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SIDE―兄③ 占星術師アニ

「私は――、自分を曲げることだけは許されない」


「決意を新たにするのは立派だが、服を着てくれないか? 侍女に見つかるとあらぬ誤解を招きかねん」


「……っ!?」


 驚き振り返るヴァイオラ。すぐさま脱ぎ捨てたドレスを手にして前を隠し、もう片方の手でこちらに剣先を向ける。


 ドアの前に立つ俺を見て、改めて驚いた顔をした。


「な、なな、なぜおまえがここにいる!? 占星術師【アニ】……!」


「……」


 アニ、か。


 何でそんな名前が付いたのか知らないが、ゲームキャラにまで浸透してしまっているとなるとこの先も【アニ】で通すしかなさそうだ。


(あら? お気に召しませんの?)


(レミィ……、そうか、おまえの仕業か)


 俺の目には、傍らで羽根を広げて浮かぶレミィの姿が見えていた。


 ヴァイオラにはレミィの姿が見えておらず、声さえ聞こえていない様子である。


 心の中で言葉を投げ掛けると、それはレミィに伝わった。


 テレパシーで会話を繋げる。


(この世界では俺の名は【アニ】なんだな……)


(わかりやすいですもの。それとも他の名前に変えますの?)


(もういい。面倒だし、名前なんてどうでもいい。どうせ、俺はこの世界には実在しない人間なんだ)


 考えてみれば、ここはコスプレ住人がひしめく異世界だ。本名で呼ばれるほうがよほど恥ずかしいと気づいた。むしろ、アニ、という簡単な名前でよかったと思いなおす。


 いつまでも黙って見つめていると、ヴァイオラの頬が徐々に赤く染まっていった。


「どうした? 早く服を着ろ」


「あ、あっちを向いていろ! この不埒者め!」


 どうやら俺の視線が気になっていたようだ。


 ……女を出すなよ。面倒くせえ。


 後ろを向く。すると、衣擦れの音が聞こえてきた。


(お兄様ったら女の子の下着姿を黙って見つめるなんてヘンタイみたいでしたわよ)


(ゲームキャラだぞ? 二次元に興奮する奴はそれこそヘンタイだ。俺にそんな趣味はない)


(レミィもですの?)


(あ?)


(レミィも二次元キャラだとお思いですの?)


(……)


 何だ?


 何を言わせたいんだ、こいつ?


 レミィが俺の目をじっと覗き込んでくる。


 俺は……視線を逸らした。くそ。


 付き合ってられるか。


「もういいぞ」


 ヴァイオラの許しを得て正面に向き直る。


 ヴァイオラは恥ずかしそうにドレスの裾を握っていた。ゲーム本編では軍服姿のイメージが強かったので、些か新鮮だった。


「おまえはいつも突然だ。なぜ、来るとき前もって言わないのだ?」


「行きたい場所と時間に好きに跳べるからな。時間を戻すことはできないが、ま、それを望むとゲームがつまらなくなっちまうだろ」


「? 何の話だ?」


「何でもない。それより、アンタに話しておきたいことがある。聞いてくれるか?」


 それまでリリナが使っていた椅子に座る。ヴァイオラは一瞬躊躇った後、向かいの席に座り、すっかり冷めてしまったお茶を一気に飲み干した。


「リリナに話したのか? 魔王復活の予兆のことは」


「……いや、まだだ。いたずらに不安を煽ることもあるまい。アニが予言したとおり各地で異常気象が巻き起こっているが、それが魔王復活の予兆だとする確たる証拠はない」


「悠長なことだ。占星術師である俺がそうだと言っているんだ。予知した異常気象はすべて当たった。これ以上何を当ててほしいんだ、お姫様?」


「むう……」


 ヴァイオラが口ごもる。


 彼女を信じさせるためにゲームのプロローグの一部を語って聞かせただけなのだが、効果覿面だったようだ。


 だが、確かにヴァイオラの言うとおり、それと魔王復活とどう関わりがあるのか説明するのは難しかった。ゲーム開発者にでも訊けと言えたらどんなに楽か。


 ヴァイオラ・バルサ――か。


 王宮兵を率いる姫将軍。


 キャラクターの背景まで細かく作りこまれていて、その分ゲーム終盤まで物語に絡んでくる。


(人類勢にとっては超重要人物ですわね)


(ああ。ゲーム本編最終章にあるバトルステージ【第二次人魔大戦】では総大将としても出てくる、言わば人類側のラスボス的存在だ)


 エピローグでは、神を失った世界で統一国家の元首にまで上り詰めていたっけ。


 主要キャラの一人だ。


(ヴァイオラは元々【神都】の存在に不信感を抱いていた。独自の軍隊を持とうとしたのもそのためだ。魔王復活の予兆は、彼女の軍備拡張の正当性に資する情報だった。証拠がないなんて口にはしているが、本心ではすぐにでも公表したいはずだ)


(レミィにはヴァイオラがゲーム本編よりも慎重になっているように見えますわ)


 それはそうだろう。


 ヴァイオラにとっても、そして世界にとっても、俺という存在はイレギュラーだ。


 迷いは生じる。


 そして、その迷いこそがうねりとなって革命を起こすのだ。


(迷い、考えろ。それが後にこの女を強くする。ゲーム的に言えばレベルアップというやつだな。俺の手で知力を伸ばしてやっている最中だ)


(仲間にできますの?)


(仲間? 違う。手駒だ。俺に仲間など必要ない。所詮、こいつらはゲームキャラだ。せいぜい利用させてもらうさ)


(ま。悪い顔ですこと!)


