三人目の勇者
応接室に入ると、商人の勇者ポロント・ケエス本人が出迎えた。
「やあ、お待ちしておりましたよ。占星術師殿」
スーツを着た英国紳士風の優男。年は四十あたり。口周りにヒゲを蓄えている。多少気取った感はあるが、嫌みな感じはしない。
「待っていた……か。俺のことを知っているのか?」
人当たり良さそうな笑みを浮かべて頷いた。
「もちろんですとも。商人はまず耳がよくなくてはいけない。どこに儲け話が転がっているかわかりませんからね」
独自の情報網があり、王宮にも通じるほど広いことを暗に告げている。
アニの存在は王宮の一部の人間、あるいはアコン村や関わりをもった平民くらいにしか知られていないはず。現に、王都ではスラムを歩けばそうとは知らずに襲われるほどの知名度の低さである。
(なかなかやり手のようですわね)
レミィがテレパシーで囁いた。
(どうだかな。俺は自分の存在を隠したつもりはない)
だが、大々的に喧伝したつもりもないので、占星術師アニの容姿から行動まで把握しているとなればたしかに大した耳を持っている。
待っていた――とはつまり、アニが接触してくることもわかっていたということだ。
「ヴァイオラ王女殿下に仕える占星術師。アテア王女殿下の勇者化を予言し、次いで羊飼い・バジフィールド氏の勇者化も見事に当てられた。その力が本物ならば、必ず私の許にもやってくると思っておりました」
「話が早くて助かるぜ。つまり、あんたは」
「はい。一週間ほど前に神託を得ました。勇者となって戦え、と。王都への魔物襲来。そして、辺境地域に突如として現れた魔王軍の砦。これらの情報を加味すればこれから何が起きるのか、ある程度予測できます」
ある程度……か。
それにしては、と眉を顰めてしまったのは単なる負け惜しみである。
思わず窓外に視線を向けた。商館の裏庭は荷揚げ場になっており、大型の馬車が列を成して荷降ろしを行い、一階の倉庫に次々と物資が運ばれていく。
あらゆる商品を取り扱っているのだろう。ずた袋や木箱など大小さまざまな荷物が順次運び出されていく。その中に、二十組の剣鞘を一まとめに縄で括ったものと、鎧兜に脛当てなどの防具一式が積みあがっていた。
「さすがは占星術師殿です。もう気がつかれましたか? そう。あれらは私が指示して買い付けた武具です」
割合でいえば他の商品より明らかに多いくらいだった。農業国であり軍事費が少ないアンバルハルにおいてこれほどまでに武具が集積されたのは前代未聞ではなかろうか。それが証拠に荷揚げ夫たちが荷降ろしに若干てこずっているのが見ていてわかる。
買い付けたのは【漠領ロゴール】からだろう。ドワーフが住むあの国では武具生産が特色のひとつであるし、青空市場で見かけた商人のほとんどがロゴール出身の亜人たちだった。ロゴールの亜人たちは優れた製造スキルと身体能力を有しているので、危険の多い行商人になることが多いと聞く。この町の商館ともなればロゴールとのツテなどいくらでもあるだろう。
それにしても、これほどの量を取り揃えるとは。アンバルハルでは最も売れない商品で、だからこそこれまでほとんど取り扱われてこなかった。
魔王復活の事実。
戦禍は【ハザーク砦】の出現によって昔話ではなく現実のものになりつつある。
武具の売買がこれから当たる、とポロント・ケエスは自らの勇者化によって確信を得て、すぐさま物資の調達に着手したのである。
「武具が必要だったのは王宮兵とごくわずかな警備兵だけだった。今後は庶民にも必需品として行き渡る。飛ぶように売れることだろう」
「ええ。そして、あなたはそのことを私に提案しにきた。違いますか?」
チッ、と思わず舌打ちする。
