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イレギュラー


「て、敵襲ーっ! 敵襲ーっ!」


 隊商はにわかに緊迫した。巨大な槍の投擲により幌馬車がひとつ破壊された。槍は兵士二人を串刺しにして地面に深々と突き刺さっている。


(占星術師殿の予言が的中した……! 勇者である私や小隊長ではなく、荷馬車を攻撃してきた。ということは、敵の狙いはやはりラクン・アナとの交易の妨害!)


「馬車を守ってください! 敵はおそらく多くありません! 落ち着いて守りを固めるのです!」


「全員、配置につけ!」


 ポロントが指示を飛ばし、小隊長が号令をかける。全馬車がその場で停車し、王宮兵があらかじめ決めていた配置につく。双子エルフのエウネとハウリも弓とナイフを構えた。


 不覚は取られたが、人間側も素早い対応で臨戦態勢を整えた。


(ほう……。思っていたより訓練されている。占星術師殿が言うほど錬度が足りていないようには見えませんね。しかし、魔族を打倒できるほどの力があるとも思えない)


 連携だけでどこまで凌げるのかお手並み拝見である。


「お嬢さん方、こういう次第ですので直ちに避難されたほうがよろしいかと」


 こんな見晴らしのいい草原で避難も何もあったものじゃないが、一応言っておく。


 双子エルフは互いに顔を見合わせると、馬上のポロントに無表情を向けた。


「ハウリの命はエウネが守る。あなたたちの世話にはならない」

「エウネの命はハウリが守る。あなたたちは守らない。いい?」


 こっちはこっちで勝手に生き延びる、と言いたいようだ。確かにエルフは身体能力が高く、単純な戦闘力は人間よりも上だ。おまけに魔法にも長けている。心配するだけ無駄なようだ。


 とはいえ、帝国が派遣した案内役を見殺しにすれば外交問題に発展しかねない。ポロントは頷きつつ、馬から下りて双子エルフのそばに寄った。


「ではこちらも勝手をいたします。お嬢さん方の盾となってみせましょう」


「……。理解に苦しむ」

「死んでもしらないから。いい?」


「ええ。もちろん。私も死ぬ気は毛頭ございません」


 懐から出納帳を取り出して開き、空中に展開させる。数字が書き殴られた紙面が高速で捲られていく。商人勇者の宝具であるソレは眩い光を放って呪いを生み出す。


 勇者スキル《クラウド・コマース》


 準備は整った。


 さあ、掛かってきなさい。


◆◆◆


 高台の上、うつ伏せになって隊商を観察する影があった。


「始まったな」


 アニが望遠鏡から目を離して呟いた。隊商が予定通り襲われるかどうか確認するために街道の先にあるこの高台で待機していたのだ。


「そんなに気になるのでしたらこんな離れた場所から覗き見るんじゃなくて隊商の中に潜って直接確認すればよろしかったのに」


 レミィがにやにや笑いながら茶々を入れた。


「馬鹿言うな。あんなトコに混ざったら下手したら殺されるぜ。しばらくは安全圏から成り行きを見守るさ」


 何もかもが予定通りだった。緊急ミッションの内容も、襲撃を受ける場所も。


 襲撃場所から1キロ離れたこの高台にいるかぎり両陣営からも見つかる心配はないだろう。風雨凌ぎのボロを纏って土色に同化しているのも発覚の妨げになっている。


「それに俺が戦闘に加わるとパワーバランスが狂っちまうだろ。出撃ユニット数もあと一つ増やさないと釣り合わない」


「大した自信ですわね。別に大丈夫だと思いますわよ。プレイヤー側の勝利条件は敵勢力の殲滅じゃありませんし。モブキャラの中に紛れ込んでいればたぶん殺されませんわよ?」


「わかってる。冗談だ。妹にバレる可能性は捨てきれないからな。最大限注意を払っているだけさ」


 自作の緊急ミッションが成立するかどうか試したかっただけである。幹部を倒すつもりは端からなかったので戦闘には参加しないと決めていた。


 さて。これからどうなるのか見物だな。


「均衡が崩れそうですの」


「あ?」


 レミィが遠くを見つめて呟いた。隊商がいる方角とは反対側。ラクン・アナとの国境付近――ナズゥラ山脈の麓に向かう道の先を眺めていた。


 土煙が上がっている。何かがこちらに向かってきている?


