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想定


「ま、魔族どもがいなくなった……」


「俺たちの勝ちだ!」


 わあ、と勝ち鬨が上がる。護衛についた王宮兵も、切り札として登場した魔導兵も、こっそり帰ってきていたエウネとハウリは声こそ出さなかったものの、喜びに沸きあがった。


 ポロント・ケエスは馬に飛び乗り念入りに周囲を警戒しつづけた。


 やがて肩の力を抜いた。


「……逃がしてしまいましたか」


 あと少しというところで。


(まあいいでしょう。結果だけを見れば痛み分け……いえ、想定していたよりも半分以下の損害で済みましたので、こちら側の勝利といっていいかもしれませんね。占星術師殿の予言はすべて的中していましたし、その確認もできた)


 敵幹部二体と、その部下五体に襲われること。


【魔法の指輪】による魔法攻撃が魔族を撃退しうる威力を持っていること。


 勇者スキルが及ぼす効力について。


 すべての馬車が破壊された瞬間に戦いが終わることもそうだ。


 そして何より、王宮兵の力量不足についても……。


 この交易自体、敵幹部を誘き寄せる罠だった。失敗したからといってラクン・アナの行商人は変わらず王都へ定期的に行商にくる。【魔法の指輪】はこれからも問題なく供給されるし、双子エルフは知らないことだがラクン・アナも今回のことは承知の上だ。


 終わってみれば、アニによって組織された【傭兵部隊】が一番いい働きをした。


 魔導兵を指導し教育した人物が魔導服のフードを脱いで素顔を晒した。


「皆さん、魔族は去りましたが油断しないで。まだどこに潜んでいるかわかりませんから」


 アコン村出身の村娘、リリナである。


「指輪はまだ外しちゃ駄目だよ! いつでも魔法を使えるように準備しててね!」


 傍らにいた弟のルーノも注意を呼びかけた。魔導兵たちは緩んだ気を締めなおして、再び指輪を装着した。弛緩した空気は引き締まり、兵士たちは手分けして戦いの後処理を粛々としはじめた。


(さすがは滅んだ村の子供たちです。そこらの兵士よりも場慣れしている)


 この子供たちが魔導兵を束ねる要であった。アニが推挙し、ヴァイオラ様が太鼓判を押した人材だけあって、誰よりも魔法を熟知し、魔法の扱いにも長けていた。人生経験の不足ゆえか指導者としては未熟であったがそんなものは周りの大人が補ってやればいい。


 いま必要なのは圧倒的な力だ。


 人々を虜にする純然たる力だ。


 未熟な子供であることが幸いした。誰でもなれると思わせることができるから。【魔法の指輪】さえあれば自分も勇者になれるかも、と夢を見させることができるのだ。すべての国民を兵士に変えるその足掛かりとしてこれ以上ない模範となる。


 なんと罪深い役目をあの子らに負わせたものか。


 アニもヴァイオラ様もおそらくそこまで考えて起用したはず。


 本気でこの国を変えるつもりでいるのだ。


(この戦いはそのための布石……! 少数だが死傷者が出たことで国民の魔王軍への敵愾心を煽ることにも繋がる……! すべてが追い風になる……!)


 ポロントは占星術師アニの権謀術数に身震いし、時勢を冷静に読み解いた。


 アニに付いていこうと決めた。


◆◆◆


【商業都市ゼッペ】に帰還したポロントたちは、商人のネットワークを駆使してラクン・アナとの交易中に起きた出来事を余すことなく喧伝した。何よりも信用が売りの商人が進んでガセネタを広めるはずがない、というある種の信頼と、商館を異にする商人たちが異口同音に同じ語りをする上に、さらに犠牲になった王宮兵が実在する事実が、この話が真実であることを裏付けた。


 市井がその話題で持ちきりになった頃、ようやく王都にもその話が伝わった。


 王宮の一室で茶を飲みながら思わずほくそ笑む。


「うまくいったな。予想以上だ」


 そう言うと、傍らにレミィが現れていつもどおり茶々を入れてきた。


「予想以上? 予定通り、の間違いじゃありませんの? お兄様のことですもの。ぜーんぶ織り込み済みなんですの」


「……なあ、謙遜って言葉知ってるか?」


「お兄様の辞書にはきっとありませんわね」


「そのとおりだ。だから、予想以上ってのは本当だ。こうまで噂が浸透するとは思わなかった。まあ、情勢を考えれば魔族の動向は今や国民の関心ごとの筆頭にある。ある程度広まることは予想したとおりだ。予想以上だったのはその速度だ。噂が出回るのが考えていたよりも三日は早い。ポロントの奴、スカした顔していやがったがえらく張り切ってるらしいな。本気で国を盗るつもりでいやがる」


