訓練の途中からどっか行ってたでしょ!? アンタも隊長ならレティーたちの面倒もしっかり最後まで見なさいよね!」
「……あのね、レティー。何度も言ってると思うけど、私もあなたたちと一緒で魔法に関しては素人同然なの。面倒を見るといったって私には何もできないよ」
「でも責任者じゃない!」
「そうだよ。だから、ほかにもやらなくちゃいけないことがたくさんあるの。今日だってヴァイオラ――様からお呼びが掛かっていたからそれで席を外したのだし」
その瞬間、レティアがすごい勢いでリリナの胸倉を掴んだ。
「い、いま、何ていったの? ヴァイオラ様が何ですって!?」
「え? だからヴァイオラ様に呼び出されて、って」
「ぬぁんですってぇ――――っ!」
リリナを前後にガックンガックン揺さぶった。
「ずるいずるいずるいっ! なんでリリナばっかり!? レティーだって王女様に会いたいのにぃ!」
「そ、そうなの?」
「当然よ! ヴァイオラ様は気高く美しいばかりか、勇ましくて凛々しくてステキでカッコイイもの……! そのお姿はまさしく騎士物語に登場する姫君を救う王子様……! お会いしたいに決まってるじゃない! お話したいに決まってるじゃないの! それなのにいつもいつもリリナばっかり! ああもう、ずるいずるいずるいずるいずーるーいー!」
「ま、ま、待って! レティー、く、くるしい……!」
「苦しむがいいわ! ヴァイオラ様を慕っている全乙女を代表してレティーが天誅を食らわしてやるぅ! この卑怯者! 泥棒ネコ! もーもーもーっ!」
男性よりも麗人に恋をする乙女の魂の叫びであった。
レティア・ボウガ・タクラマス――王都に次ぐ大都市【グーランド】を拠点としているレハット商会の会計総括決算役の娘。軍人に対抗意識を燃やし、やがてアンバルハルを商人による商人のための国にするため、その足掛かりとして傭兵に志願した。もっとも、それは親を説得するための口実であって、実際はヴァイオラ殿下にお近づきになりたいという極めて利己的な目的からだった。
ヴァイオラ親衛隊に入れて嬉しい。だが、ヴァイオラに会えるのは隊長のリリナばかりで、不満は日に日に募っていた。募るそばからリリナにぶつけてはいるのだが。
(レティーもヴァイオラ様にお会いしたいのにぃ!)
「ムキーッ!」
ガックンガックン。
「レ、レティー、あ、あんまり、揺らさ、ないで、きもち、わるい……」
「もっと気持ち悪くなるがいいわ! そしてリリナが動けなくなったら今度はレティーがヴァイオラ様に会いに行くんだから! 会ってお茶会して素敵な午後を王宮でご一緒するんだからーっ!」
「あらあら、可愛らしい夢ねぇ。でもーレティアちゃん、そろそろリリナちゃんを放してあげたほうがいいと思うのー。リリナちゃん、白目向いちゃってなーい?」
ニコニコしながら見ていたエスメが、やっぱりニコニコしながら注意する。
レティアはリリナを無造作に放すと、ふん、と乱れた後ろ髪を振り払った。
「リリナ、勝負よ! 今日こそ真に隊長に相応しいのはどちらか決めるのよ!」
「え!? そ、それ、昨日も一昨日もしたじゃない……」
目を回したリリナがふらふらしながら指摘する。確かに、昨日も一昨日も似たような口論からかけっこや勉強や早口言葉なんかでどちらが優れているか勝負していた。リリナの全戦全勝で終わっていたけれど。
見ている分には子ネコのケンカみたいで微笑ましいのだけど、とアザンカは苦笑するしかない。
レティアったら、懲りない子……。
「今日こそが本番よ! 昨日までのは単なる練習でしかないんだから!」
「それも昨日言ったよ……」
「うっさい! リリナのくせに! レティーの本気見せてやるわ! 今日の勝負は実戦よ!」
言うや否や、レティアが両手に魔力を込める。魔力渦を形成していく。同時に、口許は詠唱を始めていた。
「ちょちょ、ちょっと!?」
リリナが慌てるが、レティアは瞬く間に魔法の準備を整えた。
魔法を放つには魔力のコントロールと呪文詠唱の二工程が必要とされる。半端な術者であれば一工程ずつ丁寧に行わなければ魔法を練ることさえ満足にできず、もちろん速さは望むべくもない。
だが、熟練の術者であれば二工程を同時に行い魔法行使までの時間を短縮することが可能であった。達人ともなれば詠唱なしに魔法が発動するとも聞く。
レティアには才能があった。少なくとも魔力制御と呪文詠唱を同時に行える器用さは初めから備わっていた。あとは弛まぬ努力を続ければ、一年以内には現在のルーノに実力で追いつけるはずである。
紺色の魔力渦が虚空に揺らめく。氷属性の指輪を通って発現させた魔力だ。
あとは詠唱さえ完了すれば魔法は発動する……!
