繝エ繧。繧、繧ェ繝ゥ隕ェ陦幃嚏②--SYSTEM ERROR[ヴァイオラ親衛隊②]
戦闘に向かないだけでなく、自分に自信がもてない魔導兵がここにも一人……。
光と風の属性をもつ少女クレハは、今まで魔法を発動させたことがなかった。何度練習しても魔力を【魔法の指輪】に込めて放つことができなかった。
魔法にかぎらず、あらゆることで鈍臭かった。足は遅いし、手は不器用。頭もそれほど良くなくて、面白い話もできないから人と話すことも苦手だった。
自分に自信がもてないばかりに前髪を伸ばして目許を隠すようになり、そのせいでますます引っ込み思案になっていた。
(どうして私なんかが魔導兵なんかに抜擢されたんだろう)
クレハは孤児だった。辺境の村の施設で育てられた。アニに引き立てられたとき、施設はあっさりとクレハを引き渡した。役立たずの穀潰しが減ったと喜んだそうだ。
役立たず……確かにそうだ。
(せっかくアニさんが才能を見抜いてくれたのに、私はそれを形にすることさえできない。ここでも私は役立たずの穀潰しでしかないんだ)
でも、泣いていても始まらない。
クレハは涙を拭うと、指輪をかざして魔法詠唱を繰り返した。
今日こそ成功しますように、と祈りを込めて――。
だが、半日かかっても何も起こせなかった。ほかの隊員はムラこそあれど何度も魔法行使に成功している。一度も魔法を使えたことがないのはクレハだけだった。
とぼとぼと宿舎に帰ると、建物の裏から物音がした。角から恐る恐る覗き込む。裏庭には天才少年のルーノがいた。
すべての属性をもつルーノは、いくつもの魔法を組み合わせて【合体魔法】を編み出していた。青白い輝きを全身から放ち、繊細な指使いで中空に出現させた魔力渦を制御していた。その姿はあまりに美しく、クレハは魅入られるように思わず足を踏み出していた。
パキッと小枝を踏み抜き、その瞬間ルーノが作り出した魔力渦が霧散した。
「誰?」
「あっ、ご、ごめ、なさい! わ、わた、じゃま、邪魔し、ちゃ、て」
「あっ! クレハちゃんだ!」
駆け寄ってきたルーノに手を握られて、クレハの頬が夕焼けよりも赤くなる。ルーノは、三つ年下とはいえ見目麗しい男の子。異性として意識してしまっても仕方がなかった。
「いま訓練の帰り? おつかれさま!」
「あ、うん。ル、ルーノ、君は、その、さ、さっき、も、れ、練習、し、してた、の?」
「うん! アニさんがね、合体魔法を早く完成させろって急かすんだ! もうすっごく大変でクタクタ! でも、すっごく楽しいよ!」
「そ、なん、だ……」
眩しい。ルーノの笑顔だけじゃなく、その才能までが。
「じゃ、邪魔し、ちゃ、……ごめ、んね?」
「邪魔したって? ううん、そんなことないよ! 僕ももうすぐ上がろうと思ってたから丁度よかった! クレハちゃんにも会えてすっごく嬉しい!」
屈託なくそんなことを言う。
(私に会えて嬉しいの!? そんなの絶対うそだ!)
「わ、わたし、なんか、……う、うそ、だよ」
「嘘じゃないよ? 僕、クレハちゃんのこと大好きだもん!」
「~~~~っ」
(わ、わかってるもん! 好きっていうのも、人として、お友達としてって意味で言ってるんだってことくらい! ルーノ君、まだ異性を好きになるような年じゃないもんね!)
それでも、どのような形であれ好意を向けられるのは嬉しい。
こんな私でも好きって言ってもらえて……。
こんな、こんな、……。
「ううう……」
「あれ!? クレハちゃん、どうして泣いてるの!?」
途端に情けなくなった。ルーノに好きって言ってもらえる資格なんて、何もできない自分には初めからないのだ。
「わ、わた、し、役立たず、だから」
「役立たず? 何で?」
「だっ、て、まほ、う、も、い、一度、も、使えて、ない……、から」
「魔法を使えるようになりたいんだね?」
こくり、と力なく頷く。これまでどれだけ練習しても使えなかった。きっとこの先も改善されるとは思えず、諦めかけた心が素直にルーノに甘えてしまった。
「じゃあ、僕が教えてあげるね!」
「うん……、え? えええ!?」
見てて、とルーノが腰にぶら下げた腕輪の一つを外して指に装着した。実演してみせるつもりのようだ。クレハはすぐさま後悔した。自分の不甲斐なさに打ちのめされるのは仕方ない。でも、そのせいで天才といわれるルーノの貴重な時間を奪うなんてあってはならないことだ。習うならせめて隊長のリリナに頼むのが筋であるし、優しくて人懐っこいルーノの性格に付け込んだみたいで罪悪感を覚えた。
(そこまでしなくてもいいのに! ていうか、私が裏庭に見に来たのがそもそもいけなかったんだ……! ルーノ君の練習の邪魔しちゃったから……!)
