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アニVSラクン・アナ魔導兵


 ラクン・アナの魔導兵は道を阻む闖入者に一様に敵意を向けた。理由はともかく足止めに撃たれた風魔法が彼らの琴線に触れたのだ。いやしくも魔導を追究している身に魔法を仕掛けるなど決闘を申し込んでいるようなものである。見返りが死であったとしても文句を言えない愚行狼藉であった。


「何用だ? 小僧」


 一応の釈明は聞くがあふれ出る殺意が生きては返さぬと告げている。たとえこれがアンバルハル側の突発的な避難措置であったとしても、この遣りように斟酌の余地はなく、後に国から正式に抗議するとして、この小僧に対する制裁を見送る理由にはなり得ない。


「申してみよ。何故、我らの足を止める?」


 馬上からの命令。馬から下りる気はさらさらないようだ。この高慢さはラクン・アナ国民の気質なのか、それとも上級魔導兵という階級がそうさせているのか。


 何にせよ衝突は避けられそうにない。


(――ったく。面倒だが仕方ない)


「言ったろ。ここから先へは行かせないって。あんたらが大人しく引き返すなら俺も危害を加えない」


 魔導兵が訊いている『何故』に答えなかったことが、答えだ。先頭にいた魔導兵が右手を掲げた。その瞬間、四人が道を空け、最後尾にいた一人が馬を走らせた。


「紡げ――《ファイアーボール》!」


 先頭に躍り出た瞬間、魔法を放った。魔術の杖から放たれる火炎弾が、低位の魔法にもかかわらず特大の質量を伴ってアニに襲いかかる。


「――」


 そいつが密かに魔法詠唱して機を窺っていたことには気づいていた。だから、アニもまた内心で詠唱していた。『火属性』の祝詞で合わせたのはほんの挨拶代わりだ。


「《火球》!」


 アニの手のひらからも火炎弾が飛び出した。《ファイアーボール》が空中で激突し、火花を散らして相殺した。同威力であったこともそうだが、先の風魔法と合わせて二つの属性を持っていることに魔導兵たちは驚愕した。


「小僧……、もしや貴様、魔王軍の手先か」


「あ?」


「ラクン・アナの兵士であっても二つ以上の属性持ちは少ない。貴様がラクン・アナの魔導兵でなければ魔族以外に考えられん」


 魔導兵のその狼狽ぶりに、くっ、とアニは堪えきれず笑みをこぼした。


 どれほど自尊心が高いのか。そしてその思い込みは期せずして都合よく作用した。アンバルハル側からの妨害だと思われたら今後の交易に支障を来しかねないのでこの場では彼らを追い返すに留めるつもりでいたのだが、魔王軍だと勘違いしてくれている今ならば何遠慮することなく攻撃魔法を当てることできる。最悪殺したとて、その罪は魔王軍が被ってくれるというわけだ。


 ボロを纏っているのもカモフラージュとして大きかったようだ。ならばこれより、この身は魔王軍幹部――最強の魔法使いを名乗るとしよう。


「明察の通りだ。俺は魔王軍の最高位魔導士。命が惜しくば引き返せ、人間」


◆◆◆


 しばしの間を置いて、魔導兵たちは臆するどころか失笑した。


「少々驚かされたが、この程度で魔王軍の最高位を名乗るとは。噂に聞くほど魔王軍は脅威ではなさそうだ」


「雑兵である魔物に翻弄されているアンバルハルはよほど兵士が足りていないのだな」


「兵士には女子供しかいないのではないか?」


「はっはっは! あり得るな。だからせっかく現れた勇者が犠牲になるのだ。いや、その勇者もこの程度の魔王軍に破れたとなると……」


「勇者を生み出した神の程度も知れるというもの。おっと、口が過ぎたか?」


「これは、混乱に乗じずともラクン・アナの軍事力だけで世界を支配してしまえそうだな。……神都さえも」


 不敬な発言で笑い合う。アニの嘘を信じて侮っているこの状況も増長を加速させている。他にも雪と氷に閉ざされた大地に押し込められている国の現状への不満が背景にあり、不信心を招いている原因にもなっている。


「では、魔王軍の最高位魔導士殿。手始めに貴様の首を取って、ラクン・アナの世界征服の狼煙としよう」


 五人の顔つきに殺意が宿り、各々が握りしめた魔法の杖を眼前に掲げた。


(させるかッ!)