「……ッ!」
リリナが反射的に手を伸ばした。
魔力渦の中に手を突っ込んで、振り払ってかき消した。
「にゃっ!?」
あまりにも呆気なく消滅したのでレティアは唖然とした。
リリナは突き出した片手を拳に握って、レティアの頭をこつんと小突いた。
「もうっ! 危ないでしょう!? レティー、忘れたの!? 館内での魔法は禁止って前にも言ったよね!? ご飯抜きにしようかしら!」
「なっ!? ひ、卑怯よ、リリナ! 兵糧攻めなんて! 職権濫用だわ!」
「禁則を破ったんだから当然でしょ! 大体、こういうのは勝負で決めていいものじゃないでしょう? そりゃ私だって隊長なんてやりたくなかったけど、アニさんの命令だし、ヴァイオラにも頼まれたし」
「あっ!? またヴァイオラ様を呼び捨てにしたーっ! 何度言ったら直るわけ!?」
「あ、ごめん。つい……」
「つつつ、つい、ですってぇ――――っ!? ほんっとばっかじゃないの! やっぱりリリナは不敬だわ! 隊長に相応しくなーい!」
「ああもう、ごめんってばーっ。これから気をつけるから許して。ね?」
「いやよ! 許すまじ! ムキーッ!」
文句を言い足りないレティアに、それでも構い続けるリリナも大概ひとが好い。
エスメがお茶を飲みつつのほほんと眺めている中、アザンカだけはリリナの実力の高さに驚嘆していた。
魔力渦を手で振り払い消滅させる。簡単そうにやってのけたが、それがどれほど高い技術であることか。二工程を丁寧にしないと魔法を編めないアザンカからすれば神業のようなものだった。
魔力というものは簡単に言えば力の源だ。触れても別に熱くないし痛くもないが、だからといってロウソクの火のように手で払っただけで消えるものではない。術者本人の意思の下では消滅は一瞬だが、意識が集中し今まさに魔法を放たんとしている魔力渦は術者の手足も同然で、消そうとすれば抵抗されるし消えまいと輝きを保ち続ける。
魔力を打ち消すものは魔力だけ。同等の質量の魔力をぶつけて相殺させるしかない。
リリナがすごいのは、レティアの魔力渦を一瞬で見極め、同等の質量の魔力を瞬時に発現させたことである。魔力制御どころの話ではない、並みの術者であれば数十年の経験と培った感覚によって成し遂げられる技量のはずである。
経験を補って余りある才能。
魔法に関してルーノは天才だが、基礎技術について言えばリリナのほうが上だった。
アザンカは感心するしかない。
もちろんレティアもそれには気づいている。だから、実力が劣って不利な魔法対決には拘らず、今や口論に切り替えていた。レティアはレティアでずば抜けた才能の持ち主なのだけど、リリナには現時点では遠く及ばない。
この部隊の隊長は、誰が何と言おうと、リリナ以外にありえない。