 ヴァイオラの王女という立場は非常に使い勝手がいい。


 チュートリアルのステージ【アコン村】の強化には権力者の命令が一番手っ取り早いはずで、何としてもヴァイオラの力が必要だった。リリナを使って徐々に村人を説得していくという手もあるが、ヴァイオラを使ったほうがより確実だろう。


(しっかし、便利なものだな。俺はいま【アニ】という人格でヴァイオラと対面しているわけだが、ヴァイオラも俺を【占星術師アニ】というキャラで認識している。けれど、ひとたびヴァイオラの前から姿を消せば、ここでの会話は【転生キャラ】と行なったという認識に差し換わる。あとの整合性はこいつらが勝手に取ってくれるんだろ?)


(そのとおりですわ。ヴァイオラから【アニ】の記憶は消え、お兄様の【転生キャラ】と過ごした時間だけが事実として残りますの)


(予言とか予知とか、そういうのの説明はどう付けるんだよ? 占星術師だからこその説得力だろうがよ)


(その場合、一緒に文献を紐解いた、とかに変わりますわ。どうとでもなりますわよ、その程度なら)


(いい加減なこった。だが、【転生キャラ】のフリをしなくていいのは助かった。コスプレしてゲームキャラを演じるなんざ死んでもゴメンだぜ)


(きっと、お兄様のその性格がゲームシステムに反映されたんだと思いますわ。占星術師という役職も胡散臭いお兄様にはピッタリですわ。――アイタッ。何をしますの!?)


 でこぴんだ。


 解説するのはいいが、調子に乗せると小うるさい。


 時々、こうやって黙らせよう。


「私に話というのは何だ?」


「王女であるアンタには発言力はあるが自由に動ける時間がない。王宮の中におべっか以外でアンタに心から賛同している人間がどれほどいるかもわからない」


「む……」


「手足が必要だろう? 俺が成ってやる」


「それは……どういう意味だ? 私に何をさせるつもりだ?」


「アンタはアコン村の村長にお願いするだけでいい。丁度いま、各地の領主が一堂に会する【首長会議】が王都で行われていることだしな。明日、直接会えるだろう」


「何を頼むのだ?」


「俺が村の【いくさ指南役】に就くことをだ。アンタの代わりにアコン村を強化する」


「アニが? おまえにできるのか? そんなことが」


「口出しだけならな。頑張るのは村人だ。男たちを立派な【農耕兵】にしてみせる。そして、まずはアコン村からだ。すべての村に号令を出せば民の反発を招くだろう。リリナが間に入ってくれるだけまだアコン村がやりやすい。他の村は後回しだ、アコン村を成功例にして徐々に広めていく」


(もっとも、他の村々を強化する意味はほとんどないけどな。立ち絵キャラが存在するのはアコン村だけだ)


(あら? 魔王であるプレイヤーは他の村にも攻めることができますのよ?)


(魔族側の戦力を必要以上に削るのもな、大して面白くない。労力に見合うだけの価値がない)


(そういうものですの……)


(俺は妹に楽しんでもらいたいんだよ。大いに楽しんでもらった上で、コケにしたい)


 だから、チュートリアルの次に仕掛けるのはそれより大きな舞台でだ。


「どうだ?」


 ヴァイオラは黙考した後、ふう、と息を吐いた。


「確かにおまえは博識だ。私よりも弁が立つ。――いいだろう。アコン村の村長は器の大きな方だ。私のワガママも聞いてくれるだろう」


「よし」


「だが、くれぐれも無茶はするな。私の信用にも関わることだからな」


「わかってる。悪いようにはしない。約束するぜ。俺はアンタをこの国の王にしてみせる。いや、この世界の王にしてやる」


「なっ……!?」


 椅子から腰を上げる。


 ヴァイオラに接近し、その手を取って立たせた。


「ヴァイオラ・バルサ」


「は、はいっ」


 夕日が沈む。


 薄闇の中、王女の顔に手を添えた。


「ここに誓う。俺はアンタの味方だ。アンタを守り、アンタを世界の王にする。その日まで決してアンタを裏切らない」


「ア、アニ……、あっ……、んん……!?」


 多少強引にいくのがこの女にはいいはずだ。


 レミィが傍らで怒っているが、知ったことか。


 所詮、相手はゲームキャラ。何をどうしたところで問題はあるまい。


 ヴァイオラの腕に力が籠もり、体ごと引き離される。


「おまえ……、な、なんてことを……」


「嫌だったか?」


「……っ」


 まんざらでもなさそうだ。


 思ったとおり、チョロい女だ。


「忘れろっ! このことは!」


「無理を言うな。アンタは忘れられるのか?」


「わ、私はっ」


「とにかく、頼んだぜ? まさか、今のでさっき話したことも忘れたとか言うなよ」


「そんなことあるわけないだろう! み、みくびるな!」


「ああ。それでこそ、俺の王だ」


「くう……」


 使い勝手のいい。都合のいい。俺の駒だ。


 この女を使って、まずは、ゲーム内の人間関係を書き換える。


 プレイするのを楽しみに待っていろ、バカ妹よ。


(そうだ。レミィ、一つ頼みがある。チュートリアルが終わったら妹と話をさせてくれ。あいつの慌てる様を見てみたい)


(ほんっと、あくどい顔ですこと!)


 この後、アコン村の強化に無事成功し、チュートリアルを迎える。


 妹との最後の遊びが始まった。

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