 いち早く動いたのはアニだった。


「《風刃》!」


 心の中で詠唱済みの魔法を撃ち出して機先を制する。風の刃が馬の首めがけて飛んでいく。――まずは機動力を削ぐ!


 ギィイイイイイン!


「ッ!?」


 馬の首に届く瞬間、《風刃》が見えない壁に弾かれた。魔法防御――光属性のマジックシールドか何かだろうが、そんな魔法を掛けていた素振りはなかったはず。


 標的にした馬の魔導兵が感嘆の声を上げた。


「ほう。無詠唱とは腐っても魔王軍だな。しかし、その程度の威力ではこの魔法防壁を突破することはできんぞ!」


 もしや、【魔法の指輪】と類似するマジックアイテムを各馬に装着しているのだろうか。攻撃魔法へのカウンター型なら詠唱の必要はないしノーモーションでの発動も可能だ。


「くっくっく、魔法属性が二つ三つあるだけでは何の自慢にもならんぞ小僧。我らラクン・アナの魔道は日々進化を続けている。先の人魔大戦から封印されてきた魔王軍とは百年分の開きがあるのだ。旧時代の力では決して到達することのない開きがな」


(上等だ。こっちも訓練した魔法がどれほど通じるか試させてもらおうか……!)


 これでも日夜トレーニングに励み、戦闘訓練も我流ではあるが行っているのだ。あとは実践を積むしか強くなる方法はないのだが、なかなかそういう機会は巡ってこない。この戦いはまたとないチャンスであった。


(油断は禁物ですわよ、お兄様。これまで出会った中で一番の『難敵』ですわ)


 わかっている。一番の『強敵』でないところがポイントだ。今まで戦った相手――アテアやシバキ、封印されていたドラゴン等――とは違い、こいつらの攻撃は魔法が主体で全員がその道の探求者だ。魔法しか取り柄がないアニにとっては自分の上位互換であり、最も攻略しにくい相手である。しかも多勢に無勢。アニと同程度の魔法使いが五人。勝てる見込みはゼロに近い。


 だが、アニを見くびる彼らの慢心にこそ付け入る隙はある。


「――紡げ! 《サンダーボルト》!」

「――紡げ! 《エアーズアロー》!」

「――紡げ! 《ウォーターシュート》!」


 詠唱を終えた者から我先にと魔法が放たれる。どれも低位の人撃魔法。威力よりも素早さを優先して紡いだのであろうが、それは魔族退治の手柄を逸った結果であった。


 それぞれ属性は違うが下位の威力しかない魔法であれば同一の盾で事足りる。


「《土壁》」


 唱えた瞬間、地面から盛り上がった土塊がアニの眼前で一枚の壁に変わった。魔導士たちが放った魔法をことごとく防ぎ切ると、ヒビが入りボロボロに崩れ去った。土属性の中位人撃魔法。一ターンのみの効力だが、すべての攻撃を無効化、あるいは威力を減少させる盾である。


「何!? この上、土魔法だと!?」


「ならば、これでどうだ!

 ==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==

 ==紡げ――《ホーリーシェル》!==」


 聖なる弾丸の嵐がアニに殺到した。光属性の中位地撃魔法。魔属性の敵を粉砕し燃やし尽くす祝福の飛礫が降り注ぐ。たとえ魔属性でなくともその威力は岩山をも吹き飛ばし鋼鉄さえ灰燼にせしめるほどである。魔族であれ生身の肉体ならば一瞬にして原形を留めない挽き肉に潰しうるだろう。土の盾では到底防ぐことはできない。当然の結果として、弾丸が撃ち抜いていった地面は広範囲爆撃を受けたかのような惨状と化した。