俯きかけたとき、ルーノが叫んだ。
「クレハちゃん、見て! こうやって、めいっぱい両腕を伸ばして、この先にもう一つ両手があるって意識してみて! そこ目掛けて腕からぴゅーって水を飛ばすみたいに魔力を込めるの!」
ルーノの体が発光する。ルーノの両腕の先、言葉どおりに魔力が溜まっていくのが見えた。指輪という銃身を通って紡がれた魔力弾は金色。光属性の魔法である。
「すごい……」
(キレイ……!)
「詠唱することでさらに魔法の方向性が加わって、効果と威力が確定するんだって。でも、このままだと単なる魔力の塊にすぎないから触っても痛くないんだ。触ってみる?」
「い、いいの?」
「うん! 触れてみたらちょっとは何かがわかるかもしれないよ?」
恐る恐る触れてみる。金色に輝くそれはロウソクの火のように淡く揺れている。熱そうにも見えたけれど、触れてみると仄かに温かい。人肌くらいの温度でしかなかった。
生きている、と感じた。
血液? 魂? 違う。これは……生命力だ。
魔力って、そうなんだ。
生きる力なんだ。
「じゃあ、見てて。この魔力を魔法に変えるから」
==聞け 光の精霊よ 我を断罪する者よ==
==循環する空気に清冽をもたらせ==
==不浄を消し、彼の者の肺を満たせ==
==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==
==紡げ――《ヒーリングハンド》==
中位人撃の回復魔法。
パァッと弾けた光がルーノの両手に収束し、その手が黄金に輝いた。
クレハのそばに寄り、クレハの頬を包み込む。フワッと風が舞い、クレハの前髪を押し上げた。正面から目と目があう。ルーノの瞳にははっきりとクレハの顔が映りこんでいた。傷口を塞ぐ回復魔法。それなのに、この温もりはクレハの心の傷まで癒すかのようだった。
光はまもなく消滅し、紡がれた魔力はすべてクレハに注がれた。
「おしまい。怪我してなかったから効果は確かめられなかったけど、攻撃魔法を使うわけにもいかないからね。地味でがっかりした?」
「そ、そんな、こと、ない! す、すご、く、キレイ、だった、よ!」
「本当! やったあ!」
無邪気に喜ぶルーノ。
なんとなくわかった気がする。魔法って『武器』じゃないんだ。
アニは「弓に矢を番える」つもりで魔力を込めろといっていた。だから、自然と人を傷つける武器のように考えていた。そうじゃない。これは守るための力だ。
癒すための力。
包み込むための。
「や、って、みます!」
指輪を装着する。
ルーノにいわれたとおり、両腕を伸ばし、その先にもう一つ両手があるイメージで。
魔力を通す。クレハの感覚では水というより風だった。風を中心に集めるように。
閉じていた目を開けると、そこには白と黄色の二色の火が灯っていた。
「クレハちゃん! 詠唱だよ!」
「う、うん……!」
落ち着いて。ここまではっきりと目に見える形で魔力を紡げたのは初めてだ。この機会を逃さぬよう、慎重に。――行きます!
==我に歯向かうもの 害為すものよ 招かれざる悪よ==
==この場はそなたを忌み嫌う=
==去れ、去れ、去れ==
==人の手になるものに祝福あれ いざ万物の力を授けよ==
==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==
==紡げ――《リージョン》==
その瞬間、魔力風が渦巻いて空に舞い上がった。
風に運ばれた光がやがて頭上からキラキラと粉雪のように降ってきた。悪意ある者を遠ざけ、善なる者を守護する光と風のカーテン。この二属性を苦手とする魔族を立ち入らせない結界魔法であった。
初めての魔法の手応えにクレハは放心した。
「で、……きた?」
「やったあ! やったね! クレハちゃん、おめでとう!」
「わう!?」
ルーノに抱きしめられて、達成感が吹き飛んでしまった。頬と頬がくっついて、たちまち上気した熱が彼に伝わってしまわないかとドキドキした。
(ルルル、ルーノ君たら! はわわわわっ!?)
「きゅうー……」
「え!? ちょ!? クレハちゃん!? どうしたの!? クレハちゃんってば!?」
完全にのぼせ上がったクレハはその場で意識を失った。それをただの魔力切れだと勘違いしたルーノはどこまでも罪作りであった。
かくして、クレハもまたヴァイオラ親衛隊の一員としての一歩を踏み出せたのだった。