戦争の旨味を教えるつもりが、まさか出し抜かれてしまうとは。
「私に恩を売って魔王軍との戦いに参加させるつもりだった――というところですか」
「まあ、おおむね正解だ」
「おおむね?」
「恩を売れなかったのは惜しかったが、それはおまけみたいなものだった。俺があれこれ指図する手間が省けたからよしとするよ」
「……ふむ。どうやら私を参戦させることが目的ではなかったようですね。もしや、この結果そのものが占星術師殿の狙いだった?」
「話が早いってのは本当に楽でいい」
それも九分九厘思いどおりの展開だったのでむしろ拍子抜けしたほどだ。
「魔王は復活した。勇者も続々誕生している。人魔大戦はまったなしだ」
「ええ。そして、魔王軍がもっと大きなことをしでかしてくれれば、武具は瞬く間に、それこそ飛ぶように売れることでしょう」
「そうだ。女子供も武器を手に取り、やがてすべての国民に普及する」
「我々にとってはこれ以上ない商機です」
「ああ。そしてそれは俺にとっても都合がいい」
本当に話が早くて助かるぜ。おかげですんなりと本題へと到達した。
◆◆◆
懐から【魔法の指輪】を取り出した。
「それは?」
「ラクン・アナ産のマジックアイテムだ。一見ただの腕輪だが、魔法属性があう人間には指の径にぴたりと嵌るように伸縮する。装着するだけで属性魔法を撃つことができる」
「装着するだけで!?」
「魔法の修練も研究も必要ない。誰でもコレを付ければ魔法使い。もちろん向き不向きはあるが、その辺の統計もすでに取れている。指輪を嵌めることができた人間の三人に一人が実戦で使えるレベルにまでなった。売れないわけがない、と思うんだが?」
ポロント・ケエスは目を丸くした。
「誰もが魔法使い。誰もが……、……兵士に」
「正解だ。つまり、俺の目的はアンバルハル王国の国民すべてを兵士にすることだ」
国民総兵士化計画。
ポロントは呆気に取られた。
「なぜそんなことを?」
「必要だからな」
「そんなことが可能なのですか?」
「可能さ。だが、自衛のために武器を取らせていたんじゃ弱い。俺が求めているのは積極的に戦いに馳せ参じる兵士がほしいんだ」
「……」
「この指輪をいきなり広めるのは難しい。まだ数が足りてないってのもあるが、アンバルハルの国民には武力に対する拒否反応が根強いからな。まずは比較的馴染みのありそうな剣や鎧から出回らせる必要があった。そうして徐々に慣らしていけば、最後にはこの兵器にも手を出すことになる」
ポロントはかぶりを振って俯いた。
「なるほど。占星術師殿のいうとおり、たしかにその腕輪……いえ、指輪ですか、があれば誰もが兵士になれるでしょう。鍛錬も技術も度胸も必要としない。遠距離からの魔法攻撃が使えるならば読み書きができない子供でさえ明日には勇者になれる。ただ詠唱できる口さえ付いていれば一端の兵器に変えられる。なんともおそろしい」
しかし――と、顔を上げた。
「残念ながらその計画は実現しません。なぜならば、ここは東域アンバルハル王国。世界で一番治安がよい国であり、王族からして無益な戦いを好まぬ穏健主義的な国民性をしております。いくら武具を手にしたとしても直ちに戦場に立つをよしとするとは思えません」
そのとおりだ。俺だってそんな簡単にいくとは思っていない。
「やってほしいことがある。商会は独自に傭兵部隊を編成してほしい」
「傭兵……ですか?」
「兵士を増やす最も簡単な方法は報酬を吊り上げることさ。普通、不景気になればなるほど軍人への志願は増えるもの。だが逆に、経済が安定していると誰も軍人になりたがらない。アンバルハルはあまりにも豊かすぎた。軍拡が進まない最大の要因はそこだ」