 慌てて望遠鏡を覗き込んだ。街道を上ってくる馬群が見えた。


「何だあいつらは?」


「人間ですわね。ラクン・アナの魔導兵みたいですわね」


 まだ遠くてはっきりしないが、確かに着ている服の色はラクン・アナの魔法衣に似ている。魔法大国ラクン・アナの上級魔導兵のみが着ることを許されている紺青の魔法衣。もし本物だとすれば、彼らはラクン・アナから派遣された正式な兵士ということになる。


「冗談じゃねえぞ。あいつらが戦闘に加わったら……」


「確実に均衡が崩れますの」


「っ!? 出撃ユニット数と敵の数が釣り合わなすぎだろ! これじゃあ魔王軍側が不利になる! 下手すりゃ全滅しちまうぞ!」


「あら? お兄様にとってはそちらのほうが好都合なのではありませんの?」


「んなわけあるかっ。俺が仕掛けたことならともかく、イレギュラーで妹に勝っても嬉しくねえんだよ。つか、勝手なことしてんじゃねえ!」


「レミィは何もしてませんの。コレもお兄様が撒いた種ですの。ラクン・アナと交渉して貿易を進めたのはお兄様です。ラクン・アナ側が不審を感じて兵を送ったのでしたらそれはお兄様の責任ですの」


「チッ……」


 やっぱそういうことか。アニがゲーム内に干渉すればするほど思いも寄らないイレギュラーが発生する。アンバルハルの隊商にラクン・アナ側の兵士が合流するなんていう展開も起きてしまうのだ。


 いや、よくよく考えると、ラクン・アナのこの対応はむしろ自然ではないか。単なる物々交換とはいえ他国同士で行えば立派な外交である。案内役が双子エルフだけというのは逆に無理があるし、ラクン・アナから警護が派遣されるのも形式的には自然な流れだ。


 アニが撒いた種か。耳が痛いぜ。


「どういうイレギュラーが発生するか、そこまで見越してイベントを作らないといけないってわけだ。一つ勉強になったぜ」


「どうしますの、お兄様?」


「てめえのケツはてめえで拭くもんだ。俺が撒いた種なら、自分で片付けないとな」


 片膝を立てて視点を上げた。もう一度望遠鏡を覗き、ラクン・アナ兵の数を把握する。


「一、二、……五人か。思ったより少ないな」


 馬群と土煙で大群に見えたが、あの数だったら何とかなりそうだ。


「あいつらの手前に移動できるか?」


 レミィが溜め息を吐く。俺が何をしようとしているのか悟ったようだ。


「死んでも知りませんわよ?」


「それも込みで楽しめよ。おまえはそういう存在だろ?」


「……移動しますの」


 次の瞬間、アニの体が亜空間に放り込まれた。片膝を立てた姿勢のまま、およそ1キロの距離を飛び越えて街道の真ん中に瞬間移動した。


 立ち上がる。迫り来るラクン・アナ兵に対して先制攻撃を放つ。


「《風撃》!」


 四発の風の弾丸が馬群の間をすり抜けていく。威嚇射撃は馬を怯ませ、一団を立ち止まらせた。


「何奴ッ!?」


 すぐさま臨戦態勢を整える魔導兵たち。馬を制御し立て直すのも上手い。ただの魔法使いではこうはいかない。非常に訓練されている。


 難敵だな――。それでも、笑みを浮かべて立ち塞がった。


「悪いが、ここから先へは行かせない」


 俺の計画の邪魔をする奴は誰であろうと排除する――!



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