「やったか!?」


 ボロの一切れさえ残していない。粉々に吹き飛んだ――はずだった。


「ぁがああああっ!」


 突然、集団の最後尾からその断末魔は聞こえた。振り返った四人が見たものは、顔を己の血で真っ赤に染めた魔導兵の苦悶の表情であった。その背後、馬の尻にボロを纏った人影が同乗していた。左手で魔導兵の肩を掴み、右手でその首にナイフを突き刺している。


「い、いつの間に……!?」


 魔導兵たちはアニが《ホーリーシェル》をかわし、一瞬にして背後に回り込んだことに驚愕したが、何も驚かせたくて最後尾に廻ったわけではない。


 この魔導兵は先の四人が標的を仕留め損ねた際、時間差で極大魔法を撃つ準備をしていた。ひとたび魔法を放てば、次弾を撃つのに詠唱分の時間を要する。現時点で魔法の用意を終えていたのはこいつだけがあり、間際の脅威を排除するという理由から標的に選んだに過ぎない。


 アニは魔導兵の首からナイフを引き抜いた。


「……魔法でなく直接手にかけたのはこれで何度目だ?」


「四度目ですの」


「そうか。段々何も感じなくなるんだな」


 こちらの命が懸かっているからだろう。いちいち気にしていられない。殺られる前に殺る――それだけだ。


 一人。


「お、おのれ! ――ハッ!?」


 次の瞬間、目を離したつもりはなかったのに、魔導兵たちはアニの姿を見失っていた。《ホーリーシェル》をかわした超速移動が意識にあったせいで、全員が魔法射程の範囲外にまで警戒の目を拡げた。


「どこだ!? どこにいる! 出てこい!」


 怯えと虚勢の混じった怒声を、アニはその足下で聞いていた。正確には馬の腹の下である。馬から一切降りようとしなかった魔導兵たちは目線の高さがそのまま眼下に隙を作っていることに今もって気づかない。馬に取り付けた防御用の魔法具を過信しているせいでもある。馬だけが弱点だという驕りがその目を曇らせていた。


 一人目と同じ要領で、死角から忍び寄り急所にナイフを突き立てる。今度は背中から心臓を一突きした。手応えから致命傷だとわかった。


 二人。


 咄嗟に口許を押さえて悲鳴を上げるのを止めたのだが、おかしな挙動を感じ取ったのか、真横にいて前方を警戒していた魔導兵がこちらを振り返り、目が合った。


「貴様ァ! よくも!」


 至近距離で魔法を使えば自分も巻き込まれる。そう判断したのか、腰に差していた剣を引き抜いて斬りかかってきた。咄嗟ではあったものの、やはり魔道に並々ならぬ矜持を持つ国の兵士である、剣の腕前は大したことなく上体を反らすだけで簡単にかわせた。


 馬から飛び降り一旦距離を開けると、残った三人の魔導兵たちは馬を返してこちらに向き直った。額に青筋を浮かべて、ぶつぶつと何事か呟いている。おそらく魔法詠唱だろう。


(完全に頭に血が上ってやがるな。このまま俺を殺そうと躍起になってくれりゃあいいんだが……)


(ふと我に返って逃げられたり、隊商の方向へ駆け出されたりしたら面倒ですの)


(ああ。だから、今度こそきっちり機動力を奪う……!)


 もう一度《土壁》を生み出して盾にした。魔法を防ぐだけでなく目隠しの意味もある。


「紡げ!」


 三人同時に魔法を繰り出した。おそらく各々が得意とし最も殺傷力のある攻撃魔法だ。盾越しに迫る熱量で推し量れるのはそこまでで、具体的にどんな魔法を撃ち出したのかまではわからない。が、どうせ避けるなら知る必要はない事柄だ。アニはタイミングを見計らい、魔法が《土壁》に着弾する寸前に高々と跳躍した。大破砕の煽りで巻き上がった砂煙が丁度よくアニの姿を隠してくれた。


 三人の頭上を飛び越えて着地し、重ねて土魔法を地面に解き放つ。


「《落穴》」


 魔力が地面に吸い込まれていくと、馬の足下を掠めるようにして亀裂が走っていった。直後、魔道兵を中心とした円周一帯の地面が沈下した。範囲を広くしたためにさほど深くない沈下であったが、裂けて瓦礫まみれの地面に馬は為す術なく転倒し、足を折った。