「そのとおりです。治安のよさもそこに直結します」
「だが、戦争中は経済が不安定になる。魔王軍に土地が荒らされたら農民は食っていけない。稼ぐには戦うしかない。治安も悪くなるだろうしな。兵士になりたいやつは黙っていても増えるだろう。そいつらを抱えこむんだ」
「……しかし、私たちには兵士を育てる術がありません」
「さっき自分でいったじゃないか。詠唱できる口さえ付いていればれっきとした兵器になるってな」
「……それは」
女子供でさえ戦力にできる。瞬く間に王宮兵の総数を越える部隊を生み出せる。
「指輪の力を実証し、稼げるとわかれば人は集まる。それも、王宮兵や護衛騎士団よりも好待遇。――するとどうなる?」
「王宮兵たちの立つ瀬がありませんね。私たち商会は睨まれ、傭兵部隊も直ちに解散させられるでしょう」
「そうなったら王宮のやり方を批判すればいい。魔王軍は侵略を待っちゃくれないんだ。国民は王宮と商会どちらを支持するだろうな」
「……仮に兵士が集まったとして、そのことで私たちにどのような利があるのですか? この国で商売を続けていく以上、王宮と反目するような事態はできれば避けたいところです。それに、あなたの思惑もわからない。そのような便利な魔法具があるのならわざわざ傭兵部隊を一から作らずとも王宮兵に買い与えれば済む話です。錬度でいえば王宮兵のほうが遥かに高いのですから」
「俺の思惑は単純さ。いまの王宮には軍人に指揮権がない。日和見の王様と大臣たちがその牙を奪っている。王宮兵に指輪を与えてもおそらく意味がないんだ。王宮の連中の目を覚まさせてやる必要があるんだが、ちまちまやっていたんじゃ先に国が滅びてしまう。すぐにでも使える兵士を確保したい。それに、あんたらにも利はあるぞ」
「ほう。どのような?」
「王宮の日和見主義はいまに始まったことじゃない。保守派でも革新派でもないからその時々の潮流につい乗ってしまう。そんな中道政治の結果、稼げるやつが偉いとされる時代になった。商人は貴族階級を手に入れた。軍人出身の古株貴族を追い落としてな」
「はい。多くの商人がその恩恵に預かっております。……ですが、我々も一級貴族の爵位にはいまだ届いておらず」
一級貴族とは王族の血が混じった貴族のことだ。これだけは金では買えない。一級貴族になるには、制度を変えるか、王族と交わるしかなかった。
「そう。そして、軍人出身の貴族もまた活躍の場を制限されている中で爵位を次々と金で買われている。買われていないのは一級貴族の階級くらいか。軍人と商人、両陣営ともに不満が燻っている」
どちらの顔色も窺う日和見主義が招いた確執である。
「軍人と商人、両方から圧力をかけていけば王宮は変わるかもな」
「つまり、貴族制度も? ……いえ、そう簡単に変わるものではありません。そもそも軍人貴族は私たち商人が憎くてしかたがないはずです。王宮に不満があるにせよ、商人が一級貴族に格上げする芽を自ら敷くとは思えません」
「平時ならそうさ。だが今は違う。幸い、といっては何だが、魔王軍がすぐそこまで迫っている。おかげで軍人貴族どもは活躍の場を与えられて躍起になっている。ここに傭兵部隊が登場するとしたらどうなる? 商人に出し抜かれてはまずいと焦り、王宮に陳情するだろう。軍閥を認め兵士の指揮権を我らに与えよ、とな」
「……」
「そしたら商会は王宮兵を立てろ。傭兵部隊を王宮兵下部組織に編入させ、軍人貴族の好きなようにやらせるんだ。武具を売るときの口上でも軍人貴族を大いに賞賛してやれ。武具の普及とともに騎士道の尊さを国民に浸透させ、軍人どもを持ち上げておくんだ。ヴァイオラを旗手として、すでに千人隊長と護衛騎士団団長が動いている。ここに商会の突き上げがあれば、軍人と商人が手を結んだように王宮には見えるだろう。王宮は折れるしかない。軍閥の誕生だ」