「お兄様のことですからポロント・ケエスの操縦に自信がおありなんでしょうけれど、王宮のほうは大丈夫なんですの? 【傭兵部隊】のことが英雄扱いされて王宮兵の立場がありませんわ」


「ああ。だからわざわざ噂が広まるまで王室や大臣たちの耳に入らないように工作したんだ。ヴァイオラを使ってな」


「そうでしたわね。でも、ヴァイオラはともかく王宮兵の隊長さんとか護衛騎士団の団長さんとかは【傭兵部隊】のこと無視できないと思いますの」


「だろうな。だが、やつらに発言権はない」


 王室会議の場において軍閥側で発言権があるのはいまだヴァイオラのみである。千人隊長リンキン・ナウトに至っては同席することさえ認められていない。つまり、ヴァイオラが言わないかぎり【傭兵部隊】の存在が上層部に伝わることはないのだ。少なくとも噂が王都に届くまでは。


「先に報告されていたら【傭兵部隊】そのものが潰されかねなかった。王国法を改正して取り締まられる前に既成事実を作る必要があったんだ。それにも間に合い、世間では王宮兵よりも【傭兵部隊】を持ち上げ出している。こうなってしまえば【傭兵部隊】を容易には潰せない。潰せば国民の反感を買うだけだからな。王室はもう【傭兵部隊】を認めて管理する以外にないってわけだ」


 そしてその管理は王宮兵千人部隊に一任されることになるだろう。ポロント・ケエスに話したとおりの展開になる。


「そう上手くいきますの?」


「いくさ。駄目押しもすでに進行中だ。今週末には貴族連中が集まる社交界が開かれる。そこで商人貴族と軍人貴族、全員の意志を統一させる」


 おまけに、今回のことでクソザコ妹の思惑が少し読めた。


 幌馬車を破壊させれば勝ち、という条件にしたのには実は理由があった。馬車の荷台は木製で幌は布だ。誰が考えても【火属性】に弱いことくらいすぐにわかる。火属性の魔法が使えるのは現段階ではリーザ・モアのみ。おそらくリーザを送り込んでくるだろう。重視すべきはペアとして選ばれるキャラのほうで、もし同じ火属性の攻撃ができるキャラを選べるとしたら……。


 ほぼすべての属性をもつ【赤魔女ナナベール】を仲間にしているかどうか。


 クニキリを出したならば、忍びスキル《火遁の術》を修得しているとして、クニキリの現在レベルが判明する。


 この二つの情報が手に入るチャンスであった。


 だが、こちらの目論みはすべて外された。


 リーザ・モアではなくグレイフルがなぜかユニット入りし、クニキリは《火遁の術》を一回も使用しなかった。


 これでは【赤魔女】の有無も、クニキリのレベルも推し量れない。


 まさかあの妹がこちらの企みを読みきったっていうのか。


 しかし、ポロントによくよく聞いてみると決してそうではないと確信した。


 馬車は時間差で爆発したらしい。魔法を使われた形跡はなかったので、おそらく何らかの魔法具を使用した可能性がある。


 そんなものマジックアイテム【炎の化石】以外にありえない。魔法を習得していなくても属性魔法を発動させられる便利な石だ。どのキャラであっても扱える。


【炎の化石】を序盤で入手できるとしたら、ロゴールのダンジョンかラクン・アナの魔法研究所だけだ。魔法研究所は魔導兵が詰めていて攻略するのは難しい。それに、今あそこを攻略するメリットはないはず。


 となると、ロゴールの【ルドウェン竜骨火山洞穴】か。


 あのダンジョンに何を取りに行った?


 あそこには確か……。


「くっくっくっ。そうかそうか、なるほどな!」


「キャーッ、お兄様がまたあくどい笑みを! 素敵カッコイイですわ! お兄様!」


「クソカス妹の考えが手に取るようにわかるぜ。アイツ、随分せこいコト考えてやがるじゃねえか。いいぜ? 乗ってやる。なかなか面白い手だ」


 てことは、やっぱり【赤魔女】はすでに仲間にしているな。【錬金】できなきゃ話にならねえからな。


 こうなったらバカクズ妹の戦略をあえて利用させてもらうとするか。せいぜい俺の手のひらの上で踊るがいい。


「くっくっく、ケハハハハハハッ!」


「よかったですわ。お兄様が楽しそうで!」



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