 悲鳴のような嘶き。馬から投げ出された魔導兵たちは困惑を禁じ得なかった。


「馬鹿な!? なぜ魔法具が作動しない!?」


 アニは穴の中に飛び降りて答えた。


「馬への直接攻撃は阻まれるが、対象にしたのがここの地面なら話は別だ。いくら自慢の魔法具でもひっくり返る馬を制御できはしないだろ?」


 これで馬は潰れた。残るは魔導兵三人のみ。


「すう――はあ、……っ」


 呼吸を止めて力む。魔法の連続行使の反動で全身に激痛が走る。本当なら咳き込むほどに呼吸を乱したいところだが、一気に片を付けねば数で劣るこちらが後々不利になる。我慢のしどころと見定めて、アニはさらなる魔法を発動させた。


 右手に【雷】属性。

 左手に【闇】属性。


 最も手前にいた一人に立ち向かう。剣を抜いたそいつは少しばかり腕の立つ男で、剣先を突きつけて間合いに入ることを拒み、瞬時にアニの足を止めた。これ以上踏み込めばおそらく先にこちらが斬られる。相手にもその緊張が伝わったのか、今の間合いを死守しようという意思がもたげたことを察知した。同時に、背後からもアニの背中を狙う殺意がにじり寄る。


 刹那の緊迫。次の瞬間、間合いを制して攻撃を仕掛けたのはアニだった。剣のリーチよりも遥かに長い魔法の射程距離。しかし、ほんの数メートルほどの間合いでは射手も魔法の威力に巻き込まれる恐れがある。必要なことは魔法の威力を極限まで抑え、一点のみを焼け焦がす繊細さと精密さ。右手からこぼれる雷光を制御して、長剣よりも細く長い得物――槍をイメージした電流を撃ち放つ。


「《雷槍》」


 バリリッ、と一筋の電流が空気を走って魔導兵の心臓を正確に貫いた。紺青の魔法衣の左胸を焦がした穴は小さく、まさに一点突破、一撃必殺の投擲であった。


 三人。


 アニの背中を狙っていた魔導兵には、仲間とアニがいまだに間合いを測って膠着しているように見えていた。なので、剣を構えている仲間を無視して振り返ったアニに度肝を抜いた。突進していった勢いが災いして、半身に姿勢を変えただけのアニをまんまと懐に招き入れてしまい、顔面に張り手をもらう。その直後、顔中に水ぶくれが発現し、内側から体液がこぼれ出るように顔面が溶けていく。


「《毒壊》」


「あ……ぁ、があ、ああああぁあぁアアアアァ――……ッ」


 目から口から血を吐き出して。皮という皮が剥げ落ちて。苦しみ悶えながらその場にうずくまった。しばらく呻き声を上げていたが、やがて舌を失い声帯が機能しなくなった頃には静かに息絶えた。


 四人。


「ハァ――――」


 静かに呼気を整える。すでに限界が近いことを悟らせないように。


 眼光鋭く最後の一人に視線を送る。


「ば、ばけ、化け物……! ひひ、ひぃいいいいい!」


 落とし穴から這い出ていき、馬も仲間も見捨てて逃げていく。振り返り振り返りアニを警戒しながらまろびつ怯え逃げる様には当初抱えていた矜持も気概も喪失しており、惨めさしか感じられない。このまま逃がして魔王軍の仕業に仕立ててもいいが、これ以上イレギュラーの種を撒かないためにも起きているうねりを最小限に食い止める必要がある。


 一人たりとも逃がしてはならなかった。


◆◆◆


 随分と距離が開いた。魔王軍の自称・最高位魔導士はいまだ落とし穴の中心で佇んでいる。ラクン・アナ魔導兵はこのまま逃げられるものと安堵した。


 突如、腕を掴まれて体勢を崩し、足を絡ませて膝を突いた。一体誰が――と顔を上げると、そこには遥か後方に置き去りにしたはずのアニが立っていた。


「なっ、どうやって!? こ、こんな、一瞬で……ッ!?」


 超速移動を可能にした《風脚》の原理をいちいち説明してやる義理はない。疲労困憊で話すのも億劫である。試したい魔法はまだいくつかあるが、この場で行使できるのはあと一つが限界だ。速やかに実行に移す。