「待ってください! それでは軍閥が幅を利かせるようになるだけではないですか!?」
「ああ、最初のうちはな」
「最初とは?」
「大戦中に余計なことを考えていると国そのものが滅びるからな。しばらくは軍人に任せてじっとしておくんだ。もちろん、水面下では根回しを進めておく」
「根回し? 何のです?」
「商人が王宮に入り込むための根回しさ。軍閥は傭兵部隊を受け入れる代わりに武具と指輪を欲しがるだろう。そこは出し渋っていく。指輪はお互いにとっての要訣になる。簡単に与えちゃ駄目だ。少しずつ小出しにして、最終的には無くては困るくらいにどっぷり浸からせる」
「……補給、後方支援の全権をこちら側が握れば、軍閥を思いどおり動かすことができますね。大戦中はそちらに注力していく。気づかれないように、しかしじわじわと」
「察しがいいな。そのとおりだ。その関係を構築できれば軍閥の一員に加えられることになるかもしれない。そして、大戦が一段落しヴァイオラが女王として君臨した暁には、軍人どもから武具と貸していた傭兵を取り上げろ。その際、王宮兵も引っこ抜く」
「なるほど! その後は兵士を商品化し、国に貸し付けることもできますね」
「それも面白いな。ただ、そのときは名ばかりとなった軍人貴族も根絶やしにしたほうがいいだろう。そうすりゃ嫌でも一級貴族の枠が空く」
ポロントは目を見開いて呆気に取られている。自分で口にしておいてあまりの突拍子のなさに驚いていた。だが、決して夢物語ではない。
金と武力の両方を得た者が支配者になれる。それが世の理だ。
「だが、大前提として魔王軍にはそこそこアンバルハルを襲ってもらい、その後に魔王を倒して人魔大戦を終わらせなきゃならない。あんたにも戦ってもらうぞ、ポロント・ケエス」
「ふむ。そうなりますね。まあ、身に掛かる火の粉くらいは払いましょう。しかし、先ほどいっていた傭兵部隊を王宮兵下部組織に、というのは可能なのですか? 軍人貴族からしたら素人集団にすぎません。扱いに困るくらいなら受け入れ拒否なんてことも」
「いや、戦において指揮系統が二つあってもいいことなんかない。勝手をされるのが一番困る。向こうから傘下に入れといってくるさ」
「もう一つ、ラクン・アナが【魔法の指輪】を提供してくる意図は何です? 傭兵部隊を作ろうにも指輪の供給が途切れないことが前提です。それらを買い揃えられるだけの資金はあるのですか?」
「ラクン・アナも思惑は同じだ。アンバルハルに武器を格安で提供して骨抜きにしたいんだ。あそこの国は武力だけは大きいが、平和が長続きしたんで金がない。人魔大戦の再開を商機と捉えた。もっとも、魔王復活を信じさせ説得するのにかなり骨を折ったけどな。資金に関しちゃ多くは言えない。だが、俺の後ろには王女殿下がふたりも付いていることをお忘れなく」
「ふうむ……」
今は興奮状態にあるせいでポロントも冷静な判断力を欠いている。明日以降にはがらりと考えを変える恐れがある。
なので、最後に一押し加えておく。
「近々、余興を見せてやる。そのためにもあんたに協力してほしいんだが」
簡単に説明する。ポロントにはさほどメリットのない話だが、デメリットも少なく、むしろこれまでの大風呂敷を畳める根拠を得られる機会にもなるので、ポロントは二つ返事で了承した。
「わかりました。隊商の一部をお貸ししましょう」
「ああ。助かるぜ」
言質を取った。その瞬間、ポロントは「あっ」という顔をした。
「もしかして、最初からこれが目的でしたか?」
俺はにやりと笑うに留めた。