 風が右腕に巻き付いていく。《風脚》と同じ要領だ。風の推進力を利用し拳速を上げて威力を膨れ上がらせる。見るべきは殺傷力と体への負荷だ。いざ――。


「《風拳》」


 ボシュッ――、と拳が飛んだ。形は右フック。的である魔導兵の顔が低い位置にあったためにボディを狙うショートアッパーに近い。渾身の拳撃が眉間から鼻骨にかけた顔面の中心を捉え、纏っていた風までもが進行方向へ押し込まれる。あたかもモーターレースにおけるスリップストリームように後追いする大気が真空に吸い込まれて気流を発生させるが如く。単純な物理攻撃の後に、逆巻いた疾風が刃となって魔導兵の顔面を細切れに引き裂いていった。意図せぬ拳と風の連撃。最初の拳撃ですでに頭蓋骨まで粉砕している上での風刃である、二度命を奪うほどの威力がこの応用魔法にはあった。


 しかし、射手の右手は相応の代償を支払うことになる。


「くあぁああぁあッッッ!?」


 右腕が肩までボロボロに切り刻まれた。皮の表面だけでなく血管さえ断ち切って、腕全体から大量の出血が起こった。風を踏む《風脚》とは違い、風を纏わせる《風拳》は威力がそのままフィードバックするらしく片腕そのものを破壊した。


 アニは引き千切れそうな右腕を投げ出して、呼吸を荒げながらも器用に左手一本で腰に巻いたカバンから小さな瓶を取り出した。中身は回復薬のポーションである。何度か使用したことがあり、飲む直前に受けた傷ならばある程度は元通り治癒することも実証済みだ。こうなることも予見して何本か常備しているのだが、ゲーム世界内では割と貴重なそれを躊躇うことなく飲み干した。


 時間が逆再生するように見る見るうちに右腕の傷が塞がっていく。激痛はなお残るが、自然治癒を無理やり引き出した代償と思えば安いものだろう。体力もいくらか回復した。


 頭部を失った魔導兵の亡骸を見下ろして、静かにガッツポーズ。


 五人。――殲滅完了。


 アニの勝利である。


◆◆◆


「だあっ! はあ、はあ、はあ、はあ――」


 四肢を投げ出してひっくり返る。全身が筋肉痛になったかのように軋んだ。しばらくは指先すら動かしたくない。


「って、そうも言ってらんねーか。……いや、少し休もう」


「さっすがお兄様ですわ! たった一人でラクン・アナの上級魔導兵を五人も倒したんですもの! レミィがいい子いい子してあげますの!」


「いらねえよ。ガキ扱いするな」


「じゃあキスしてあげますの! んー、チュッ」


「やめろバカ。ンなことしている場合じゃねえ。……ぐう!」


 レミィがうざったいので仕方なく体を起こした。もしかしたら今のやり取りは、レミィなりの尻叩きだったのかもしれない。おかげで休息よりも先にやらなければならない後処理に取りかかる流れになった。


「ラクン・アナ魔導兵の死体を埋める。幸い、他の四つの死体はすでに墓穴の中にある」


 沈下した地面にここにある死体を放り込んで、上から土を被せれば隠蔽完了だ。そのためには最後にもう一度土魔法を行使して穴ごと埋める必要があるが。


「隊商のほうの戦闘も見届けなきゃならん。休むのはその後だ」


「働き者ですわね、お兄様ったら!」


 ――今だけだ。下準備が終わったら、クソ妹をおちょくって思い切り楽しんでやる。


 心の中では悪態を吐くものの、生死を懸けた戦いを無自覚にも楽しんでいることにはついぞ気づかず。


 死体を抱えて歩きながら、アニは疲れた溜め息を吐き出した。



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